ラグビー熱が高まる今だから観るべき
映画『ブライトン・ミラクル』の魅力に迫る
日本で開催された15人制ラグビーの「ラグビー・ワールドカップ(RWC)2019」。日本代表の快進撃に、開催前の盛り上がりの懸念はかき消され、日本では今、ラクビー・ブームが沸騰している。同大会の開幕に合わせて日本とイギリスで先行公開された映画『ブライトン・ミラクル』も、そのラグビー人気と共に注目が高まってきている。そんな同作が、10月31日から全世界で公開されている。ブリスベンで撮影された同作の制作の背景や過程をよく知るライターの植松久隆が、注目を集める日本ラグビーの話題を切り取った同作の魅力を探る。
文・取材=植松久隆(ライター/本紙特約記者)取材協力:Eastpool Films、泉原豊、スカイ・コーポレーション
日本列島沸騰――。日本国民の期待を一身に背負った日本代表がベスト8進出。世界のラグビー・ヒエラルキーの上位「ティア1」に属するアイルランド、スコットランドを打ち破っての快挙に多くの国民が熱狂する日本は今、空前のラグビー・ブームに湧いている。
その日本代表が準々決勝で屈した相手は、南アフリカ。RWC優勝2回の言わずと知れたラグビー強国だ。初の8強での対戦相手が南アフリカに決まった時には、多くの人が運命のいたずらとも言うべき巡り合わせを感じた。というのも、RWCでの南アフリカ戦となれば、4年前のRWC2015イングランド大会での両国の対戦が否応なしに思い出される。当時、「ラグビー史上最大の番狂わせ」とも言われ、いわゆる“ブライトンの奇跡”としてスポーツの歴史に刻まれた、あの試合だ。そして、その再戦がRWCのベスト8という舞台で実現した。
残念ながら、今大会の南アフリカ戦で「奇跡」は起きず、日本は3-28と完敗。15年大会に続いてキャプテンの大役を任されたリーチ・マイケルを中心に“ONE TEAM”として奮戦した日本代表は惜しまれながら大会を去った。その一方で、オーストラリア人のエディー・ジョーンズ監督に率いられた優勝候補の強豪イングランドは、監督の母国オーストラリアを一蹴、ベスト4に進出した。今でも日本人が尊敬の念を込めて“エディーさん”と呼ぶ、この名将こそ“ブライトンの奇跡”を起こした15年大会の日本代表を率いた指揮官だ。
そのジョーンズとリーチ両名のエピソードを絡めて、4年前の“奇跡”がいかにして起きたかをセミ・ドキュメンタリー・タッチで描いたのが映画『ブライトン・ミラクル』。実際の試合映像やジョーンズとリーチ本人、五郎丸歩など当時の主力選手のインタビューを交えながら、「いかにして奇跡は起きたのか」を追体験しながら振り返るのが、この映画の醍醐味といえる。
既に公開されている日本版アマゾン・プライムでこの作品を観た人びとのレビューは総じて高い。通常は辛辣(しんらつ)なコメントも散見されるレビュー欄も、星5点満点の4.7と、かなりの高評価をキープ。実際に書き込まれたレビューを読んでも、ラグビー・ファンからいわゆる“にわかファン”までさまざまな人が好意的な声を寄せている。元日本代表選手などを始めとしたラグビー・ファミリーからの評価も高く、口コミでじわりじわりと映画の評判が広がっていたところに、先程の南アフリカとの再戦が決まり、映画のプロモーション的には最高のシチュエーションが実現した。この映画を世に送り出したマックス・マニックス監督とスタッフも期待して運命の一戦を見守っただろうが、残念ながら2度目の“奇跡”は起きなかった。
それでも、大会期間を通じて、作品への注目度は確実に高まっている。当初の日本での公開は、アマゾン・プライムと単発の上映会、後にスポーツ配信のDAZNが加わるも限定的なものだった。しかし、RWCでの日本の快進撃もあって、明らかに潮目は変わった。ラグビー人気の高まりを受けて、単発ながら大手映画館での公開も決まるなど、少しずつ露出が増えてきている。更には、オーストラリアとニュージーランドでは映画館での公開も決定(詳細は以下)した。
