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カレン・アンドリューズ産業大臣

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政界こぼれ話人物編 その225

カレン・アンドリューズ産業大臣
Karen Andrews

自由国民党のカレン・アンドリューズ産業・科学・技術大臣は(注:自由国民党とは2008年にQLD州国民党と自由党が合併して誕生した、同州だけに存在する政党。ただ同党所属の連邦議員は、連邦レベルでは国民党と自由党に分かれる)、1960年8月23日にQLD州の州都ブリスベンで誕生している(59歳)。ただし、育ったのは同州のタウンズビルである。父親は第2次世界大戦に従軍し、終戦直後から1年半ほどにわたり、占領軍の一員として日本に駐留したという。

タウンズビルの私立学校時代から数学や科学が得意で、大学もQLD州工科大学の機械工学科に進学している。83年に同学科を卒業した女子学生は、アンドリューズを含めてたった2人であったという。

卒業後はエンジニアとして、同州の発電所に勤務。数年後にはVIC州の石油化学会社に転職し、同石油化学プラントで初の女性、かつ最も若い技術者となった。ここでの管理職としての仕事の一部が労務問題であったため、アンドリューズは働きながら大学で労務/労使問題についても学習し、同分野のエキスパートになっている。その後、経営者圧力団体やVIC州の官僚機構で、さらには起業したコンサルタント事業を通じて、労使問題の専門家として15年ほどにわたり活躍した。

一方、アンドリューズは以前よりコミュニティー活動に熱心で、それを通じて政治にも重大な関心を寄せていた。結局、10年8月の連邦選挙に自由国民党候補として、ゴールドコースト南部のマクファーソン連邦下院選挙区から出馬し、見事初当選を果たしている。そして13年、16年、19年選挙と、連続して4選している。13年9月にはアボット率いる保守連合政権が誕生したが、アンドリューズは14年12月の同政権の改造で、閣僚の登竜門とされる政務次官に抜擢されている。担当所掌は産業・科学であった。

大きな転機となったのは、18年8月の第1次モリソン保守政権の組閣で、この時にアンドリューズは閣内相に昇格し、しかも重要な産業・科学・技術相に就任。そして今年5月のモリソン政権第2次組閣でも同ポストに留任し、現在に至っている。

思想、信条だが、自由党内では右派に分類される。右派の中には、例えば地球温暖化対策への消極派も少なからずいるが、アンドリューズは温暖化現象が主として人為的な要因によるものであるのは科学が証明しているとの立場で、従って積極的な対策を支持している。ただ他方で、石炭については、将来のエネルギー・ミックスの中でも引き続き重要な役割を果たすと主張している。

人柄だが、「男性の職場」で揉まれてきただけに相当にタフだが、面倒見の良さから地元でも人気は高い。女性の「理系」職場への進出を奨励している。家族は夫のクリスと3人の娘である。

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