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【食特集】豪州の野菜・果物事情に迫る

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第4回

 オーストラリアの「野菜・果物」その魅力に迫る

スペシャルシリーズ
豪州の食とその安全


取材・文・写真:馬場一哉(編集部)

 私たちにとって食べ物は生きていくために必ずなくてはならぬものだが、その食を取り巻く環境は住んでいる場所によって大きく左右される。ましてや国が変われば誰もが否が応でも食材や食文化の違いという問題に直面するだろう。本紙では数回にわたり、さまざまな食材をテーマに「オーストラリアの『食』とその安全」に深く切り込んでいく。本特集を日々の食生活に役立てていただければと思う。

シリーズ「豪州の食とその安全」バックナンバー

第1回「牛肉」 ■第2回「海の幸」 ■第3回「米」 ■第4回「野菜・果物」

オーストラリアの「食」をクローズアップする当シリーズ、第4回目となる今回は「野菜・果物」に注目し、その現状をお伝えしていく。

シティの台所「パディス・マーケット」

世界で6番目に広い国土を持つオーストラリアは、エリアによって熱帯性気候から乾燥した大陸性気候までさまざまな天候を持っており、各エリアでは気候に合わせた多種多様な作物が育てられている。

加えてマルチカルチャー国家といった側面から、世界中のさまざまな種類の野菜や果物のニーズがあり、それに対応する形で流通している種類も幅広いという。

「オーストラリアの野菜を長年見てきましたが、魅力に感じるのは野菜の種類が多いことですね。移民の国ですから、マーケットに行けば世界中のいろいろな種類の野菜があります」

そう語るのは日系のレストランをはじめ、アジア系のレストランに野菜を卸しているSAIENの梅田忠宣氏。

梅田氏はもともと板前だったという自身の経歴もあり、納得のいく食材を求める気持ちが高じ、18年ほど前に大葉や三つ葉など日本の野菜を専門的に作り、マーケットで売るビジネスを始めた。その後日本人の数が減り、徐々にビジネスを卸業の方にシフトさせて行ったが、料理人のニーズが分かることもありさまざまな店から引き合いがあるという。

「レストランからは当然年間を通して高いクオリティーの野菜をできるだけ長い期間提供することを求められます。価格の変動の問題もあるし、1つの品物がずっとあるようにするにはやはり1つのファーマーとの契約では難しい。複数のファームとしっかりと契約をし、クオリティーの高い商品を安定供給できるように尽力しています。しかし一方でここオーストラリアは毎年のようにいろいろな新しい種類の野菜が入ってきます。それをどう使っていくのかを考えながらレストランのオーナーやシェフと話をするのも楽しいですね」


「パディス・マーケット」は水〜金曜日にオープン(シティ、パディス・マーケット)
3袋で5ドルなど価格設定がかなり安い(シティ、パディス・マーケット)
平日の昼間は落ち着いているが週末になるとかなりの数の人であふれ返る(シティ、パディス・マーケット)

たしかにコールスやウールワースなど、私たちが一般的に利用するスーパーでも日本では見たことのない野菜や果物を見かける機会が多い。しかしながら、アジア人が多いエリアでなければ私たち日本人にとってなじみの深い野菜が見当たらないケースもまた少なくない。アジア系の野菜を手に入れる場所としては、アジア人の多く住むサバーブであればアジア系のグローサリー・ショップなども選択肢として入ってくるが、一般的になじみ深いのはシティ内ヘイ・マーケットにある「パディス・マーケット」だろう。中国人のバイヤーが多いこともありアジア系のものも含め、さまざまな野菜や果物、そのほかキノコ類など商品が充実している。何より値段がスーパーに比べ、はるかに安いのが魅力的だ。毎週水曜日から日曜日までオープンしているが、値段の安さを重視するのであればマーケット終了が近い日曜日の夕方に行くのがオススメ。あらゆる商品が1ドルに値下げされるなど叩き売りが始まるためだ。もっとも、ある程度の期間陳列されてきた売れ残りの商品である可能性が高いので、傷んでいないかなどしっかりと見極める目も必要だろう。

