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魅惑のリトル・サイゴン – カブラマッタ

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魅惑のリトル・サイゴン‐カブラマッタ

海外生まれの人が全人口の4割以上を占めるシドニーの魅力は、各地に点在するさまざまな民族のコミュニティーで、世界中の食や文化が味わえることだろう。中でも、ベトナム人コミュニティーの中心地、南西郊外カブラマッタの本場感は強烈だ。シティー(市内中心部)からわずか約1時間足を伸ばすだけで、東南アジアの雑踏に迷い込んだような異次元にトリップできる。(リポート:守屋太郎)

シドニー市内中心部から南西へ電車で54分。カブラマッタでは9月8日、「中秋節」を祝う祭り「ムーン・フェスティバル」が開かれた。中秋節とは、中華圏やベトナムなど東アジアで行われる北半球の秋の伝統行事で、日本の月見も発祥は同じだ。

清々しい初春の青空の下、歩行者天国となったストリートでは、ピンクや黄色、パープルなどカラフルな今風の獅子舞が練り歩き、家族連れを楽しませている。露店や子ども向けの遊技施設が軒を連ね、特設会場では格闘技の実演やアジア人歌手のライブ・パフォーマンスも行われていた。

アクロバティックな龍舞も披露された
アクロバティックな龍舞も披露された
9月8日の中秋節の祭りでは、鮮やかな極彩食をまとった獅子舞がストリートを練り歩いた
9月8日の中秋節の祭りでは、鮮やかな極彩食をまとった獅子舞がストリートを練り歩いた
人々の安全を守る獅子
人々の安全を守る獅子
ベトナムの民族衣装、アオザイ
ベトナムの民族衣装、アオザイ
各国の民族衣装を来たモデルや子どもたちが鳥居をくぐって路地をパレードした
各国の民族衣装を来たモデルや子どもたちが鳥居をくぐって路地をパレードした
露店が並ぶメイン・ストリートは夜も賑わっていた
露店が並ぶメイン・ストリートは夜も賑わっていた
色鮮やかなトロピカル・フルーツが並ぶ青果店
色鮮やかなトロピカル・フルーツが並ぶ青果店

飲食店や商店が集中しているのは、駅の西側のジョン・ストリートとヒューズ・ストリートに挟まれた、東西400メートル、南北200メートルほどのエリアだ(マップ参照)。駅前からアーサー・ストリートを西に進むと、街のシンボルの鳥居「フレンドシップ・アーチ」(Friendship Arch=Map①)と歩行者天国の「フリーダム・プラザ」(Freedom Plaza=Map②)がある。

この辺りから路地裏に入ると、小さな雑貨屋や理髪店、八百屋、食堂、ココナツ・ジュース店、服飾店などがひしめき合う細い通路に迷い込んだ。東南アジアの雑踏に突然ワープしたかのような異次元空間。昭和の日本の商店街にタイム・スリップしたみたいな既視感も覚える。ここがシドニー郊外とはとても思えない。

犯罪の巣窟から平和な街に変身

記者が初めてカブラマッタに行ったのは1990年代中頃。「面白い街がある」と会社の先輩に連れていってもらったが、駅前の汚いトイレに使用済みの注射器が落ちているのを見て緊張した。

当時、この街はベトナム系ギャング「5T」の根城だった。犯罪組織撲滅を訴えた地元のジョン・ニューマンNSW州議員がカブラマッタの自宅で94年に射殺され、オーストラリア史上初の政治家暗殺事件としてメディアを騒がせていた。

その後、5Tは幹部の暗殺や抗争を経て消滅した。州警察の撲滅作戦や経済発展もあって治安は改善し、クリーンな多文化を象徴する街に生まれ変わった。現在は当時のダーティーな面影はなく、地元の住民だけではなく、他の地域からも多くの人が食やショッピングを目当てに遊びに来ている。

