『メアリと魔女の花』米林宏昌監督・西村義明プロデューサー インタビュー

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オーストラリアで公開中の『メアリと魔女の花』

 昨年の夏に日本で公開され、現在オーストラリアで公開中の長編アニメーション映画『メアリと魔女の花』。スタジオジブリ出身の米林宏昌監督と西村義明プロデューサーがタッグを組み制作された話題の同作品について、制作会社「スタジオポノック」の設立経緯も交え話を伺った。

(取材・文=石井ゆり子)

米村宏昌プロフィル◎1973年、石川県生まれ。1996年にスタジオジブリに入社し、2010年公開の『借りぐらしのアリエッティ』で歴代最年少監督に就任。『思い出のマーニー』(14年)が第88回アカデミー賞長編アニメ映画賞にノミネートされる。退社後、2015年に設立されたスタジオポノックで『メアリと魔女の花』(17年)の監督を務めた

――スタジオジブリ退社後、「スタジオポノック」立ち上げを決意されたのはなぜですか?

西村義明氏(以下、西村):2014年の年末にスタジオジブリの制作部門が解散し、150人くらいのクリエーターが全員ジブリを退社しました。米林監督と僕がジブリで最後に作った作品『思い出のマーニー』の制作が終わり米林監督と2人で話した時に「もう一度映画を作りたいですか? 」と質問をしたところ「作りたい」という答えが返ってきたこともあって、一緒に作品を作ろうという思いが生まれました。

 アニメーション制作には多くの人が関わりますから、米林監督の作品を作るためにはまず、クリエーターを集めるスタジオが必要で、それがスタジオポノック立ち上げの理由の1つでした。もう1つは、宮崎駿監督はもう1本映画を制作する決意をしましたが、僕たちも今自分たちにしか作ることのできない意義のあるアニメーションを作りたいという思いが強かったので、新しいスタジオを設立し、アニメーション映画を作っていこうという思いでした。

――その第1作目が『メアリと魔女の花』ですね。今作の制作に当たり、原作やテーマ選びについて何かエピソードはありますか?

米林宏昌(以下、米林):『思い出のマーニー』が少女の内面を描いた静かな作品だったので、僕たちは新しいスタジオで最初にやる作品は躍動感のある、考えるよりもまず行動するような主人公を扱った作品を作りたいという思いがありました。そこで、西村プロデューサーとどういう話が良いかといろいろ原作を探し始めたのがスタートでした。

 しかし、スタジオジブリを去ったばかりで、まず拠点となる場所がなく、そのころはまだスタジオポノックもなかったので、喫茶店を転々としながらアイデアや脚本を練っていました。長時間、喫茶店の中で話をしていたため店主に嫌がられたこともありましたが、無事にスタジオポノックという場所ができてそこで多くのスタッフに参加してもらい映画の完成に至りました。

西村義明プロフィル◎1977年、東京都生まれ。スタジオポノック代表取締役兼プロヂューサー。2002年にスタジオジブリに入社し、『かぐや姫の物語』(13年/監督:高畑勲)、『思い出のマーニー』(14年/監督:米林宏昌)のプロデューサーを務める。退社後、2015年にスタジオポノックを設立。第1作目となる『メアリと魔女の花』(17年/監督:米林宏昌)が155の国と地域で公開予定

――ジブリ作品を手掛けたスタッフを多数起用していると伺いました。作品はまさにジブリの血を受け継いだという印象ですね。

西村:いろいろなことを米林監督と共にチャレンジしているんですが、自分たちがスタジオジブリで培ったもの、学んだことから逃げても仕方がない、自分たちがスタジオジブリで学んだことをちゃんと生かしていこうという気持ちが強くありました。その思いが画面に出たのかもしれません。

 特に僕たちが作品を作る上で最初に心掛けたのは、スタジオジブリの教えでもあるのですが、アニメーション映画はまず子どもたちのためにある、子どもたちが観て本当に楽しむことができるものを目指したら、大人たちにもきちんと観てもらえる作品になる、ということでした。

 僕たちも新しくスタジオを立ち上げて、第1作目は誰に向けて映画を作ろうかと考えた時に、米林監督もプロデューサーである僕も息子、娘がいましたので、まずは子どもたちが楽しんでもらえるものを作ろうと思いました。

 映画が公開され、日本でも海外でも多くの子どもたちが本当に楽しんでくれ「2回でも3回でも観たい」という声を聞き、楽しんでもらえて良かったと感じています。

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――宮崎駿氏からはどういった言葉がありましたか?

米林:宮崎監督にはスタジオポノックをスタートする時にあいさつに行っています。その時は「覚悟してやりなさい」と言われました。子どもに対して何を見せるかというのはすごく覚悟のいることだと思っていて、1つの作品を世に出すことに対する覚悟だなと思って身を引き締めました。

 新しいスタジオでの制作がすごく難航して遅れていた時、そのことも宮崎監督の耳に届いていたんでしょう。すごく心配してくださり、差し入れを持ってスタジオの様子を見に来てくれたことがありました。

 そういう風に心配し、応援しに来てくれた経緯もあったので、映画を作り終えた時に宮崎監督の元にまたあいさつに行って「無事完成することができました」と伝えたら「それは良かった」と喜んでくれました。スタジオジブリを出て新しい場所で1本作り上げたことを報告に行けたのは良かったなと思っています。

――作品内で、特に思い入れのある、お気に入りのシーンはありますか?

