世界が注目する女性ワイン醸造家
三澤彩奈さんが語るワインの魅力と、醸造への思い
2014年、世界最大のワイン・コンテストの1つ「デキャンター・ワールド・ワイン・アワード」で、「キュヴェ三澤 明野甲州2013」が日本のワインとして初めて金賞と地域最高賞を受賞したことは世界のワイン業界で大きなニュースになった。このワインを醸造した三澤彩奈さんが3月、ロビーナにあるレストラン「ココット・ダイニング」で行われたワインのテイスティング会に出席。この機会に、ワインの魅力やオーストラリアでの反応、これからの夢などについて三澤さんに話を伺った。(取材・文=内藤タカヒコ)
世界各地を巡りワイン造りを学ぶ

山梨県勝沼町で1923年に創業されたワイナリー「グレイスワイン(中央葡萄酒株式会社)」を営む家族の下に生まれた三澤彩奈さんは、ワイン造りに励む祖父や父親の姿を見ながら育ち、自らも現在ワイン醸造の道を歩んでいる。フランスで3年間、ブドウ栽培やワイン醸造を学び、南アフリカへも短期留学するなどして、地元勝沼だけでなく、世界中でワイン造りを学んだ。
2,000年以上の昔からワインが造られ、豊かな歴史と伝統を持つヨーロッパはワインの世界で「オールド・ワールド」と呼ばれる。これに対してオーストラリアやニュージーランド、アメリカ、チリ、南アフリカはワイン造りの歴史は浅いが、法律に囚(とら)われすぎない自由な発想を持つ新興国で、「ニュー・ワールド」と呼ばれている。
「オールド・ワールドとニュー・ワールドの両方でワイン造りを学べた意味はとても大きいです。両者はアプローチが違いますが、おいしいワインを造る点では同じです。オールド・ワールドでも新しい考え方を持つワイナリーもあれば、ニュー・ワールドで伝統に基づいたワイン造りを目指しているワイナリーもあります」と三澤さんは話す。
北半球でのワイン造りは8月から11月末が忙しい。そこで、北半球と季節が逆の南半球に行けば、1年に1回しか出来ないワイン造りを2回行うことが出来る。そのように北半球と南半球を行き来してワイン造りの腕を磨く若手醸造家たちは、フライング・ワイン・メーカーと呼ばれている。
「醸造家として30年ワインを造るとしても30回だけ。でも世界に飛び出せば、年に2回、倍のワインを造ることが出来ます」と語る通り、三澤さんも2009年と2013年の2回、オーストラリアのハンター・バレーや、マーガレット・リバー、タスマニアのワイナリーで働いた。
オーストラリアでの日本ワインの評価

マーガレット・リバーで働いていた時、お土産に日本のワインを持参したところ、ワイナリーの人たちがそのおいしさを絶賛してくれたという。それをきっかけに、世界中のクラフト・ワイン(小規模だが丁寧に造られた個性的なワイン)を熱心に広めるディストリビューターと出会い、グレイスワインは、オーストラリアに輸入されることになった。
三澤さんは当初、日本のワインが世界に通用するか自信が無かったそうだが、オーストラリアでの経験が確信を与えてくれた。
「世界に出ると、日本でワインが造られていることを知らない人がたくさんいます。『日本のワインです』とレストランで紹介しても、『日本のワインは結構です』と飲む前に断る人もいました。ところがオーストラリアでは『ぜひ飲んでみたい』と多くの人が言ってくれました。すごくオープンな気質なのでしょう。日本のワインは繊細ですが、オーストラリアのワインはパワフルなものが多い。タイプが全く異なりますが、その違いを楽しんで受け入れているようです」
「甲州ワイン」が秘める可能性