ベトナム料理は日本人の口に合う

この街の最大の魅力の1つは、ベトナム料理をはじめ安くて旨い美食が楽しめることだろう。

ベトナム料理は、近隣の中国の食文化や、かつて植民地支配していたフランスの影響を受けて発展したとされる。フィッシュ・ソース(魚醤)やコリアンダーには抵抗がある人もいるかもしれないが、素材の味わい生かした、比較的あっさりとした味付けは、基本的に日本人の口に合う。

牛骨スープに米麺、半生の薄切り牛肉が入った汁そば「フォー」、ビーフン(春雨)の汁なしそば、生春巻き、ハムやチャーシューなどをフランス風のバゲットに挟んだベトナム風サンドイッチ「バイン・ミー」(英語の通称はポーク・ロール)など、バラエティーも豊富で飽きさせない。

人混みに疲れてきたので、駅前のパブ「カブラマッタ・ホテル」(Cabramatta Hotel=Map③)でスクーナーを1杯引っ掛けてから、「ブンボーフエ」の専門店「ドン・バ」(Dong Ba=Map④)に入った。ブンボーフエは、ベトナム中部の都市フエの郷土料理で、フォーとはまた違ったスタイルの汁そばである。

ブンボーフエの専門店「ドン・バ」(Dong Ba=Map④)
ブンボーフエの専門店「ドン・バ」(Dong Ba=Map④)
酸っぱくて辛いスープが癖になるブンボーフエ(Map④)
酸っぱくて辛いスープが癖になるブンボーフエ(Map④)

フォーはきしめんやフェットチーネに似た平打ちの米麺なのに対して、ブンボーフエは同じ米麺でもそうめんとうどんの中間くらいの細さの丸い麺を使う。レモングラスの酸っぱさと唐辛子の辛さが効きつつも、透明感の高いさっぱりした牛肉ベースのスープが特徴だ。

この店のブンボーフエは、薄切り牛肉、豚骨、鶏肉、豚の血を固めたゼリー、ソーセージなどが入った「全部乗せ」のスペシャルが13ドル。出てきた瞬間、豚骨の独特の臭みがしたが、別皿のミント、キャベツの薄切り、タマネギの薄切りをスープに入れてレモンを絞れば、匂いは全く気にならなくなった。コラーゲン満載の豚骨の皮をしゃぶりつきながら頂く、酸味の効いたあっさりとしたスープは中毒になりそうだ。

市場は珍しい食材の宝庫

正統派のフォーを試したいなら、「フォー・ファン」(Pho Phung=Map⑤)を推奨したい。シドニーのフォーと言えば、南西郊外バンクスタウンの名店「アン・レストラン」(An Restaurant)が非常に有名だが、この店のコクの深いスープはアンに勝るとも劣らない。小腹が空いたら、中心街ジョン・ストリートのパン屋「ベト・フア・ブレッド」(Viet Hoa Bread=Map⑥)で、テイクアウェイできるポーク・ロール(4ドル)もおすすめ。バゲットの内側に塗られたペースト状のソースが絶品だ。

フォーの専門店「フォー・ファン」(FoF ung=Map⑤)
フォーの専門店「フォー・ファン」(Fo Fung=Map⑤)
うまいポーク・ロールが4ドルで食べられるベト・フア・ブレッド(Viet Hoa Bread=Map⑥)
うまいポーク・ロールが4ドルで食べられるベト・フア・ブレッド(Viet Hoa Bread=Map⑥)

外食だけではなく、オーストラリアの普通のスーパーではなかなかお目にかかれない、珍しい食材が手に入るのもうれしい。

公営駐車場の角にある鮮魚店では、生きたウニや巻き貝、魚のすり身など、通常の流通経路に乗っていないレアな魚介類が売られている。「BBKショッピング・センター」(BBK Shopping Centre=Map⑦)内の精肉店では、オレンジ色のベトナム風バーベキュー・ソースでマリネされた豚や鶏、ウズラなどの肉を買って帰るといいだろう。フライパンで焼くより、野外のバーベキューで、網で炭火焼きすると香ばしくてうまい。八百屋では、季節によってレンコンや長芋など和食に利用できる食材も流通している。

