作曲家、ピアニスト 松本俊明さん特別インタビュー

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作曲家、ピアニスト 松本俊明さん特別インタビュー
音楽を通して「幸せ」や「命」の大切さをたくさんの人へ伝えたい

MISIAの「Everything」、JUJUの「この夜を止めてよ」、NHK『みんなのうた』の「グラスホッパー物語」など誰もが聞いたことがある歌を作曲したのが松本俊明さんだ。日本とロンドンを拠点に精力的に音楽活動している松本さんがゴールドコーストを訪れると聞き、話を伺う機会を得ることができた。音楽やピアノのこと、海外で暮らすからこそ見えてくる日本のこと、幸せについて、次の世代を担う子どもたちのこと……。短い時間の中で、さまざまな話題に触れ、私たちが生きている今日、そして未来についての思いを語っていただいた。優しく穏やかで誠実に話しながらも、その内容はオーストラリアで暮らす私たちにとって共感でき、深く考えさせられてしまうことばかりだった。 取材・文=内藤タカヒコ

私にとっての音楽

――作曲家、ピアニスト、サウンド・プロデューサーといったいろいろな顔を持ってらっしゃいますが、音楽との出合いなどを聞かせてください。

小さい頃から音楽が大好きで、自分では覚えていませんが3歳の時に「ピアノを弾きたい」と言い出したのがきっかけで習うようになり現在に至っています。物心がつく前からいろいろなことにチャレンジしたり、させられたりしていましたが、きっと両親は親として子どもの可能性を広げたかったのだと思います。さまざまなチャンスが与えられて、その中から音楽に巡り合えたことに感謝しています。

ピアノを始めてからは、一度も「やりなさい」と言われず「嫌ならやめていいよ」と言われ続けていました。小学生の時、レッスンを1度サボったことがありましたがこの時も「やりなさい」とは言われず、自分からまた練習をしていました。誰かに強制されるのではなく、自分がやりたいと思って行動することが真剣に長く続けられる秘訣かもしれません。

一緒にコンサートを行ったこともあるロフリー久美子さんと。 た便利な国で暮らすことと、何もなく不便な彼女に会うために今回来豪した
一緒にコンサートを行ったこともあるロフリー久美子さんと。 た便利な国で暮らすことと、何もなく不便な彼女に会うために今回来豪した

作曲家としてさまざまなアーティストへ曲を提供していますが、自分で作曲し演奏したインストゥルメンタル・アルバムもリリースしています。その中の「月の庭」という曲は日本語だけでなく英語、中国語、韓国語などで歌詞が付けられ歌われ、今も世界のどこかで聴いている人がいる、そう思うととてもうれしい気持ちになります。

演奏家としては、オーストラリア在住の声楽家、ロフリー久美子さんと一緒に東日本支援コンサートを行うなどの活動を通して、さまざまな場所へ行きいろいろな人に直接出会う機会を得ることができました。今年はシドニー出身のバイオリニストのサラ・オレインさんと一緒に日本でコンサート・ツアーを行う予定です。先日彼女と話した時に「いつかシドニー・オペラ・ハウスで一緒にコンサートをしよう!」と目標を立てたばかりです。

日本を離れて

――初めてオーストラリアにいらっしゃったと伺いましたが、印象などをお聞かせください。

シドニーとゴールドコーストに滞在し、それぞれの滞在先の近所を少し散策しただけですが、東京やロンドン、ニューヨークとも違う独特の雰囲気を感じました。都会でありながら美しい自然が多く、出会う人たちは皆親切で笑顔がステキでした。営業的ではなく、心の底から自然と浮かぶ笑顔という印象です。ゴールドコーストは美しいビーチがたくさんあると聞いているので、ぜひ行ってみたいと思っています。

――普段はロンドンにお住まいで、日本と行ったり来たりの生活をされていますが、どうしてこのような生活をされているのでしょうか?

ロンドンでは曲を作ることはありますが、それ以外は普通に暮らし、日本へは仕事のために行くという生活を送っています。作曲家、演奏家として普段の生活と仕事で雰囲気を変えたいというのが大きな理由です。

ロンドンではノッティング・ヒル・ゲートという街に暮らしていますが、アーティストが多く住んでいる地区で、古さと新しさ、伝統と革新などが出合い融合しています。さまざまな国や地域から人が集まったコスモポリタンで刺激的な場所です。天気の良い日は少なく、雨が降れば家で1日ゆっくりと本を読んだりして過ごしています。決して住みやすいとは言えませんが、美術館や博物館が多く、気軽に音楽や絵画などの芸術に触れることができます。

また日本から離れて暮らすことで、あらためて日本の良い部分やそうでない部分が見えてきたような気がします。

――それはどのようなことでしょうか?

あくまで個人的な印象ですが、とにかくあらゆることが目まぐるしく変化し便利になっていくことに驚いてしまいますし、その反面忙しすぎるようにも見えます。例えば子どもたちは家と学校と塾を慌ただしく行き来して、夜遅くに携帯から、今から帰るので迎えに来てほしいと電話する。とても忙しく、そしてこぢんまりとまとまっているように感じます。でもそれと同時に良い部分も感じています。

――どんな点でお感じになるのでしょうか?