本作がRWC開催直前に日本公開に漕ぎつけるまでには、さまざまな紆余曲折があった。実際、ラグビー人気が決して高くなかった日本ではラグビー映画に懐疑的な見方も多く、映画制作は暗礁に乗り上げ、制作の話自体が立ち消え寸前に陥ることもあった。そんな状況下で、マニックス監督を励まし続けたのが、監督とは旧知の仲であり、本作にジョーンズの母ネリー役で出演しているベテラン女優・工藤夕貴だ。彼女が都内で行われたプレミア試写会で「今この作品が試写を迎えていることが奇跡」と話したように、今年5月になってようやくクランクインできた。そこから4カ月あまりで無事に9月21日の公開を迎えられたのは、構想段階から地道な作業を続け、脚本を書き、メガホンを取り、RWC開幕に間に合わせるべく異例のスピードで行われた編集作業を指揮したマックス・マニックス監督の執念がなせる業。やはり、この映画は撮るべき男が監督したことによって完成した作品だ。
マニックス監督は、映画監督として非常にユニークな経歴の持ち主だ。映画界に入る前にはプロのラグビー選手(13人制のラグビー・リーグ)として活躍したキャリアを持ち、引退後に知り合ったジョーンズには、2015年にラグビー・リーグ流のタックルを伝授するために日本代表のスポット・コーチとして、指導を依頼されるほどの仲。選手引退後には、日本で英語教師として生計を立てながら脚本を書き始め、映画界でのキャリアを歩み始めたというのもユニークだ。更に言えば、彼の伴侶は、ジョーンズ、そしてリーチと同じく日本人女性。そんなマニックス監督が、4年前に“ブライトンの奇跡”を目の当たりにして、この快挙を映画にしたいと考えに至るのは、言わば必然だった。本作の重要登場人物であるジョーンズやリーチの心象風景を、同じラグビー人として、同じ日本人の伴侶に持つ身としてよく理解できる彼こそ、まさに、この映画を監督すべき人物だったと言えるだろう。
いわゆる“ジャイアント・キリング”が最も起きにくいとされるラグビー。そのラグビーで実際に起きた“奇跡”。しかし、ジョーンズに率いられた日本代表チームは、その奇跡を起こすべくして起こした。それまでの大会ではアウトサイダーに過ぎなかった日本を勝たせるために、ジョーンズが1つひとつ確実に進めていった先に行き着いたのが、南アフリカ相手の世紀の番狂わせであり、大会3勝という結果だった。その辺りの過程でジョーンズがチームにどう働きかけたかが、この映画では丹念に描かれているのだが、これ以上はネタバレになるので書くまい。
その“起こるべくして起きた奇跡”の舞台裏を、実際の選手の声を交えながら、追体験するこの映画を、1カ月遅れとは言え、映画館の大きなスクリーンで目にすることができる在豪の人たちは恵まれている。この映画をラグビー好きだけに取っておいてはもったいない。にわかファンでも構わない。今回のRWCでラグビーに興味を持ったという人びとにこそ観て欲しい。そうしてラグビーという競技の裾野を広げていけば、日本は真のラグビー強国になっていくだろう。マニックス監督が、どんな深淵な願いを込めてこの映画のメガホンを取ったのか、ぜひ劇場の大スクリーンで見極めて欲しい。
『ブライトン・ミラクル』上映スケジュール
10月31日(水)から以下の映画館にて(上映期間は未定)。
Hoyts Chatswood(Sydney, NSW)
Hoyts Warringah Mall(Sydney, NSW)
Hoyts Eastgardens(Sydney, NSW)
Hoyts Eastland(Ringwood, VIC)
Hoyts Highpoint(Maribyrnong,VIC)
Hoyts Stafford(Stafford, QLD)
