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BBKコラム 日本映画祭2014

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興味があるもの何でもリポート!
BBKの突撃・編集長コラム 不定期連載第19回


『紙の月』©2014 “Pale Moon” Film Partners

「日本映画祭2014」

ちょうど2年前のこの時期にも当コラムで日本映画祭について執筆した。当時は来豪からまだ1年というタイミングだったこともあり、オーストラリアにいながらにしてシネコンの巨大スクリーンで日本映画が見られるということそれ自体に大きな喜びを感じたのを覚えている。コラムでは鑑賞した作品のレビューとともに運営に対して少々厳しい言葉も書かせていただいたが、まずはその一部を一昨年のコラムから引用したい。

──ただ今回、実は上映中に映像が止まるなどといったトラブルや、映像の明度やコントラストが製作サイドが意図していたものと違ったなどといった話も聞かれた。そのあたり若干の反省点も含めて、今後のさらなる発展を願ってやまない──

2年前の映画祭では僕が見た作品の上映中にもこのようなトラブルが何度か見られた。大らかな国民性からか、オージーの観客たちはさほど気にしない様子ではあったが、やはり気勢を削がれた人もいただろう。当時、編集部ではコラム内でそのような運営のマイナス面をあえて書く必要もなかろうとの意見も上がった。しかし、僕としては今後への期待も込めてあえて追及すべきと考え、当時まだ顔見知りですらなかったジャパン・ファウンデーションの映画祭ディレクターである許斐雅文(このみ まさふみ)さんにトラブルの原因や今後の課題などについての質問をメールで送った。

来豪からまだ日が浅かったこともあり、日本から引き連れてきた暑苦しいメディア人の使命感そのままに、挨拶もそこそこに唐突にメールを送ったのだから今思えばずいぶんと不躾だったなと思う。

それからさらに1年が経過し、2013年の映画祭に際して日豪間の文化大使に任命された小野伸二選手(当時ウエスタン・シドニー・ワンダラーズ所属)の取材現場で僕は許斐さんに初めてお会いする機会を得た。不躾なメールを送った非礼を詫びると「あのように書いていただけて逆に良かったですよ」と言ってくださった。そして会話を通して邦画のオーストラリア市場での広がりに尽力していきたいという彼の熱い思いを強く感じることができた。その後何度か取材現場でも顔を合わせるようになり、その過程で嬉しいことにお酒を酌み交わしながら映画談義をする仲になり今に至っている。そんな中、例のトラブルに関しても時を経て伺うことができた。

「あれは映像フォーマットの問題による不具合でした。今回、僕らが映画祭で流している映画はすべてDCP(デジタル・シネマ・パッケージという規格で世界的な主流)というフォーマットで上映されていますが一昨年はHDカムを使いました。映画祭用に日本からDCPが提供されることは基本的にないからです。DCPはデジタル・データなのでコピーされるリスクがあることに加え、変換に結構なコストがかかります。お金をかけてDCPフォーマットにしたところで海外に出せる可能性は未知数ですし、配給会社はそうした2重のリスクを負いたくありません。しかし、オーストラリアの映画館の環境は基本的にDCP。上映するには間にデッキをかませなければならないのですが、やはり、既存のシステムではないので不具合が出ることがある。それが一昨年発生したエラーでした」

このままでは映画祭はダメになると考えた許斐さんは日本のすべての配給会社を回り事情を説明し、DCPにする許可を得た。資金はジャパン・ファウンデーションの基金から捻出し、映画祭終了後はデータを配給会社に還元することを約束した。


『サカサマのパテマ』©Yasuhiro YOSHIURASakasama Film Committee 2013

「きちんとしたものを上映しないとやる意味がないですし、配給会社もDCPがあれば世界に映画を提供しやすくなります。こうした積み重ねが邦画を世界へ広げることに寄与すると僕は考えます。将来的に映画祭でやりたいのは、インディペンデント系の作品ですが、それをやるためには、まずはメジャー・タイトルでより多くの人々を誘導し、日本映画の魅力を認知してもらわなければなりません」

今回の映画祭の上映本数は過去最大の実に56本。リピート上映もあるので上映数は100以上となった。「正直、めちゃめちゃチャレンジです。入らなかったら続かないですから」と許斐さんは語る。

世界中の日本映画祭の中でもオーストラリアの日本映画祭の動員数は世界一と言われている。昨年は2万5,000人の入場者数を誇り、今年は3万人を目指した。現時点で最終入場者数は未定だが目標達成の見込みは高いという。また、56本という上映本数に関してもメイン・ストリームの映画の上映数としてはおそらく世界一。さらに今年から観客賞も創設。現時点で集計結果は出ていないが、結果を心待ちにしたい。毎年規模を増す日本映画祭だが、それにより日本映画の認知度がさらに高まり、オーストラリアでも日常的に日本映画が上映されるようになる日が訪れることを願ってやまない。

私的ベストは宮沢りえの演技が光った『紙の月』

今回、僕が鑑賞したのは許斐さんお薦めの作品を含む計6作。以下、各作品のレビューを書いていきたい。なお、一昨年のコラムでも書いたが日本での記者時代、芸能・エンタメ系をメインに担当していた時期があり、映画がらみの記事をよく書いていた。ただ、僕はよほどつまらない作品でない限り作品に面白さを見出だしやすいタイプのようで、結果として「辛口」の記事を書いた記憶がほとんどない。専業で映画ライターをしている人から見ると少々評価が甘いということになりそうなので、今回は意識して極めてフラットな目線から厳しく作品を評価しようと考えていたのだが、あえなく撃沈。鑑賞したどの作品も大変楽しめたというのが僕の素直な感想。冗長になってしまうので各作品のあらすじにはあまり触れないが興味を持ったらぜひ観てみてほしいと思う。