「シティのパディス・マーケットは価格こそ安いですが、置いてあるアイテムが大体決まっています。商品の多様性やさらなる価格の安さを求めるのであれば、卸の大元であるフレミントン・マーケットを訪れてみるといいですね」と梅田氏は言う。

フレミントン・マーケットはシドニー郊外ホームブッシュにあり、平日は早朝から各ファームが商品を持って取り引きに訪れる青果、および生花や植物などの流通の元締めだ。

シドニー近郊の日本食レストランをはじめとしたアジア系の店を中心にさまざまな食材を卸しているサンアイ・トレーディングのチャーリー・T・小山氏もまたフレミントン・マーケットへの取材を推す。

「私たち卸業者は、野菜の多くをフレミントン・マーケットから仕入れているので一度見に行ってみるとこちらの野菜事情が見えてくると思いますよ」

両人の勧めに従い、フレミントン・マーケットを実際に訪れてみることにした。

青果流通の総本山「フレミントン・マーケット」


果物もすべて箱で買うことができる。りんご1箱5ドルという値段に驚かされる


業務用のたまねぎは最も安いものでなんと1袋8ドル(フレミントン・マーケット、以下10まで)

フレミントン・マーケットは業者向けに毎日早朝からオープンしているが、金曜日から日曜日の週末は一般消費者向けにも解放される(平日でも10ドルの入場料を支払えば誰でも入って購入することは可能)。取り引きされている価格は当然卸値のためどこで買うよりも価格が安いことに加え、市場に出回る大半の青果が集まっているため、そろえられている品数の種類に驚かされる。


アボカドは単価は高いが箱単位で買えばかなり安くなる


しその葉など、こちらでは一般的ではないものも手に入る

マーケットの中は大きく3つにエリア分けされる。ゲートを入って正面に続くメイン・ストリートの左右に大きな建物があり、右側の建物が各商品の専門店が集まっているエリアとなる。例えば、トマトの専門業者、バナナの専門業者、ハーブの専門業者といった案配でそれぞれ、さまざまな種類の最先端の商品が取りそろえられている。新しい商品を探すということが目的であればこのエリアを訪れてみるといいだろう。ただし、こちらがオープンしているのは業者向けに開放されている平日のみだ。


山芋も大量に置かれていた


美味しそうなエッグ・トマト

一方、メイン・ストリート左側の建物が週末、一般客向けにも開放されているエリアとなり、大きくストリート沿いの屋外に店が続くエリアと、屋内の2つに分かれる。屋内はいわゆる業者向けに箱単位で商品をそろえる大量売りがメイン、屋外は私たち一般消費者向けにバラ売りをするエリアとされているが、実際には屋内でもさまざまな商品が個別に売っているため、訪れた際はすべて回ってみることをお勧めしたい。アジア系の野菜・果物はもちろん、青果以外にも例えば豆類やキノコ類なども充実しており、さまざまな商品をまとめ買いするにはうってつけだ。梅田氏は言う。

「毎月1回でも来れば季節ごとにどのような品物があるか分かりますし、普通のスーパーでは売っていないものもたくさんありますし、何より安い。ぜひ1度訪れてみてほしいですね」

一方で、業者にとってはほぼすべてがフレミントン・マーケットを訪れ、商品を仕入れることになるため、ほかの業者との差別化を図ることが難しい側面もあるという。小山氏は言う。


おくらも大量買いが可能


大量に置かれたゴーヤ

「同じクオリティーの商品を仕入れた後は、やはり価格付けで勝負する側面が大きくなります。日本の大葉のように、ちょっと変わった商品に関しては特殊性が出せますが、それ以外の一般的な野菜の場合は付加価値を付けるのが難しいといった面があります。そんな中、うちが提供できる価値として独自に行っているのは自社でスライス、カットを行った野菜などの提供です。オーストラリアは人件費が高いので、そういった野菜を入荷してキッチンハンドの数を減らしたいと考えるお店も多いためです」


