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日本を堪能 – クール・ジャパン&スキー編

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興味があるもの何でもリポート!
BBKの突撃・編集長コラム 不定期連載 第21回


『進撃の巨人』の名シーンが等身大で再現。アトラクションと合わせてファンにはたまらない内容

久々日本をがっつり堪能 (1)
スキー・リゾート&クール・ジャパン編

「BBKさ〜ん、今月どう調整しても1ページ余りそうです。どうしましょう!?」

日豪プレス4月号の紙面校了日まで数日に迫ったある日の午後、台割(紙面のページ順などを決める設計図のようなもの)とにらめっこしていた営業部の眼鏡女子M嬢が切迫した様子でそう言った。

どうしたものか。しばし悩んでいるとどこからか「よし、それなら俺がコラム1ページ書くよ」との声。どうやら僕の中のリトルBBKが安請け合いをしてしまったようだ。

「助かります!」とのM嬢の声を尻目に、「さて」と僕は逡巡する。3月の頭から約3週間、僕は来豪後初の長期休暇を取り日本に帰った。書くとすればその日本帰国時の顛末あれこれになろう。

オーストラリアでの生活を夢見て、日本でのすべてを整理し妻とともに身2つで移住を果たしたのが約3年半前。夫婦ともに人生初となるシェア・ハウスへの入居、滞在の手段として学生になることを選択。そろって仕事もせず若者たちに交じって語学学校に通う日々はそれまで日本でバリバリ働いていた身にはなかなかの苦行だった。渡豪前、ある人に言われた言葉がある。

「夢を見て海外に出るのはいいけどそれが日常になった時にどう思うか。日本にいたほうが良かったって後悔しないことを祈るよ」

僕にとってオーストラリアでの生活が本当に自分にとっての日常となったことを実感したのは、編集後記でも「3年経つと見える景色が変わる云々」と書いたように3年を過ぎたころだった。

現在、移住から3年半。忙しいながらも週末はサーフィンやバスケを楽しみ、BBQを行い、ゆったりとした生活を送ることができているが、果たして僕らのオーストラリア移住という選択は、日本にいるよりもハッピーな結果になっているのだろうか。そんなことを考えながら今回より2回にわたってコラムをお届けする。

10万匹のスライム

僕はかつて仲間内で「新宿の帝王」と呼ばれていた。夜の街に精通しているとかそういう意味合いではない。中学・高校が新宿だったことから当時、僕は駅構内や周辺施設に精通しまくっており、いつ誰に「おいBBK、ここから一番近いトイレはどこだ?」と聞かれてもすぐに答えられたことからそう呼ばれるようになった。


新宿駅構内に突如現れた10万匹のスライムを道行く人々は倒し続けていた
奥志賀高原では偶然にもオーストリアのレジェンド、リッチー・ベルガ—さん(右)とオーストリア国家検定スキー教師・杉山公信さんと再会した


北陸新幹線の開通に伴い、飯山駅はこんなに巨大に

そんなわけで好きかどうかはともかく僕にとって新宿は庭であり、今回も帰国翌日に早速「ぶらり新宿旅」を行うことにしたのである。そして新宿駅に着くや否や僕を出迎えたのは何と10万匹のスライム(国民的人気ゲーム『ドラゴンクエスト』シリーズに登場する敵キャラクター)だった。JR新宿駅構内、西口〜東口を結ぶ長い通路(ジャニーズの「嵐」の日替わりポスターが登場した際に大騒ぎとなったあの通路)には壁一面、スライムのシール付きのプチプチが貼られており、1つ潰すことで1匹倒したことになる仕様だ。

ソニーの据え置き型ゲーム機プレイ・ステーション3 & 4用ソフト『ドラゴンクエスト・ヒーローズ』の発売を記念したプロモーションのようだが、10万匹すべてを倒すことが目標として掲げられており、通りがかる人々はみなプチプチをつぶしていた。何とシュールな光景だ。そう思いながら僕も3つほどプチプチをつぶした。設置したスタッフの苦労は大変なものだろうが、アイデアとしては実に面白い。さすが日本、と思わずうなってしまった。

東京で生まれ育った僕にとって東京はもちろんとても懐かしい場所で、久々に帰れば「ああ、帰ってきた」とほっと自然にため息が出る。実家のある神楽坂をゆっくりと上りながら靖国神社の桜や神保町の古書店街に思いをはせたり、渋谷のスクランブル交差点にたたずみ四角く切り取られた空を眺めながら若かりしころを思い出したり、そのすべてが懐かしい。

夜は仲間と集まり居酒屋で一献傾けた。ホッピーで酒代を節約する行動も昔のまま。ひとしきり飲んだ後は趣味のソフト・ダーツ。経験者と点数を競い合うのは実に久々だった。東京で働いていたころ、僕は毎晩のようにダーツに興じていたのだ。