舞子はレディ(監督:周防正行、主演:上白石萌音)

『マイ・フェア・レディ』オマージュのミュージカル映画。鹿児島弁と東北弁が混ざった独特な話し方をする少女が舞妓になることを夢見て奮闘する姿が面白おかしく描かれており、素直に笑いながら楽しめた。舞子の作法を学ぶ過程で日本の風俗や文化もよく描かれており海外のお客さんに楽しんでもらうオープニング作品として非常に良い選択。ミュージカルである必要性など賛否もあるようだが僕は好き。今回大抜擢の現役高校生女優・上白石萌音さんがとにかく爽やかですっきりと気持ちのいい作品。

紙の月(監督:吉田大八、主演:宮沢りえ)

昨年の映画祭で観た『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八監督の作品と聞いて期待して観たが、やはり素晴らしかった。今回のベスト。夫と2人で特に不自由のない暮らしをしていた「普通の」銀行員である主人公の女性があるきっかけで客の預金に手を付け始めるのだが、その少しずつずれていく感覚が何だかリアルでぞわぞわする。一昨年の映画祭のコラムで松たか子主演の『夢売る2人』(監督:西川美和)に関し「少しだけ歯車が狂い、結果大きな犯罪に手を染めてしまったに過ぎない。だから恐ろしい」と書いたが、同作でも同じことを感じた。序盤、大学生の男とホテルでセックスをするシーンなど、そこに至るまでの内面に関する表現が少なく展開が性急に感じられることもあったが、一方で物語は非常にテンポよく進むので、全体を通して目が離せなかった。宮沢りえの演技も真に迫っており、醸し出される控えめな色気や妖しさがリアル。東京国際映画祭で最優秀女優賞、審査員満場一致で観客賞を受賞したのも納得。
 ちなみに隣で観ていた元銀行員の妻は銀行の業務シーンのリアルさにも驚いていた。演じられる行員の作業1つ1つに目がいくようで、ストレスフルだったかつての生活をリアルに思い出したようで、しばし息を止めて固まっていた。合掌。
 同作に関して許斐さんはブリスベンでの上映がほんの数時間の差でワールド・プレミアを逃した形になったことを残念がっていた。「東京国際映画祭のコンペ部門にノミネートされたことで急きょ、東京国際映画祭をワールド・プレミアにする方向に風向きが変わったのではないか」と推測していた。

そこのみにて光り輝く(監督:呉美保、主演:綾野剛、池脇千鶴)

池脇千鶴はもともと好きなのだがこの作品の彼女も素晴らしい。過去の事件をきっかけに無職で日がな生活をする男と、体を売って家族を支える女の愛を描いた作品で全体のトーンは暗い。だからこそ時にすっと差し込む光がどれほど明るいことか。しかし、その光すらも唐突に奪われかねないのが人生。生きるとは実に儚く無残で、けれども美しい。刹那的な希望とあきらめを同居させた若者たちに見入り思索にふけるうち、いつの間にか観終わっていた。ディープで見ごたえのある秀作。

ウッドジョブ(監督:矢口史靖、主演:染谷将太)

『ウォーターボーイズ』『スウィングガールズ』などでおなじみの矢口史靖監督作品。そのイメージ通り明るく軽快な作品に仕上がっており、笑いながら楽しめる安定の1作。都会育ちの軟弱な若者が林業の世界に飛び込む話なのだが、日本国内の林業関係者も大いに注目しているのではなかろうか。自然をテーマにしつつ、日本の文化もよく表れているので海外での上映にも良いと思う。

ラーメンより大切なもの 〜 東池袋大勝軒 50年の秘密(監督:岩井田洋光)

超有名ラーメン店であり、つけ麺発祥の地「東池袋大勝軒」を10年以上追いかけ地上波で数回にわたって放映された人気ドキュメンタリーを映画化。ラーメン・マニアとして同店の味の秘訣を知りたいと思いつつ観始めたが、それ以上に店主・山岸一雄さんの人間的な魅力に虜になった。かつてガンで亡くなった奥さんへの愛に満ち溢れ、静かながらあふれる彼の思いに涙腺がゆるんだ。余談だが、途中、山岸さんの故郷、長野・山ノ内町のシーンがあるのだがそこで話している役場の担当者が知り合いだったのでびっくりした。

サカサマのパテマ(監督:吉浦康裕)

日豪プレスの監督インタビューで興味を持ち鑑賞したアニメ作品。重力が逆さまの世界に生きる人々の対立を描いた作品だが、主役の2人がつねにサカサマの状態なのでつねに上下逆の視点を意識しながら見ることになるが、よく練られており感心した。「空に落ちる」という発想も新しく、鑑賞後いつも眺める空の景色が少し違って見えるようになった。最後のどんでん返しは2度見必至。

いやあ、映画って本当にいいものですね〜(水野晴夫さんすみません)。忙しさにかまけ、映画を観る時間はどんどん減るばかりだが今後はもう少し映画館に足を運びたいと改めて思った次第。映画産業がすたれぬよう、皆様もぜひ!

<プロフィル>BBK
2011年シドニー来豪、14年1月から編集長に。スキー、サーフィン、牡蠣、筋子を愛し、常にネタ探しに奔走する根っからの編集記者。齢30後半♂。読書、散歩、晩酌好きのじじい気質。

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