シドニー各所で行われているイベントを不定期リポート!
沖縄の芸能文化をシドニーへ
沖縄ソウル・フェスティバル「くくる祭」
シドニー東郊パディントンのPaddo RSL Auditoriumで11月10日、沖縄ソウル・フェスティバル「くくる祭」が開催された。「くくる祭」は、沖縄県のバックアップの下、毎年世界3カ所で行われている沖縄の芸能音楽祭で 、今年は開催地の1つにシドニーが選ばれた。盛況のうちに幕を閉じた「くくる祭」をリポートする。(取材・文=馬場一哉)
240席全てが完売し、立ち見客も出るほど盛況のうちに幕を閉じた沖縄ソウル・フェスティバル「くくる祭」。訪れた客の大半がローカルのオーストラリア人ということもあり、沖縄の伝統芸能の魅力を海外のローカル・コミュニティーに伝えるという目的は十分過ぎるほど果たせたと言えるだろう。
玉城デニー沖縄県知事のビデオ・メッセージから幕を開けたイベントは、シドニー沖縄県人会の浦崎政美会長、沖縄県文化観光スポーツ部の伊田幸司課長、紀谷昌彦・在シドニー日本国総領事ら要人のあいさつへと続いた。
その後、シドニー三線クラブの三線演奏と共に、沖縄から訪れた琉球舞踊家・新里春加さんらが琉球舞踊を披露。続いてシドニー、パースでそれぞれ活動するエイサー・チャンプルー、ティダによるダンス・パフォーマンス、シドニーの沖縄空手道場による演武などのパフォーマンスが続き、インターバルを挟んだ後半にはシドニーさくら合唱団とシドニー三線クラブのコラボレーションで、三線の音をバックに『島唄』の合唱も行われた。
イベント終盤には、本イベントの総合プロデューサーである平田大一さんが作詞した、現代版エイサーのバック・ミュージックとして人気を誇る『ダイナミック琉球』のパフォーマンス、続いて迫力のある獅子舞が登場するなど、派手な演目が続き、最後は、観客を巻き込んだカチャーシー(沖縄民謡の演奏に合わせた踊り)で大団円となった。
「くくる祭」の活動の興味深い点として挙げられるのが、実は同イベントは開催それ自体が主目的ではないということだ。本来の目的は、イベント開催をきっかけに沖縄から来たプロたちが現地で沖縄芸能を学んでいる人びとを指導する、その過程にこそある。
2016年、沖縄県は10月30日を「世界のウチナーンチュの日」と制定し、それをきっかけに、毎年世界の3都市で沖縄の芸能文化を啓蒙するイベントの開催を始めた。イベントでは、現地の演者らがパフォーマンスを披露するが、問題は指導者不足。多くの人がYouTubeなどインターネットの教材から学んでいるというのが実情だ。沖縄県はそのニーズに応えるべく、世界に指導者を送り出す活動を開始したのである。今回プロの指導は5日間と短いものではあったが、その成果が目覚ましいものであったことはイベントを訪れた誰しもが認めるところだろう。オーストラリア初開催の「くくる祭」の成功を讃えたい。
インタビュー
「くくる祭」総合プロデューサー
平田大一さん
──イベント開催に向け、演者を指導していく過程こそが「くくる祭」の本来の目的だと聞いています。
正式名は沖縄文化・芸能派遣事業というのですが、世界中にいる42万人のうちなーネットワークを活性化していくことを目指して活動を続けてきました。沖縄の人口は約140万人ですが、国外にも我々の応援団がいるということで、血がつながった「うちなんちゅ」だけではなく、沖縄が大好きな人も含めて、うちなーネットワークとして活動しています。
各国の県人会を中心に、エイサーであったり三線であったり、うちなんちゅが大好きな人たちが大勢いるのですが、指導者がいないというのが大きな課題になっています。ある団体はインターネットで動画を見て練習していると聞きました。そこで、今回も指導者を派遣して欲しいというリクエストに応える形で、エイサーと琉球舞踊、獅子舞と三線の指導者を連れて参りました。
毎年予算の関係で、世界3カ国に限定しており、今年はロンドン、ペルー、シドニーが選ばれました。この事業は、ただ教えるだけではなくて最後にイベント形式の成果発表がある点が非常に大きいと思います。この取り組みによって、達成感と共にみんなが1つになれます。沖縄弁で言うところの「いちゃりばちょーでー」ですね。「行き会えばみんな兄弟」だということが体現できる取り組みだと思います。
今回は、シドニー沖縄三線会のホー紅美子さんや、シドニー・エイサー・チャンプルーのタガート安江さんなど、うちなんちゅであることを誇りに思い、オーストラリアで活動する若いメンバーが活躍してくれました。パースからも演者が来られましたし、豪州の県人会の夜明けになったのではないかとワクワクしました」
──シドニーの印象はいかがでしたか?
ワーキング・ホリデーを始め、日本から多くの若者が来ているからか、地元の人たち、ローカルの人たちが日本人に対して、そして「うちなんちゅ」に対してすごくフレンドリーな感じがします。新しいコミュニティーが生まれやすい土地なのかなという印象を抱きました。
──シドニーでのイベントも成功裡に終えられましたが、今後の展開についてはいかがですか。
2021年には「世界のうちなんちゅ大会」という大きなイベントがあります。世界中にいる「うちなんちゅ」が戻って来るという会です。今回の指導者たちがホストに回って皆さまをもてなしますので、ぜひ海外の県人会の皆さまにも沖縄に来て頂き、新しい出会いが作れたらいいなと思います。今回はその1つのきっかけになったのではないかと思っています。
ひらただいいち
1968年、沖縄県八重山、小浜島生まれ。18歳の頃から「南島詩人」を名乗り、詩人、演出家として独自の創作活動を開始。大学卒業後、シマの文化と農業を体験する「小浜島キビ刈り援農塾」を主宰、文化を基調とした地域活性化を展開。2011年沖縄県文化観光スポーツ部長、13年からは沖縄県文化振興会理事長に就任、沖縄文化の司令塔役を担う