新鮮なアメリカン・チェリー


青ねぎやコリアンダーなど葉ものも充実

一方、梅田氏は「レストラン・オーナーの中には質よりも価格を重視する方も少なくないですし、必ずしもクオリティの高い野菜を用意しておけばいいわけではありません。すべてのニーズに応えるのは難しいため、うちはしっかりとしたクオリティーの青果の仕入れに絞り、それを求めるお店と取引を行っています」と語る。

レストランごとにさまざまなニーズがあり、それに伴い、卸業者の間でも提供する商品による棲み分けがなされているという構図が見えてくる。今後、各店が実際にマーケットに足を運んでいるか、あるいはどの卸業者から野菜を仕入れているかなどといった情報をレストラン選びの基準の1つに加えても面白いかもしれない。

豪州の青果のクオリティー

自然豊かなイメージの強さゆえ野菜や果物のクオリティーも期待されるオーストラリアだが、実際そのクオリティーはどの程度のものなのだろうか。小山氏は「もともとオーストラリアの野菜はそれほどクオリティーが高くなかった」と指摘する。

「おそらく日本のように味をとことん追求して美味しいものを作ろうという発想がなかったのでしょう。ただ、ここ10数年、さまざまな国の食文化が浸透するとともに美味しい野菜が育てられ、市場にも出回るようになりました。農家側も美味しい野菜を作れば売れることを知ったのだと思います」

梅田氏もまたクオリティーの高まりを指摘する。

「年々良くなっていると感じます。高級レストランが扱うような高級志向の野菜も増えていますね。日本と全く同じ野菜が並んでいるわけではないのでその点を不満に思う人もいるでしょうが、全体を眺めた時に野菜の種類は日本よりも豊富で、さらに日本だと高級とされるマンゴーやメロンなどのフルーツが安く手に入るなどのメリットもあります。日本の野菜自体の流通量は少ないですが、そのほかに目を向けるのであれば楽しみは広がると思いますよ」

加えて日本の野菜との違いをこう語る。

「例えばかぼちゃで言えば粉質が違います。それによって用途が変わってきます。こちらのかぼちゃはスープ用として使われますが、日本のものはふかして使うのに適しています。ナスに関しても皮の硬さが違いますし、長ネギの代わりに使われるリークも比べてみると堅さや味が異なります」

同じ野菜のように見えても実際に日本で流通しているものとは違うケースもあれば、オーストラリアではほとんど栽培されていない野菜もある。

「オクラなどは比較的流通していますが、ごぼうなどはほとんど流通してないですよね。何件かのファームで作ってはいますが、必要なお店に入っているだけです」

だが、そういった青果も日系の小売店などに頼むことで手に入る可能性はあるというので興味がある人は問い合わせてみるといいだろう。

有機栽培とファーマーズ・マーケット


梅田氏が注目している甘くて人気のトマト「OX Heart Tomato」(SAIEN)
高級食材として知られる「Finger Lime」(SAIEN)

ここまで一般的な野菜の状況を見てきたが、産地直送のこだわりの野菜を求めるのであれば、有機栽培の野菜が多く集まるオーガニック・フード・マーケットを訪れてみたい。その中でシドニー・ノース・エリアのフレンチズ・フォレストのマーケットにある日本人ファーマーの名がよく知られているということで向かって話を聞いてみることにした。その人物とは北之台開発の佐野茂記氏。北之台開発は無農薬、無化学肥料、家畜などの糞尿を原料にした堆肥を使用しないこだわりの自然農法を追求した野菜を栽培する日本の会社で、1997年にシドニーから300キロほど内陸にあるカウラの地に50ヘクタールの農場を購入した。以来、佐野氏は同社の駐在員としてカウラで野菜を作り続けているという。

「最初に作ったのはほうれん草ととうもろこしとかぼちゃでした。その後、徐々に認知度が高まるとともに日本の野菜を中心に品数を増やしました。さやえんどう、空豆、にんじん、スイカ、メロン、ズッキーニ、なす、そして最近は1年を通して大根を作っています。また、ごぼうなどを作るシーズンもあります」

