インタビュー
「自分を信じ、今を生きる」
記憶を失ったディジュリドゥ奏者GOMAが出会った点描画

文字を持たないアボリジニーの世界では「聖霊による天地創造の時」を意味する「ドリーム・タイム」の物語を、数万年前という古来から壁画や歌などで伝承し続けている。点描画で描かれるアボリジニー絵画や世界最古の木管楽器ディジュリドゥによる音楽演奏も「ドリーム・タイム」の物語を伝承するための重要なツールだ。アボリジニーの聖地で数カ月暮らし、そこで開催されるコンテストでアボリジニー以外で初の受賞歴を持つ日本のディジュリドゥ奏者の第一人者、GOMAさん。しかし2009年、自動車事故で脳に損傷を負い過去10年間の記憶を喪失。自身が音楽家であることすら思い出せない。そんな時に1人娘の絵の具で突然描き始めたのが「点描画」だった。16年豪州での初の個展のために来豪。優しい関西弁の語り口が印象的なGOMAさんに、点描画と自分をテーマに話を伺った。(聞き手・文=原田糾)
──GOMAさんの点描画にはアボリジニー絵画に見られるアウトバックの景色や動物とは異なるモチーフが描かれています。
「光の世界」がテーマにあります。事故に遭って意識がない時に見ていた夢。光の世界に吸い込まれてこちらの世界にふわーって戻ってきたみたいなイメージがある。事故後も何度か意識を失って、いつも同じ光の世界からこちらに戻ってきた。その印象を描いています。
ほかには波や水や富士山を描きますが、これも頭に湧き上がるもの。ずっと海が好きでしたのでその体験の印象なんでしょう。よく行ったのは関西の海でしたが、なぜか富士山はすごく浮かんでくる。とても好きなんです。

──事故前は絵を描いたことがなかったそうですね。
記憶が消えたことって実は自分ではよく分からないものなんです。食べられるし飲めるし、生きていける。でも妻や仲間と話がかみ合わないことが出てくる。「それ何だったっけ?」なら、かすかに記憶が残っているのだからまだマシ。それすらなくて、ついこの間のことが全く記憶にない。それがすごく不安で、後で自分で確認できるように絵に日付を残していったんです。それが描き始めた最初でした。
当初は音楽もできませんでした。昔はコンピュータで音楽を作っていたのに、全く扱えない。そんな時、絵の具と筆で点を1つ1つ置いていく作業にとても引かれた。気持ちがとてもシンプルになりました。
それからは描くことが生きていく上で必要になりました。時々、頭がなんと言うか、騒がしくなることがあるんですが、それを落ち着かせることができた。医者の話では頭が騒がしくなるのは、脳が細胞単位で治癒されていくステップなのだそうです。絵を描くことで脳が気持ちよく落ち着いて、安心できました。事故後すぐは5分、10分前の記憶も保てなかったらしいのですが、6年で少しずつ良くなった。でも最初は「生きるために描く」ようなところがありました。
──音楽活動も復活されました。記憶として思い出せなくても「身体が音楽を覚えていた」と過去に答えられています。ディジュリドゥを吹くための「循環呼吸法」も1度目でできたとか。
最初は昔の曲を昔と同じように演奏することが目標でしたが、なんか違う。けど、バンドのメンバーは「悪くはなってない」「むしろエネルギッシュになった」って言ってくれる。今はそれを信じてやっていますね。
「体が覚えていた」という感覚は不思議でした。医者からも「体の記憶をうまく使いなさい」とよく言われていました。そして、生きていく中でようやくその意味が分かってきました。例えば、日本人ならいちいち意識しなくてもお箸を使えるのと同じ。無意識に身に着いているものが「体の記憶」なんです。「曲はともかく演奏自体は体が覚えているはず。頑張れ」と。で、やっていくうちに、「ああ、これが体の記憶か」って。

