【インタビュー】アイヌの伝統楽器トンコリ奏者OKIさん、WOMADelaide出演

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OKI DUB AINU BAND。中央右が加納沖(OKI)さん
OKI DUB AINU BAND。中央右が加納沖(OKI)さん

■来豪直前インタビュー
樺太アイヌの伝統弦楽器「トンコリ」奏者 加納沖(OKI)さん

1982年以来、世界各地で開催されているWorld Music and Dance、略して「WOMAD」は、ワールド・ミュージックを楽しめるフェスティバル。アートの祭典「アデレード・フェスティバル」の一環としてアデレードで行われる際には「Adelaide」の地名を重ねた「WOMADelaide」という愛称で親しまれ、毎年たいへんな盛り上がりを見せる。今年3月、ダンスやアートも楽しめるこのイベントに日本から参加するのが、アイヌの民族音楽をベースにした楽曲を作り続ける「オキ・ダブ・アイヌ・バンド」だ。そのバンド・マスターでありアイヌの血を引く加納沖氏に、自身の音楽について話を伺った。(聞き手=メルボルン・原田糾)

――「オキ・ダブ・アイヌ・バンド」には、北海道以北地域の先住民で現在は日本とロシアに居住する人びとを意味する「アイヌ」という言葉が入っています。どのようなバンドなのでしょうか?

僕らの音楽のベースになっているのは、バンド名にもあるようにアイヌの音楽。そして僕が使っている楽器が樺太アイヌの弦楽器で「トンコリ」と言います。僕は6弦にしているけど通常は5弦の楽器。長い間、廃れつつあったんですが、1970年代くらいから徐々に復興してきました。

僕はこれを1歩進めた形で音楽に取り入れています。他の楽器をトンコリに合わせるのではなく、ドラムやベース、キーボードといった現代楽器を使った今の音楽に、トンコリを取り入れたかったんです。昔のリズムや歌を、ドラムやベース、キーボードに置き換えていくということがすごく面白いと思っています。それが僕らのバンドのテーマであり、それで「踊ろう」というのもテーマです。

――「トンコリ」は樺太アイヌの伝統的楽器ですね。

黒船が日本に来たころにはもうこの楽器は存在していて、1860年くらいが演奏の技術的なピークだったようです。トンコリの伝承曲も50曲未満とさほど数多くは残っていません。他に似た楽器が無く技法も独特。5本の弦を弾くだけなので、ギターやピアノに比べたらメロディー的にはある意味貧しいんです。ただ、僕はこのトンコリの中にあるリズムに注目したのです。例えばドラム・セットは音の高さの違う5つの太鼓で、リズムの中にメロディーが出てくるでしょう。トンコリもリズム楽器として5本の弦があるのだと思います。そう考えるとこの楽器に無限の可能性が生まれます。トンコリを弾くことでアイヌのリズムを奏でているんです。

――トンコリとの出合いが人生を変えたと伺いました。

トンコリを持った瞬間に、これをライフ・ワークにするということになってしまいました。出合いは遅くて33歳。普通はミュージシャンになるのを諦めるくらいの年齢ですね。

そもそも僕は父親がアイヌの彫刻家で祖父は熊撃ちという、アイヌの系統をさかのぼることができます。でも父親とは暮らしたことがないし、子どものころは母親と神奈川県に住んでいたので、自分がアイヌであることを毎日の生活の中で意識して暮らしていく必要はありませんでした。

それが、アイヌというアイデンティティーが絡んでくると日本に住みにくさを感じるようになってきて。今ではそうでもないですが、当時はアイヌといっても皆分からないし、嫌な顔をされることもありました。そんな日本の多様性をあまり認めないところに孤立感や生きづらさを感じるようになって米国のニューヨークに移り住んだんです。

でもね、やっぱりアイヌの磁力はすごく強くて。アイヌであることを意識したくなくて行ったはずなのに、できる友達はニューヨーク在住のアメリカン・インディアンとかそういう人ばかり。水道や電気も使わないアリゾナのインディアン居住区に訪ねて行って「米国にもこんなところがあるのか」と。ネイティブ・アメリカンたちは「資本主義」や「貨幣経済」というものに相容れない価値観で暮らしています。そんな「違う米国」を見てしまったその時、自分のアイヌとしての出どころを真剣に考えなきゃいけなくなってしまったんですよ。

当時、僕は彫刻のアーティストを目指していたので、自分の表現の中に「民族」というものが必要不可欠なんだという気はしていました。ネイティブ・アメリカンを訪ねて行ったのもそういう思いからでしたが、じゃあどういう形でアイヌ文化を掘り下げていくかという具体案は見つからない。そんな時に一時帰国した日本でトンコリと出合ったんです。弦は5本しかないし、音数は少ないし音量も小さい。やれることが少なそうな楽器ではあったけれど、僕はそこにアーティストに絶対的に必要なオリジナリティーというものを見たんです。