よく日本人はYes、Noがはっきりしないと言われますが、悪い点ばかりではないはずです。どちらでもないグレー·ゾーンがあるからこそ、すぐに結論付けないでゆっくりと考える余地を残しています。今この瞬間解決できない問題があっても、未来へとつなげていく余地を残すということは日本人ならではの良い点だと思います。

ただ時々便利になりすぎることが、本当に良いことなのか分からなくなってしまうことがあります。

――例えばどういったことですか?

ロンドンでは夕方7時になればほとんどのお店は閉まります。でも日本では10時過ぎてもお店は開いているし、多くの人が行き交っています。小さな子どもが夜遅くに1人で街を歩けるというのは日本だけでしょう。それだけ安全ということなのでしょうが、逆に誰も気にしないというのも問題があるような気がします。

また私はアジア各地を旅行するのが好きで、本当に何もないような所へも行ったりしますが、一見何もない村でも子どもたちは目をキラキラ輝かせて、夢中で楽しく遊んでいます。今でも鮮明に覚えていますが、古タイヤが1つあるだけでしたが、子どもたちは自由に想像力を膨らませて、古タイヤを話し相手や乗り物に変えて、飽きることなく1日中楽しく遊び続けていました。彼らにとっては最新のゲームやアミューズメント・パークなんて必要なく、今生きている場所で、今あるもので十分幸せだということです。

久美子さんの自宅で行われたホーム・コンサート。松本さんのピアノと久美子さんの歌が作り出す音楽は優しくそして時に力強く、聴く人の心を包んでくれた
久美子さんの自宅で行われたホーム・コンサート。松本さんのピアノと久美子さんの歌が作り出す音楽は優しくそして時に力強く、聴く人の心を包んでくれた

今ここにある「幸せ」に気付くこと

日本はいろいろな物にあふれ便利ですが、失ってしまった物やことが多いのかもしれません。日本の子どもたちと古タイヤで遊ぶ子どもたち、どちらが幸せなのか分からなくなります。

それ以来「幸せ」についてよく考えるようになりました。子どもたちが生まれ、成長し、暮らしていく。地球上どこでも起きていることですが「幸せ」という点から見ると、物があふれた便利な国で暮らすことと、何もなく不便な国で暮らすこと。どちらが「幸せ」なのだろうか?いろいろな場所を訪れて感じたのは、生まれた場所や育った環境は人それぞれで違うけれども、もしかしたら、心のあり方かもしれないと考えるようになりました。誰もが幸福を願い求めますが、小説の「青い鳥」のように自分の近くに当たり前のようにあるのかもしれません。ただその「幸せ」に気付くことができるのか、できないのかの違いかもしれません。

例えば国や文化が違っていても、それぞれのいい所を見つけて楽しむことができるなら、きっと「幸せ」になれるような気がします。

――今おっしゃった「気付くこと」は、松本さんの多くの作品にも共通する重要なキーワードだと思います。ぜひ詳しくお聞かせください。

ロンドンでの生活の中で、自分が実際に出会った光景を14の短いストーリーにつづったのが『hope』という本で、エッセイでも小説でもない「お話」です。どれも地下鉄やバスの中、公園で起きた本当の出来事を書きました。タイトルのhopeという言葉は“I don’t hope…”のように否定されることがありません。希望は誰も否定できないことを伝えたくてこのタイトルにしました。

この中の『グラスホッパー物語』はその後、NHK教育テレビ『できるかな』に出演していたノッポ(高見のっぽ)さんが歌い、NHK『みんなのうた』で異例の8カ月連続放送となり、また1冊の絵本として出版されました。

ロンドンの地下鉄での出来事を描いた絵本『グラスホッパー物語』と今年リリースされる新曲のきっかけを作ってくれた『にいちゃんのランドセル』
ロンドンの地下鉄での出来事を描いた絵本『グラスホッパー物語』と今年リリースされる新曲のきっかけを作ってくれた『にいちゃんのランドセル』

『グラスホッパー物語』は地下鉄の車両のシートの間にバッタがいたことから始まります。男の子とお父さんが、大都会のど真ん中で、バッタをどうしたらいいのか話していると、たまたま近くにいたお姉さんがこの会話を聞き、次の駅で降りるからと、バッタを受け取ります。同じ車両に乗り合わせていた私も偶然同じ駅で降りました。約束通りお姉さんは大切にバッタを両手に優しく包み草むらに向かい、そっとバッタを放しました。何でもないお話ですが、見ず知らずの人たちが地下鉄に乗ってしまったバッタをどうしようかと、真剣に考えて一番良い解決方法を探して行動する。バッタがいたからこそ、共有できたかけがえのない時間がそこにあり、居合わせた人たちは皆、温かい気持ちになれました。