米林:今作品は魔法を題材にしたファンタジーなので、変身のシーンや魔法を使うシーンなどがたくさんあります。僕の好きなシーンはメアリが途中で魔法の力を失って、手の平にあった魔女の印がなくなり傷だらけになるんですが、そこから立ち上がって目的のために歩いて進み出すところです。

 そこには僕たちがスタジオジブリという、言ってみれば1つの大きな魔法を得た状態で今までは作品を作っていましたが、スタジオジブリではなく新しいスタジオで何ができるか、これから歩んでいかなければいけないという思いも込めました。それは多くの人にとってもそれぞれが自身にとっての魔法がなくなったとしても、自分の足で立って歩くことができるか、いろいろな人に自分のことのように捉えてもらえたらうれしいです。

――魔法という壮大なパワーの乱用がもたらす危険性など大人にも響くテーマが描かれていると感じました。

米林:今作品は「変身」を1つのモチーフに描きました。少女の変身の物語。原作であるメアリー・スチュアートの英国児童文学『The Little Broomstick』を読んだ時に、映画として作るにはテーマ性が必要だなと思ったんです。

 変身道具という物も作品に登場しますし、変身を1つのモチーフに物語を作ったらどうだろうかと。主人公のメアリやピーターは自分が変わりたいと思っていて、マダム・マンブルチュークやドクター・デイが行っているのは他者を変身させる壮大な実験。そこに大きな対立が生まれてしまう。変身というものに対しての考え方みたいなものの物語が描けたら面白いんじゃないか、また新しい魔法の物語ができるんじゃないかという思いがありましたね。

 そして、人間のストーリーを作りたかったっていうのはありますね。ファンタジーで魔法だったり突飛なものがたくさん出てきますが、この物語はそれだけではないんです。例えば『魔女の宅急便』の場合、主人公キキは魔女だけど、メアリは人間なんです。だから人間が仮初めの魔法の力を得てそこで活躍するんですが、それを途中で失ってしまい人間に戻ってしまった時に、何ができるか、そういった意味ではメアリもピーターもマンブルチュークもドクターも、人間として何が行動できるかというのを描いています。

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――子どもから大人まで楽しめる、アニメーションを制作する醍醐味をお聞かせください。

西村:どの映画もそうだと思うのですが、特にアニメーション映画は子どもだけじゃなく大人も観れる、そして子ども時代に観る感覚と、大人になってから観る感覚というのが、少し違うから面白いなと思いますね。作り手としては、特に手書きアニメーションだとそうなのかもしれないですけど、多くの方々に観てもらうということは難しさもあります。しかし、いろいろな世代の方からさまざまな感想を頂けるのは、1つの醍醐味かもしれませんね。年配の方からの話も聞くことができたり、とにかく多くの方々に観て頂けることが喜びです。

米林:アニメーションは、観客に自分の気持ちや思いを伝えるのに有効な手段だということが前作や前々作の制作を通して分かりました。長編アニメーションを使って1つの物語や自分の伝えたいことを人に伝えられるというのは僕にとっても意味のあることで、多くの人に楽しんでもらえることをすごくうれしく思っています。

――今後新たに挑戦したいことはありますか?

西村:地道に1本1本の挑戦を通し変化しながら、いろいろな作品を作っていけたら良いなと思います。次回作についてはいろいろ考えているところなので、タイミングが来たら発表したいと思っています。

――では最後に日本での公開と、海外での公開を終えての今のお気持ちをお聞かせください。

米林:日本では本当にたくさんの人に観てもらえ、海外でも楽しんでもらえていると思います。スタジオジブリのころからもそうですけど、我々が扱っている内容はどの年代の人でもどの国の人でも観てもらえるような普遍的なものを描いています。それは日本であっても海外であっても、子どもでもお年寄りの方でもそれぞれに楽しんでもらえるものになっているということです。ぜひご家族で楽しんで頂けたらと思います。

西村:ここまで来るには大変でしたね。アニメーション映画を制作するには、いろいろな環境を整えなければならず、多くのスタッフが必要です。最終的には500人くらいのクリエーターが参加して、1本の長編アニメーション映画が出来上がります。制作をスタートして約2年の間にスタジオの環境を整え、多くのクリエーターが参加してプロモーションし、そしてお客さんに観てもらうまでの一連の映画制作をやっていくのは、かなり苦しい作業でした。だた、今日本や海外で多くの方に見て頂けているのでとても幸せです。

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メアリと魔女の花(Mary and The Witch’s Flower)

あらすじ:不器用だが無邪気なメアリは、森で「夜間飛行(魔女の花)」と呼ばれる7年に一度しか咲かない不思議な花を見つける。それは魔女の国から盗み出されたものだった。不思議な力を得たメアリは、魔法学校に入学することになるが、そこで校長・マダム・マンブルチュークと科学者・ドクター・デイの企みを知ってしまう……。

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