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【原発】風評被害の境界線 ── 続・『美味しんぼ』作者・雁屋哲氏に聞く

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ルポ:シリーズ・原発問題を考える⑭

風評被害の境界線

 ── 続・『美味しんぼ』作者・雁屋哲氏に聞く


 世界有数のウラン輸出国として原発産業を支えつつ、自国内には原子力発電所を持たない国オーストラリア。被ばく国であるにもかかわらず、狭い国土に世界第3位の原発数を誇る原発大国・日本。原発を巡る両国のねじれた構造を、オーストラリアに根を張る日系媒体が取り上げないのはそれこそいびつだ。ルポ・シリーズ「原発問題を考える」では、原発を取り巻くさまざまな状況を記者の視点からまとめていく。
取材・文・写真=馬場一哉(編集部)

主人公らが被災地を訪ねながら、福島の真実を探るという方向で13年1月に連載を再開した人気長寿漫画『美味しんぼ』。当連載では前回からシドニー在住の『美味しんぼ』作者・雁屋哲氏へのインタビューをお届けしているが、日豪プレスのウェブサイトに記事をアップしたところ、瞬く間に炎上した。以前にも書いたが当連載では耳あたりの良い言葉のみを選ぶなど、いわゆるバイアスのかかった編集作業はしないようにしている。記者自身はあくまで第三者的な立場に立ち、読者の耳としてさまざまな立場や考え方の人に話を聞き、聞いた話をできる限りストレートに出すことで問題の本質を自身の頭で考え、感じ取ってほしいと考えているからだ。その姿勢に徹するため、時に過激な意見もまた掲載することになる。そのため前回記事でも「いち意見として消化し、その後自らの頭でさまざまな事態をとらえるための材料としていただければ幸いだ」と断ったのだが、辛らつな意見を編集部に寄せた人も少なくなかった。

記者は何かしらの立場を選びはしないが、あえて少し言わせてほしい。雁屋氏の言葉や話している内容には確かに過激な部分があるが、氏は可能性の1つとして自身の意見を話しており、また語られている出来事は解釈こそそれぞれに委ねられるものの事実である。加えて、氏が福島について厳しい意見を言う言葉の本質には福島の人々や土地にそもそも抱いていた畏敬の念があると記者は話を聞いていて感じた。かつて『美味しんぼ』での取材活動を通じて、交流をした東北地方の「食」「人」「土地」を愛するがゆえの物言いである。

「厳しく映る言葉を載せる理由」

編集部に届いた意見の中には以下のようなものがあった。

「私は福島県民です。福島にきて鼻血が出たとか言っていましたが、私のまわりでは鼻血が出たとか、入院したとか一切聞いたことがありません!たかが何日か福島に取材に来ただけで、福島をわかったような口をきかないでください!こうやって風評被害が加速していくんだと、日豪プレスの記事をみてまざまざと感じました。恐ろしい事です」(表記原文ママ)

「福島県民や福島県産の食べ物を排除すれば、それだけでいいのですか?自分さえよければいいんだなと記事を見て思いました。あなた方のような人たちがいる限り、福島は救われないでしょう。福島に寄り添って頑張ってくれている人たちもいるのに、同じ日本人ですごい差ですね。もう日豪プレスも雁屋氏の作品も読む事はないと思います。この記事の事は多くの福島県民に伝えていきます」(表記原文ママ)

不快な思いをさせたことに関しては申し訳なく思うとともに、これらの意見もまた1つの立場に立った側の意見として受け入れたい。氏の発言に突発的に拒絶反応を示す人がいることはもちろん理解できるが、放射性物質が人体に与える影響には不確定要素が多く、福島は安全だと結論付け、議論の余地をなくしてしまうことの方が長い目で見ると恐ろしいと記者は思う。

「被災者への思い」

当たり前のことだが、記者は当然ながら被災された方々に深い同情を禁じえないし、自身もまた連載初期に書いた通り地震を経験し、当時の混沌とした状況の日本に身を置いていた。震災後、祝い事の自粛ムードが漂う中、自身の結婚式の延期なども視野に入れ、津波に見舞われた八戸に住む祖母を見舞い、震災の影響で下請け会社がつぶれた責任を問われ憔悴する父を案じた。

そのような体験をベースに持ちながら被災者に寄り添った記事を書き、読者には今なお避難生活を続けている人々のことを忘れないでほしい、支援・応援の気持ちを持ち続けてほしいと切に述べてきた。だが一方で、過去記事において、何度か彼らにとって厳しく映る言葉をもまた載せているのは、そういった意見があるという事実を載せることを重要だと考えているからだ。