三澤さんと家族が営む日本のグレイスワインでは、「甲州」という品種のブドウをメインに醸造している。柔らかく上品な香りと、はつらつとした酸味を持ち、アルコール度数は低いがすがすがしい印象で、ピュアで繊細といった特徴を持つ。
甲州は小アジア、現在のアルメニアやジョージア(旧グルジア)で栽培されていたヴィニフェラ種に起源を持ち、勝沼で約1,000年前より栽培されてきた品種だ。時代と共に、薬用植物や幕府への献上品、酒石酸の原料などにされてきた時期もあったが、地元で愛され続けてきたブドウでもある。樹勢が強く、一般的には棚仕立てで栽培されるが、現在グレイスワインでは本来の姿である垣根栽培を行っている。
「本来はワイン用の品種でしたが、時代と共に変わっていきました。種からではなく、剪定(せんてい)した枝から育てるため、人間が人為的に選び続けてきた結果、味などが、日本に伝播(でんぱ)したころとは変化しました。約1,000年前から栽培されていますが、今でも作ってみなければ分からないことが多い品種です。実際、高畝式の垣根栽培を行ったところ、今までの常識では考えられないほど糖度が高くなりました。甲州はまだまだ伸びしろがあり、大きな未知の可能性を秘めた品種だと思います」
日本のワイン造り
世界中でさまざまなワインが造られているが、そんな中で、三澤さんは「日本のワインは真面目」だと言う。
「日本人の真面目さや整然とした部分が味に出ています。荒々しくなく、雑味が少ない点などは、素材を大切に扱い、選別作業などを丁寧に行うからかもしれません。日本にもたくさんの品種やワイナリーがあり個性を競い合っていますので、全部ひっくるめてとは言えませんが、日本のワインには日本人にしか造れない魅力があります。私は日本を代表して、とはとてもおこがましいですが、せめて勝沼や山梨で造られたワインを少しでも多くの人に知ってもらえたらと思い、各地で紹介しています」
山梨のワインを世界に
現在も三澤さんは、ワイン造りの繁忙期以外は精力的に世界を巡り、ワイナリーを見学したりレストランを訪れるなどして、グレイスワインや山梨のワインを広めることに努めている。
「オーストラリアは努力しないことに厳しい国ですから、1年顔を出さないと注文してくれなくなったりします。オーストラリアに限ったことではありませんが、世界では新たに『入り込む』ことが難しいケースが多く、それ以上に、入り込んで続けていくことはもっと大変です。そのため、いろいろな所へ出かけていくようにしており、そのお陰で、山梨にいるだけでは決して分からないことも見えてきます。最新のワインの世界的なトレンドや、実際にお客様に提供しているレストランの意見などはとても参考になります」

ワイン造りの魅力を尋ねると、「すぐに結果が出ないことと、終わりのないところです」と答えてくれた。産地や品種によって育て方や作り方が違うのは確固たる理由があってのことで、古くからの知恵や文化に合わせた作り方がされている。それが醸造家の思いと重なり、ふるさとの味、品種の味、ワイナリーの味になっていく。また、造りたてと熟成後では大きく変わる。決して終わることがないワイン造りを、もっと極めていきたいと三澤さんは言う。
今後の目標を伺うと、「日本のワインは早飲みタイプと思われていますが、甲州も3年、4年と熟成を重ねると味わいが深まります。今後はもっと長期の熟成にも耐えられるポテンシャルのある甲州ワインを造りたいです」と語ってくれた。
三澤さんを始め日本の若い醸造家たちは、積極的に海外で経験を積み、学び、日本の良さを再発見してワイン造りに励んでいる。栽培や醸造などの技術も進歩したことで、日本のワイン全体が今まで以上にレベル・アップしているという。
三澤さんが醸造したワインは、オーストラリアでも味わうことが可能だ。ロビーナのレストラン「ココット・ダイニング」で提供しているので、ぜひ出掛けてみよう。
Cocotte Dining
■住所:Shop 16a Robina Quays Shopping Centre, Cnr of Robina Parkway and Markeri St., Robina
■Tel:(07)5689-1366
■Web: www.cocotte.com.au
■Email: dining@cocotte.com.au
■営業時間:ランチ木~土12PM~3PM、ディナー水~日5:30~、月・火・祝休