南北に長い海岸線を持つベトナムは魚介類の料理も豊富だ
南北に長い海岸線を持つベトナムは魚介類の料理も豊富だ
シドニーでは珍しい生きウニが販売されていた
シドニーでは珍しい生きウニが販売されていた

ベトナム戦争後に難民が急増

フェアフィールド市の史料によると、ヨーロッパ人が先住民を駆逐してカブラマッタ周辺に入植を開始し、農地を開梱したのは1790年代初頭と古い。第1次船団がシドニー湾に到着して英国植民地設立を宣言した1788年から数年後のことである。

アジアからの移民が増えたのはオーストラリア政府が白豪主義を撤廃した1973年以降だ。特にサイゴン(現ホーチミン)が陥落して南ベトナム共和国が崩壊した75年以降、ベトナムやカンボジア、ラオスなどのインドシナ難民が急増した。82年までに6万人のベトナム人が難民としてオーストラリアに渡った。小型船でたどり着いたいわゆる「ボート・ピープル」も多かった。

このうちシドニーにやって来たベトナム難民の多くは、当時、カブラマッタに移民用宿泊施設があったことから、出所後もこのエリアに定着した。その後80年代にかけてベトナム人は移民の有力な勢力の1つとなった。シドニーではカブラマッタのほかにも南西郊外のバンクスタウンやマリックビルなどにもコミュニティーを築いた。

2016年の国勢調査によると、カブラマッタのベトナム系住民は8,298人と最多で、人口に占める割合は33%。NSW州の1.1%、オーストラリア全体の0.9%と比較して突出している。カブラマッタにはベトナムから移住した中国系の華僑も根を張っていて、2位は中国系(24.5%)、3位はカンボジア系(8.2%)だった。ベトナムで生まれた人の割合は35%、自宅でベトナム語を話す人は40.1%に達している。

アクセス
Cabramatta 2166 NSW
シドニー・タウン・ホール駅からリバプール(Liverpool)行きの「A3」またはレッピントン(Leppington)行き「A2」に乗車。所要時間はいずれも54分。オパール·カード料金はピーク$5.15、オフピーク$3.60

カブラマッタがあるフェアフィールド市広報課のデービッド・キャットさんの話
「多様な文化を祝福したい」

━━カブラマッタは地元経済にどう寄与していますか?

カブラマッタはフェアフィールド市域で屈指の規模を誇る商業地区です。カブラマッタ中心部にはレストランやカフェ、テイクアウェイ店がおよそ130店舗営業していて、観光業はこの地区の経済活動をけん引しています。毎年9万人が訪れるムーン・フェスティバルのようなイベントが、刺激的で楽しいカブラマッタの魅力を知ってもらうきっかけになっているのです。

シドニーの他の地域からの鉄道もアクセスも便利で、商店は年中営業しています。クルマでの訪問客の増加にも対応するため、フェアフィールド市は近く220台分の駐車場を増設し、駐車場を合計1,300台分まで増やす予定です。

━━市はどのようにして多文化社会に貢献しているのですか?

フェアフィールド市は「多様性を祝福する」というモットーを掲げています。ムーン・フェスティバルのように、多様なコミュニティー・グループが自分たちの文化的な背景を祝福する機会を設けることは、自分たちの大切な伝統を維持するだけではなく、他のコミュニティーを啓蒙することにもつながります。

ムーン・フェスティバルの他にも、旧正月のイベント、若者向けフェスティバル「ブリング・イット・オン」、食の祭典「カリナリー・カーニバル」、正月のイルミネーションなどの行事を毎年開いています。

━━カブラマッタはかつて犯罪組織が暗躍する悪名高い街でしたが、現在では数多くのシドニー市民や旅行者が安心して訪問できるようになりましたね。

カブラマッタはシドニーでも指折りの食のデスティネーションとなり、新鮮な食材の宝庫でもあります。世界中のさまざまな国のおいしい料理が、リーズナブルに楽しめるのです。

カブラマッタの中心街では毎年、ムーン・フェスティバルと旧正月という2つの大きな文化イベントが開催されています。現在では非常に治安の良い場所となっており、海外からも大勢の観光客が訪れていますよ。

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