慌ただしい生活の中では、見落としてしまうかもしれない小さな出来事ですが、きっと皆さんの周りでも小さな奇跡が起きているはずです。そして小さな奇跡に気付いて欲しいと願います。やがてそれは自分のすぐ近くにある「幸せ」に気付くことにつながるはずですから。

「命」について考える

――今年リリースされる新しい曲について教えてください。

きっかけは『にいちゃんのランドセル』という1冊の本と出会ったことでした。阪神・淡路大震災で幼くして亡くなった息子さんの10カ月しか使うことができなかったランドセルを、震災後に生まれた弟が大切に受け継ぎ、命をつないでいく、という物語で、ノンフィクション作家の城島充さんが2009年に出版しました。

今年で震災後21年目を迎えますが、あの日のことを忘れないで欲しいという人がいる一方で、早く忘れたいと願う人もいます。私が歌にしてもいいのか悩みましたが、この本に登場する米津さんと話し合う中で、「震災やその痛みは当事者しか分からないかもしれません。しかし分からない人が理解しようとすることは大切です」という言葉を頂きました。私は震災を体験していませんが、歌を通して命の大切さを伝えることができる。またこの歌を聴いた子どもたちが震災を語り継いでいって欲しいと思いました。

命について考えることは、きっかけがないとなかなか機会がありませんが、本や音楽を通して次の世代の人たちが想像力を育み、考えてくれればと願います。

――その機会を作るのは私たち大人の役目ですね。

その通りです。親や学校の先生だけでなく、いろいろな立場の大人たちが命の大切さを伝えて欲しいし、生きていることがどれほど幸せなのかを言葉でしっかり伝えなければならないと思います。

とても悲しいことですが、災害や事件、事故で命を失ってしまう子どもたちもいます。彼らはもっともっと生きたかったでしょう。私たち大人は命について語り継がなければならないと思います。そしてただ生きているだけで素晴らしいことなんだ、そう思えるような世界にしなければなりません。

神戸のある小学校では震災を忘れないために「語り継ぐ」授業を行っています。大人が6年生へ震災のことを語り、それを聞いた6年生が5年生へ、5年生が4年生へと……。語り継ぐことによって、思いを他の人へと伝えることの大切さや、命の尊さを学んでいます。ある6年生の子どもは「人生って出会いの積み重ねなんですね」と言いました。語り継ぐことで生きていることの大切さは必ず伝わります。

ただ日本人は自分の子どもたちに対して「愛してる」となかなか言えません。愛情や思いはもちろんあるのですが、言葉で表現するのが苦手なのかもしれません。でも積極的にその思いを言葉にして伝えて欲しいですね。

――確かに言葉にするのが苦手な人が多いかもしれません。

「ありがとう」でも良いと思います。ある人から「子どもは地球から預かって育てている」という言葉を聞いた時、素直に共感できたことをよく覚えています。「自分の」子どもであると同時に「地球から預かっている」子どもなのではないでしょうか。「生きていてくれてありがとう」と言葉で伝えればきっと届くはずだと思います。

――最後にこれからの抱負をお願いします。

『にいちゃんのランドセル』のCDリリースを準備しています。同時にある放送局がこの活動をドキュメンタリー番組制作のためずっと追っています。少しでも多くの人たちへ、命の大切さや、思いをつないでいくことの大切さに気付いて欲しいと思っています。また演奏家として、100人の人に1回聴いてもらうより、1人の人に100回聴いてもらえるようになりたいです。誰かの心の奥深くへ届けられる、そんな演奏家になりたいです。

オーストラリアは今回初めて訪れましたが、短い滞在の中でも美しい自然や、人々のあたたかさに触れることができました。ぜひまた来たいですし、オーストラリアの人たちへ、私の音楽や想いを届けることができればうれしいです。

――本日はお忙しい中、本当にありがとうございました。またお会いできることを楽しみにしています。


松本俊明(まつもと・としあき)
作曲家・ピアニストとして国内外を問わず、幅広いジャンルのアーティストに数多くの作品を提供。その洗練された力強いメロディーは高い評価を受けている。クラシックをベースに持ちながらそのポップ感覚あふれる幅広い音楽性から生まれる、洋楽と邦楽の絶妙なエッセンス・バランスを生かした旋律は、優しく、温かく、哀愁漂い、渇いた心を潤してくれる。作曲家としては、MISIAの「忘れない日々」、「Everything」、「果てなく続くストーリー」、AIの「One」やCrystal Kay×CHEMISTRYの「Two As One」をはじめ大山百合香「光あるもの」(NHK–BS『関口知宏の中国鉄道大紀行』テーマ曲)、松下奈緒「Moonshine~月あかり~」(アニメーション映画『ピアノの森』主題歌)が高い評価を受けている。2010年にJUJUの「この夜を止めてよ」で着うたフルチャートで1位を獲得。その後もジャンルにとらわれることなくAKB48や、パク・ヨンハなど有名K-POPアーティストなどにも作品を提供している。著作にロンドンで出会った光景を元にしたショート・ストーリー『hope』(ポプラ社)や絵本『グラスホッパー物語』(ニコワークス)がある。

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