当時、周りの人からは「1年で消えるだろう」と言われ、母親からも「なぜ血にこだわる必要があるのか」と反対されましたが、結局あれ以来20年以上もやっています。でも長いようで短い。あっという間ですね。

――しかしバンドの音楽は、アイヌの伝統的な古典音楽からかけ離れた全く新しい現代音楽になっています。

アイヌ文化にどっぷりというスタイルではないですね、僕の場合は。やっぱり僕のやり方で「音楽」という形で呼吸をしていきたいから。そして「今」の音楽を、なおかつオリジナリティーがあるものをやりたいという気持ちがすごく強いですね。

僕はまずアイヌの昔の音楽、ある曲のリズムに自分を入り込ませて、そこからイメージを膨らませて曲を作ります。そんなことをやっているとアイヌのリズムにアフリカ的要素を強く感じたり、中央アジアで馬に乗っている情景が浮かんできたり、どんどんイメージが膨らんでいく。そういう作業の積み重ねをずっとしています。

だから、中心になっているトンコリのリフ(繰り返しのフレーズ)は昔ながらのグルーブなんだけど、音楽は今までにない現代そのもの、という新しいものになるんです。

――海外で活動することで何を伝えたいですか?

まずは僕らの個性であるアイヌのリズムを、僕らの思っている通りに伝えたいです。でも一番大切なのは、やっぱり人種で区別するとか宗教で区別するとか、そういう時代じゃないはずなのに依然として同じことが地球上で行われていることに対して、そうじゃないでしょ、と。僕はそういうことを、クオリティーの高いアイヌの音楽を人に聴いてもらって、音楽を通して分からせたいという思いがありますね。

音楽を聴くことによってどんな人も、聴いている時間だけであっても、同じ時間を共有して、同じように体を揺らして、幸せになっていく。やっぱりそれが僕ら音楽家の目指すところだと思うんです。「WOMADelaide」では、そういうことを他の出演ミュージシャンともリンクしてやっていきたいと思っています。

オキ・ダブ・アイヌ・バンドは3月10~13日のWOMADelaideに出演後、メルボルンで3月17日開催のブランズウィック・ミュージック・フェスティバルにも出演予定。この貴重な機会にトンコリの奏でるリズムに体を委ねてみたい。


PROFILE
加納沖(かのうおき)
 アサンカラ(旭川)アイヌの血を引く、樺太アイヌの伝統弦楽器「トンコリ」奏者。アイヌの伝統を軸足に斬新なサウンド作りで独自の音楽スタイルを切り拓き、知られざるアイヌ音楽の魅力を国内外に知らしめてきた。東京芸大工芸科(鍛金)卒業後、ニューヨークに渡り、映画やCMの映像プロダクションで美術制作アーティストとして活躍。後に映画製作の美術監督として日本のプロダクションに招かれたのを機に帰国するが、映画プロジェクトの破綻と共に失業。暗たんたる気分で訪れた北海道で、親戚から偶然譲り受けたトンコリに次第に魅了され、以後、拠点を北海道に移してトンコリの製作法と演奏法を独学で習得、アルバム制作とライブ活動を開始。近年取り組んでいるプロジェクト「ダブ・アイヌ・バンド」では2005年以降、アジア、米国、欧州の世界各地をツアーし、世界最大規模のワールドミュージック・フェスとして知られるWOMADや日本国内でも数多くの夏フェスに出演。10年にOKI DUB AINU BAND名義で発表した「サハリン・ロック」が話題に。11年にはランキン・タクシー&ダブ・アイヌ・バンド名義で発表した反核ソング「誰にも見えない、匂いもない 2011」が 各国のメディアで紹介される。またカナダの先住民系ダンサーとのコラボ舞台「ススリウカ The Willow Bridge」の日本公演(12年/カナダ公演)、影絵作家ラリー・リードとの新作影絵「アイヌ影絵」公演など幅広く活動。12年、沖縄民謡の唄者・大城美佐子との共作アルバム「北と南」リリース、同年夏に音楽グループ・マレウレウ初のフル・アルバム「もっといて、ひっそりね。」をプロデュース。

INFORMATION
WOMADelaide 2017
■日程:3月10日(金)~13日(月)
■時間・料金:ウェブサイトで確認
■会場:Botanic Park(Plane Tree Dr., Adelaide SA)
■Web: www.womadelaide.com.au

Brunswick Music Festival 2017
■日時:3月17日(金)8:30PM
■会場:Rubix Warehouse(36 Phoenix St., Brunswick VIC)
■料金:一般$37、コンセッション$32(手数料別途)
■Web: www.brunswickmusicfestival.com.au/oki-ainu-dub-band

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