人間には脳で知識として覚えている記憶と、体の細胞単位で覚えている記憶と、2つの回路があるみたいですね。僕の場合は知識の方が1回リセットされている。だから、曲を考えながら吹くといまだに演奏が止まっちゃう。けど身体の感覚に任せて音を出すと意外とうまいこと行くというのが分かった。
生活もそう。もう少し直感的に生きるというか。例えば、風邪を引いたらあっさりした食事を体が欲するとか、「こうした方がええんちゃうか?」みたいに脳で何かしら聞こえてくるメッセージとか、そういう直感的なところを研ぎ澄ますんです。僕みたいな脳になると、自分の感覚をいかに信じられるか、それにかかっているという気がします。
──細胞単位の記憶を信じる。直感的に生きる。もともと感覚を扱うアーティストだったから、できることもあるのかもしれませんね。
脳ってほんの数%しか使われていないと言いますよね。未知の能力がたくさんあるのにその可能性に気付けていない。そう思うんです。僕みたいに、事故で脳をケガした後に急に今までと違うことを始める人がいるそうです。以前にテレビ番組で脳科学者の茂木健一郎さんとこの話題について対談しましたが、世界中に事例があって珍しいことじゃないと言っていました。
「人類として」の大きな意味での細胞単位の記憶。そういうものもあるかもしれないなって最近すごく感じます。なぜ僕が点描画を描き出したりしたのか、いまだによく分からないですから。アボリジニー・アートとも思っていなかった。けど、そこに何かしら魅かれるものがあって描き始めたと思うんです。事故直後は動物みたいに、本当に直感的に生きていたと思うから、本人の意識とは違うところで「使命」みたいなものに動かされたのかなって、最近思ったりしますね。
──アボリジニーの人々は生まれながらにして「現世の管理人」なんだそうです。世の中のすべての事象を管理して未来につなげることが使命で、次世代にドリーム・タイムの物語を伝え続ける責任があると。「点描画」と「使命」、興味深い共通点ですね。
自分の役割について最近よく考えるんです。今の脳でできることを表現する。それで自分が復帰できたこと。芸術が持つ人間を再生させる力──。こういう力もあるんだよって、活動を通して言いたいですね。

それにしても、アボリジニーのカルチャーにあんなにもすんなりと入っていった当時の自分は、何かに導かれた気がしてなりません。ノーザン・テリトリーの奥地にあるアボリジニーの聖地。そんな所によく行ったなと。当時の映像が残っていますが、整備なんてされていない土地で、裸で数カ月も生活して、いろんなものを一緒に食べたり。今の感覚では「よう行かん」と思います。
ダーウィンのディジュリドゥ・ショップで知り合った友達がたまたまアーネムランド出身で、帰郷するからって誘われて一緒に行ってみたら、世話になった家のお父さんがたまたま「ディジュリドゥの神様」って言われる人だった。今、こうして点描画を描いているのも運命を感じるし、点描画と一緒にオーストラリアにいるのも信じられない。でもこれが現実なんです。
──個展では何を伝えたいですか?
たまに、あの日あの時間に高速道路に乗らなかったらって考えます。けど時間は巻き戻せません。やっぱりそれが現実で、時間は流れて、身体も魂もどんどん次に進んで行くという中で、じゃあどうする?って。昔のことばかり考えて嘆くか、それとも過去がある上で今があることに気付いて、明日を見るために思い出を使うかっていう、結局はその2択になる。だったら僕は前に進みたい。
結局、皆が最後はこの世界を去る。ならその時をどう迎えたいのか。ずっと悩んでその時を迎えるのか、それとも今を思い切り生きて最後に死ぬのか。何をやっていても時間は流れていくし、タイムリミットに確実に近づいている。それなら今を楽しまないと損だなって。
とにかく皆さん、自分の感覚を信じて生きてください。何か縁があってオーストラリアにいるはずです。これまでの人生の中で良いことも悪いこともあって、ここにたどり着いて、ここに住もうと決めて生きている。だから、その持っている記憶や思い出を、思い悩むために絶対に使わないでほしい。良いことも悪いこともひっくるめた思い出を、ちゃんと明日を見て、未来を見るために使ってほしい。それがこの事故から僕が学んだ一番大きなことだと思うんです。
人生、何が起こるか本当に分かりません。絵と一緒にオーストラリアに来ることになるなんて。まさかの新しいスタート。本当にびっくりするわ(笑)。
個展「KIOKU-FLASHBACK MEMOLIES」
会場:Backwoods Gallery(25 Easey St., Collingwood VIC)
日時:2月5~14日 入場料:無料
オープニング (GOMAライブあり):2月5日 6PM~
Web: backwoodsgallery.com
Profile◎GOMA
大阪府出身。豪州先住民アボリジニーの管楽器ディジュリドゥの奏者、画家。1998年にノーザン・テリトリーのアボリジニー居住区アーネムランドで開催された「バルンガ・ディジュリドゥ・コンペティション」で準優勝。ノンアボリジニー奏者として初受賞を果たす。2009年交通事故に遭い、外傷性脳損傷と診断され、高次脳機能障害の症状が後遺し活動を休止。事故後まもなく、突然緻密な点描画を描き始める。2010年初の個展『記憶展』が社会的な関心を集める。11年フジロック・フェスティバルで苦難を乗り越え音楽活動を再開。12年GOMAを主人公とする映画『フラッシュバックメモリーズ3D』が東京国際映画祭で観客賞。13年韓国全州国際映画祭で最優秀アジア映画賞、14年おおさかシネマ・フェスティバルで音楽賞を受賞