上映時間などの詳細は、ホイッツ・オーストラリアのウェブサイトから確認しよう。
■ホイッツ・オーストラリア Web: hoyts.com.au
本紙独占
国際派女優 すみれさんインタビュー
本紙は、映画『ブライトン・ミラクル』に日本代表キャプテンのリーチ・マイケルの妻サトミ役で出演している女優すみれさんに、クランク・アップ直後の5月24日、ブリスベンの撮影現場で話を聞いた。
――ブリスベンでの3日間の撮影を終えられていかがですか。
初日は緊張しましたが、たくさんのシーンの撮影があって、もう緊張なんかしていられないという感じでした。今回の撮影は、スタッフの皆さんの仕事がとても早い現場でありながら、監督もいろいろとケアしてくださる方でしたし、スタッフの皆さんも穏やかでフレンドリーだったので、とてもやりやすかったです。
――マックス・マニックス監督の印象はどうでしたか。
いろいろなことを細かく教えてくださる方で、こうしてみたらどうだろうかといったアドバイスを、とても親しげに伝えてくれました。そういうアプローチが監督のすばらしさだと思いますし、一緒にお仕事のやりやすい監督さんでした。
――リーチ・マイケル役のラザラス・ラトゥエレさんとの夫婦役はどうでしたか。
彼はとてもお茶目で可愛いくて、一緒にお仕事をしているように感じさせないというか、素になれるようなアクティング・パートナーでした。お互いにミスしても、すぐに切り替えられたりと、息がぴったりでしたね。
――35年前にお父様(俳優の石田純一さん)が、映画『カウラ大脱走』の撮影でオーストラリアに長く滞在されていますが、お父様には何か今回の撮影について話はされましたか。
何も話はしていないですね。でも、知ってるのかな(笑)。でも、パパがここで頑張っていたんだなと思うと、私も頑張ろうという気持ちになりますね。オーストラリアだとよくゴールドコーストに行っていますが、お仕事や友達に会いに来たりで、今までに4回来たことがあります。
――ゴールドコーストは、一般的にご出身のハワイに似ていると言われていますが。
そうですね、似ていますね。バイロン・ベイは特に似ていますよ。ブリスベンは今回初めて来たのですが、食べ物もおいしいし、街も活気があって、川沿いの街並みも奇麗ですね。ハワイと違う鳥の鳴き声にも興奮しました(笑)。
――既に国際派若手女優として活躍されていますが、今後の展望を聞かせてください。
やりたいことがたくさんあり過ぎて1つに絞れないですが、やっぱりハリウッドでいろんな映画にチャレンジしてみたいです。とてもチャレンジングだけど、コメディーにも挑戦したいですね。日本ではバラエティー番組に出演した経験はありますが、英語のユーモアは日本語とは全く違うので。ハリウッドでアジア系のコメディエンヌって、あまりいませんよね。だから、アジア人でもできるぞって(笑)。
――オーストラリアの読者に、世界で活躍する若手女優というご自身の立場から、今回の作品のアピールも含めてメッセージをいただけますか。
この映画には、「どんな生まれでも育ちであっても、皆一緒」という考えと、「ネバー・ギブアップ」というメッセージが込められています。私もアメリカで苦労したのでよく分かりますが、この国で頑張っている日本の方は、言葉や文化の違いで大変なこともあると思います。でも、頑張ればその先には成功が待っているので、“Don’t give up!”と伝えたいです。そして、今回の映画の中でリーチ・マイケル役のラズのセリフ、“Just be yourself”も大事にして欲しいです。
すみれ
女優、歌手、モデル。東京都出身、ハワイ育ち。父は俳優の石田純一、母は女優の松原千明。ハワイ・プナホウ・スクール在学中の高校1年の16歳からモデルとしてデビュー。現在は国際派女優としてさまざまな国の映画に出演。