シティから1時間以内で行ける異国
特集 マルチカルチュラル・タウンinシドニー
ポルトガル·チキンの
香ばしい匂いに誘われて
Petersham
シドニー南西郊外「インナー·ウエスト」の小さな町·ピーターシャムには、ヨーロッパ大陸の西端にあるかつての海洋大国、ポルトガルからの移民が築いたコミュニティーがある。メイン·ストリートには、ポルトガル料理のレストランやテイクアウェイ店、名物のタルトを売るケーキ屋などが軒を連ねている。中でも、特製ソースでマリネして、炭火の遠赤外線でこんがりと焼き上げる、ポルトガル風チャコール·チキンは強く推奨したい一品だ。(リポート:守屋太郎)
アクセス
Petersham 2049 NSW
シドニー·タウン·ホール駅から「T2」(インナー·ウェスト線)で15分。オパール·カード料金はピーク$3.61、オフピーク$2.52
シドニー市内中心部から西へ電車で15分。煉瓦造りの古びた駅舎の前は、前世紀初頭のテラス・ハウスが並ぶ住宅街に、閉店したパブの廃墟がぽつりと建っていて、人通りもなく寂しい。
だが、狭い通りを南へ数分歩くと、一転してにぎやかな通りに出る。ニュー・カンタベリー・ロード(New Canterbury Rd.)沿いの東西150メートルほどの狭いエリアに、レストランやテイクアウェイ店、ケーキ屋などが立ち並んでいる。ポルトガル系の移民や子孫が集まるピーターシャムのメイン・ストリートである。
中でも、炭火焼きチキンの名店「フランゴス・チャコール・チキン」(Frango’s Charcoal Chicken=Map①)は、ひときわ繁盛している。炭火に滴り落ちる肉汁の香ばしい匂いにつられて狭い店内に入ると、注文を待つテイクアウェイ客や着席の客でごった返していて、ポルトガル語が飛び交う。キッチンの奥に焼き場があり、赤く燃える炭の上で、大量の鉄網に挟まれた鶏が焼かれている。初老の男が暑そうに、年季の入った黒い鉄網を頻繁にひっくり返している。
「ハーフ・チキン」(8ドル)と「ヒヨコ豆のサラダ」(Small Chick Pea Salad=6.50ドル)、ポルトガル風の「フライド・ライス」(4.50ドル)を注文する。プラスチック容器に入ったチリ・ソース(3.50ドル)も追加で頼んだ。
鶏肉は皮がいい感じで焼き上がり、パリっとした食感が楽しめると同時に、中はジューシーで肉汁が口内に浸透していく。遠赤外線の効果なのか、肉はホロホロと骨から離れる。まるで、骨離れの良い新鮮な焼き魚を食べているようでもある。
刻んだ生唐辛子が入ったソースは、意外とタイ料理並みに辛めで、ビールが無性に飲みたくなった。隣の客を見ると、チリ・ソースとマヨネーズを半々で鶏に付けて食べている。チリの辛さをマヨネーズで中和させていただくのが、常道なのかもしれない。
ヒヨコ豆も、コリコリした食感とあっさりした酸っぱいドレッシングの組み合わせが絶妙だ。フライド・ライスは、米が芯のあるイタリア米に似ていて、中華のチャーハンとは似て非なるものだが、パサパサ感が「炒めたリゾット」といった印象でこれも大満足。サラダ、フライド・ライスともにスモールでもボリュームがあり、このクオリティーでお会計は22.50ドル。コスト・パフォーマンスも高いと感じた。
ポルトガル・チキンは既に、オーストラリアのファスト・フードの1ジャンルとして定着している。ポルトガル系移民が1980年代にシドニーのボンダイ・ビーチで創業してチェーン展開している「オポルト」(Oporto)、南アフリカ系のチェーン店「ナンドス」(Nandos)が人気だが、食材を工場で大量生産するファスト・フード店と比べると、コストも手間もかかる炭火で1つひとつ丁寧に焼き上げた鶏の味わいはやはり別格。特に「オポルトやナンドスが結構好き」という人は、ひと味もふた味も違う、本場のポルトガル・チキンの味に病みつきになることは間違いない。
シーフードやタルトもうまい
「フランゴス」はテイクアウェイ主体のカジュアルな店だが、炭火焼きチキンは、ニュー・カンタベリー・ロードとオードリー・ストリート(Audley St.)の角にある老舗店「シルバス」(Silvas=Map②)や、シドニー・モーニング・ヘラルド紙の評価も高い「グロリアズ」(Gloria’s=Map③)といったより高級なレストランでも味わえる。
ポルトガルは大西洋に面した海洋国家だけに、シーフードのメニューも多彩だ。こうしたレストランではサヨリやイワシ、カレイといった青物や白身魚、タコ、貝などを、オリーブ・オイルとハーブであっさりと味付けして出してくれる。他のヨーロッパ料理では珍しい食材なので、チキンだけではなく魚料理もぜひ味わってほしい。
食後デザートの定番は、ポルトガル風のエッグ・タルト「ポルトガル・タルト」。ポルトガル語で「パステル・デ・ナタ」と呼ばれるこのスイーツは18世紀、卵白を衣服の糊付けに使っていたポルトガルの修道女が、卵黄を無駄にしないために考案したそう。その後、ポルトガル植民地だったマカオから中国や東南アジアに広まったと言われている。
パイ生地のサックリ感と甘いカスタード・クリームの食感が秀逸で、甘党を唸らせる。有名ケーキ店「スイート・ベレム・ケーキ・ブティック」(Sweet Belem Cake Boutique=Map④)のシナモンが効いた焼きたてのポルトガル・タルトは、濃いエスプレッソに合う。家族へのお土産や贈答品としても喜ばれるだろう。
ポルトガル移民の多くは第2次世界大戦後、イタリアやギリシャといった比較的貧しかった南欧からの移民とともに、オーストラリアにやってきた。南西郊外のこの周辺は、こじんまりとした質素な一軒家が多く、南欧移民や労働者が多い庶民の町だった。
現在では2世や3世が大半を占め、ポルトガル生まれの人は非常に少なくなった。それでも、国勢調査によると、現在でもピーターシャムでは「家庭でポルトガル語を話す」と答えた人の割合は2.9%と英語以外の言語では最も多く、オーストラリア全体の0.2%と比べて突出して多い。
余談だが、ピーターシャムと言えば、町の外れにトップレスの女性スタッフがビールを注いでくれるパブ「オックスフォード・タバーン」(Oxford Tavern=Map⑤)があり、巷の男性たちの間で密かに有名だった。とはいえ、業態は風俗店ではなく、場末感の漂うごく普通のパブ。ビールの価格も周辺の他のパブより安いという、不思議な店だったのだ。
15年ぶりくらいに行ってみたが、店の名前はそのままに、クラフト・ビールだけを提供する、今どきのバーに生まれ変わっていた。聞くと、数年前にオーナーが変わり、トップレスはやめたのだという。
労働者の町だったピーターシャム周辺は、シドニー空港の航空路に近いため騒音もうるさく、以前はお世辞にも環境が良いというイメージはなかった。ところが、今では市内中心部から近いこともあって住宅価格が高騰。一軒家は125万ドル(不動産情報サイト「realestate.com.au」の中央値)という高値が付いている。平均的な勤労者にはなかなか手が出ない住宅街になり、いかがわしい店は淘汰される運命にあったのかもしれない。庶民の町にも浄化の波が押し寄せているのだと、ひしひしと感じるのであった。