第110回 男泣き
文・植松久隆 Text: Taka Uematsu
先月号で、今年はローカル・シーンで日本人選手の活躍が目覚しいと書いた。それから約1カ月経っても、その勢いは止まらない。各州のナショナル・プレミア・リーグ(NPL)王者の対戦、ファイナルズ・シリーズでは、岡田武瑠が所属するニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州の覇者ウーロンゴン・ウルヴズが準決勝まで勝ち上がっている。日本の天皇杯に当たるFFAカップでも、大森啓生所属のブリスベン・ストライカーズが準決勝進出と快進撃を継続中だ。
そんな中、1人のベテラン、NPLQ(QLD州1部)の強豪を7年もの長きにわたり支え続ける伊藤和也(32)が、今季の全日程を終えた。今季を4位で終えた伊藤所属のオリンピックは、上位4チームが争うファイナルの初戦で、リーグ戦を制したライオンズFCに快勝。年間王者を決めるグランド・ファイナル(GF)に2年連続での進出を決めた。
オリンピックは、NPLの全国導入初年度となった2013年の王者で、昨年は5年ぶりにGFに進むもライオンズFCの前に涙を呑(の)いた。4位から下剋上を目指すことになった今年のGFは、伊藤にとっても7年間のキャリアで積み上げたもの全てを賭けて臨む大事な試合。FFAカップではベスト16まで勝ち上がるも、Aリーグのアデレード・ユナイテッドに2度先行されながら追いつく接戦の末に、最後は相手のPKが決勝点となる2-3と惜敗していただけに、この試合に懸ける思いもなおさら強かった。
そして迎えたGFだったが、また勝利の栄光にはあと一歩、届かなかった。強敵ゴールドコースト・ナイツに1-2で敗れた直後の伊藤は、声を掛けるのをためらうくらいに憔悴(しょうすい)っていたが意を決して、引き上げる直前の彼に声を掛けた。悔しさをこらえるように質問に答えてくれていたが、試合後にピッチで駆け寄った5歳の息子とのやり取りについて尋ねると、何とかこらえていた感情が堰(せき)を切ったように溢れた。「僕、もう若くないですから。だから、本当にこのチャンスを逃したくなかった」と男泣き。
目の前で、心より欲したタイトルを逃した男が悔し涙にくれている。気が付くと、自分ももらい泣きしていた。筆者の息子がたまたま同じクラブ所属だったという縁で「伊藤和也」というフットボーラーの7年の挑戦を近くで見続けてきたからか、個人的な思い入れが強過ぎたのだろうか。取材で涙したのは、後にも先にもこの時が初めてだが、それだけ、何としても勝たせてやりたい試合だった。
【うえまつのひとり言】
ラグビーW杯が開幕した。楕円のボールと丸いボール、同じ“フットボール”でも全然違うサッカーとラグビー。その競技が持つカルチャーも違う。そんな彼我(ひが)の違いを楽しみながら、“一生に一度”の大会を楽しもうと思うが、やはり気になるのは丸いボールのフットボール界隈……こればかりは、どうしようもない。