否定できないものを、少し刺激が強いからといってあえて記事から除外することは、バイアスをかけていることにほかならず、問題を考える材料を1つ減らすことにつながる。このあたりは記者なりに線引きしているのだが、うまく伝わっていなければこちらの説明不足だったのかもしれない。

「風評」という言葉の危険性

ネット上では「海産物の多くが食べられなくなるとの主張は風評被害につながる」という声も挙がっていた。しかし、果たしてこれは風評被害なのだろうか。放射能汚染がある範囲内で起こっていることは紛れもない事実。だが、その規模や範囲に関して誰も明言できないからこそ、さまざまな立場の人がさまざまな意見を言う。ネット上には楽観論から悲観論まで数多くの情報が転がっており、そのうちどれを信じるかは受け取り手次第だ。ただ、農業や漁業に携わる人々が受けている被害は決してすべてが風評によるものではなく放射能によるものだという事実を忘れてはいけない。「風評」という言葉には暗に「実際とは異なる」というニュアンスが付いてまわる。つまり、「風評」と言ってしまうことで本当に見なければならないものが見えなくなる可能性があるのだ。

記者自身、当連載を始めた際には今以上に無知で、取材を通して読者とともに学んでいきたいというような旨の所信を書いた記憶がある。連載開始から1年数カ月が経ち、その間さまざまな方向から問題をとらえ、結果、自身の意見もある程度言えるようにはなったが、今回のように大きな反発があれば多少動揺はする。そこで以前にもインタビューさせていただいた原発問題に詳しい元・大手電力会社出身のD氏に記者の姿勢に対する客観的な意見を聞いてみたりもした。

「あれから3年経ちますが、米国西海岸やロシアなどからデータが出始めており(両政府がこれまで伏せていたデータを意図的に出しているかと思います)、今さら、風評被害もないかなと思います。ネットで騒いでいる方々が海外政府には言えないのは、言葉の問題もあるのでしょうが、簡単に言える対象をターゲットにしているだけかと思います。なので、これまでの馬場さんの姿勢を崩さずに、ストレートで書かれた方がいいかと思います」

このようなコメントを届けてくれたD氏に感謝する一方、読者よりいただいた以下のような意見にはよりいっそうの努力をしなければならないと帯を締めさせられた。

「編集者の方にはバイアスどうのという編集ではなく、最終的には生物学者なり専門家による現時点での正しいだろうと思われる科学的事実による記事の掲載で、この『美味しんぼ』の作者の意見が臆測に過ぎないと結論づけるような続きの記事を是非とも掲載して欲しい」(表記原文ママ)

今後、できる限りの追加取材をし、さらに意義のある連載記事を執筆していきたい。

「原発には経済性はない」

連載が広く世の中に拡散され、物議を醸した以上、記者には説明責任があるとして、スペースを大きく割かせていただいた。そのため、肝心の雁屋氏のインタビューの続きを書くスペースが著しく少なくなってしまったが、媒体は生ものということでご容赦いただければと思う。以下、続きを書かせてもらうが入りきらなかった分はさらに次号に先送りしたいと思う。(以下、前回の続き)
ーーオリンピックの招致に関連して、「安倍総理の汚染水は完全にブロックされているという発言は無責任ではないか」ということをブログで書かれていましたね。

雁屋「はい、ブログに英語で書きました。英語じゃないと世界に広がらないと思って。安倍総理は『東京は完全に安全だ』と言うけど、江戸川では川底の汚線量がどんどん高くなっているという話も聞きます」

ーー一方、『美味しんぼ』の中では、福島でも会津の辺りなど比較的線量が低い地域の安全性なども書かれていました。

雁屋「そうですね。取材時、米は確かに安全でした。いろいろと調べた結果、線量はゼロでしたから。ですが、汚染は広がる一方だと思いますので果たして今はどうなのかと心配に思います」

ーーこの連載を通して、いろいろな人に話を聞いてきましたが出口が見えないというのが素直な印象です。

雁屋「現地の人たちは一生懸命働いていて、取材の際には本当に感銘を受けました。一生懸命頑張っても、もしかしたらだめかもしれない。それでも誰かがやらねばならない。そのような状態であるにも関わらず、なぜ、新たに原発を再稼働させようというのか。とんでもない蜘蛛の巣に引っかかったというか、もう抜けられない状態ですよ。福島の場合は海に面してますから、太平洋全体を汚していますし、いつ国外から訴えられるかと考えてしまいます」

ーー雁屋さんは、原発には反対の立場ですよね。

雁屋「反対です。原発を止めても電力不足は起きていない。電気代が高いと産業が稼働できないから原発を再開してくれ、安くしてくれと言うけどよく考えてほしい。長い目で見て原発を動かすということがプラスになるのかマイナスになるのかということを。原発にはもはや経済性は何もないのです」

→(次号に続く)

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