現在はキャンベラで2カ所、シドニー周辺でマリックビル、フレンチズ・フォレストと計4つのマーケットで野菜を売っているという。


カウラで日本の野菜をメインに育てている佐野氏は毎週日曜日、フレンチズ・フォレストのマーケットで店を開いている。自然農法で作られた野菜はどれも美味(北之台開発)

「うちの野菜は見た目は不恰好なものもありますが、味は格段に美味しいです。カウラの日中と朝方の気温差や、空気が乾燥などといった環境も野菜に好影響を及ぼしています。私自身、カウラで野菜を育てるようになってから本当に美味しい野菜の味を知ったと言っても過言ではありません」

マーケットではこだわりのみかんを売る日本人にも出会った。日本の品種である薩摩みかんをはじめ、無農薬で栽培されたさまざまなみかんやオレンジを売っているという。販売員のゆみさんは、フレンチズ・フォレスト以外にも、平日はダブル・ベイやラムズゲートなどで店頭に立っているそうだ。

今回、各地で取材をする中、最後にシドニー近辺のマーケット8カ所で有機栽培された野菜を使ったジュースやバーなどを販売している片岡学氏に話を聞く機会を得ることができた。


オーガニックのみかん、オレンジを売るゆみさん(左、Sweet-Eez)

片岡氏は、体に良い食材を自給自足しながら互いに助け合うことを目指すコミュニティーで共同生活を送っており、普段はカトゥーンバにある「イエロー・デリ・カフェ」で働いているという。同コミュニティーでは、2〜3年ほど前から野菜ジュースとバーを作り始めたが、そのクオリティーにファンがつき、マーケットでも人気商品になっているそうだ。

「ブロッコリーやほうれん草、レタス、キュウリなど有機栽培した野菜を乾燥させ、豆やバター、蜂蜜などと混ぜて作ったのがグリーン・バーです。ドリンクは僕たちが作った野菜にオーガニックのグレープやオレンジなどを混ぜて作っています」

片岡さんの所属するコミュニティーで作られる人気のグリーン・バーとグリーン・ドリンク

可能であれば今後野菜の販売もしたいそうだが、バーとドリンクの供給で今は精一杯というのが現状のようだ。片岡氏は最後にこう語ってくれた。

「近年、食の多様化や人口の増加など需要の高まりもあり、効率性を重視した栽培方法などが増えてきていますが、例えば化学肥料などを使って栽培をした野菜などはお勧めできません。食べている時には気付きませんが、ケミカルのものはどんどん体内に蓄積されていきます。オーガニックの野菜など質のいいものを選んで取り入れることを意識してほしいです」

今回、各所での取材を通しこれまで特に意識することのなかったオーガニックの野菜や果物を食べる機会に恵まれたが、たしかにオーガニックの野菜や果物は甘みや味が濃く、控えめに言っても一般の野菜や果物よりもはるかに美味であった。一般の商品に比べ値段が高いのは確かでいつもというわけにはいかないかもしれないが、可能な限りトライしてみてほしいと思う。

また、これまで日本で馴染みのある野菜ばかりに目が行きがちであったが、広く目を向けると味も使い方も分からない野菜や果物が少なくないことに気付かされた。それらをどのように料理に使うか、今後、そういったことを考えながら買い物を行うのも世界が広がって楽しいのではないだろうか。マルチカルチャー国家だからこそできる野菜・果物との美味しい付き合い方ではなかろうか。


取材協力 <写真から五十音順> 長時間の取材にご協力いただきましてありがとうございます。

梅田忠宣氏
(SAIEN)

片岡学氏
(The Yellow Deli)

チャーリー・T・小山氏
(サンアイ・トレーディング)

佐野茂記氏
(北之台開発オーストラリア)

シリーズ「豪州の食とその安全」バックナンバー

第1回「牛肉」 ■第2回「海の幸」 ■第3回「米」 ■第4回「野菜・果物」

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