すべてはとても楽しい時間で、そしてそれらはすべて僕が捨てた生活でもある。

見渡す限りのコンクリート・ジャングルは相変わらず息苦しく、満員電車は僕を限りなく疲弊させる。都内の混雑する駅のエスカレーターでは、人々は右側を空け、左側に行列を作る。その自然発生的に見える秩序に関心するとともに何だか不思議な感じもしたりした。駅構内、大量の人々がみな一様に黙り無表情に早足で歩く姿は少し息苦しい。どこに行っても人が多くにぎやかで、人気のパン屋やドーナツ屋の横には「ここから40分」というパネルがあり、その横で人々は静かに列を作って並んでいる。

東京の街は誘惑にあふれ、魅惑的で妖しく、いつでも楽しみに満ち満ちている。渡航先としての東京は実に魅力的な街だ。しかし、住み続けるには何もかもが過多で、僕には消化しきれない。だから僕はいつしか都市を離れ、夏はサーフィン、冬はスキーと自然とともに遊ぶ環境を好むようになっていったのだ。

そんなことを考えながら東京に3日ほど滞在。その後、僕は長野に飛んだ。

スキー場はやはりオージーだらけ

妻の祖母宅が長野県佐久市にあり、僕らはまず新幹線で軽井沢へ向かった。軽井沢のプレミアム・アウトレットでは実に数年ぶりに物欲が刺激され、ジャケットやシャツはじめさまざまなものを購入し、散財してしまった。日本は買い物が楽しい国だ。その「買わせる力」には恐れ入った。

軽井沢でレンタカーを借り、その日は義祖母の家に宿泊。翌日から僕は1人でスキー場を回り始めた。菅平高原の奥ダボス・スキー場で丸1日、ひたすら感覚を取り戻すトレーニングを繰り返し、翌日、野沢温泉スキー場に向かう。かつてスキー雑誌を作っていたころにお世話になった野沢の重鎮・河野博明さんに偶然にもお会いし、リフト1日券をいただく恩恵にあずかった。シーズン佳境、さらに平日ということもあり、スキーヤーの数はさほどでもなかったが、たしかにうわさに聞く通り、外国人の姿が目立つ。そのうちの9割はオージーだという。

昼食を食べに入った山小屋では囲炉裏の周囲を10人ほどのオージーが取り囲んでいた。聞くと2時間ほどそこでビールを飲み続けていたそうだ。山小屋の主人も長期滞在で大金を落としてくれるオージーに感謝しているのだろう、持てる限りの単語力を駆使してもてなしていた。

翌日、志賀高原スキー場でスキー仲間と合流。日豪プレスが発行する英字マガジン「J-Style」がきちんとスキー場に設営されているかを確認するなど、若干の仕事モードも発動したが久々の仲間とのスキーは忘れがたいほど楽しかった。

滞在中、計5日間スキーをすることができた。当コラムでも書いたことがあるが、オーストラリアのスキー場もそれほど悪くはない。しかしあらゆる面において日本の方がスキー環境ははるかに上。移住に際し、僕は人生の一部とすらなっていたスキー・ライフもまた切り捨てたわけだが、それだけは今でも心残りだ。長野県内を縦横無尽に車で走るその旅は懐かしく、目に映る景色を眺めながら「日本に戻るなら長野住まいもありだな」と少し心が揺れている自分に気付いた。妻に言うと「あなたはシティ育ちの田舎気質だからね」と言われた。なるほど、そうなのか。

「クール・ジャパン」


ホグワーツ城をはじめ、「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリーポッター」のエリア内には映画の世界がリアルに再現されていた


地上300メートルの日本一の高層ビル「あべのハルカス」から吹雪の大阪の街を見下ろす

雪国から戻り今度は大阪へ。目的地はユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)。ここ最近USJはオーストラリア人の誘致にも動いており、その関係で今回「ウィザーディング・ワールド・オブ・ハリー・ポッター」のエリア視察、およびアトラクション体験をさせていただくことになったのだ。超人気アトラクションであり、数多くの人が既に体験談をウェブにアップしまくっているのでここでの詳細は割愛するが、1つ言えるのは「とんでもないリアルな体験だった」ということ。当然、USJに行くのであれば体験しないわけにはいかないだろう。

さて、しかしながら今回僕が遠く大阪のUSJまで行くことを決めた決定的な理由は期間限定の「クール・ジャパン・エリア」にある。1990年代半ばにテレビで人気を博し、今でも新作が発表され続けている『新世紀エヴァンゲリオン』のアトラクションが、僕が帰国するタイミングで、しかも「今だけ」やっているのということであれば、行かないという選択肢はなかった。僕はいわゆるアニメ・オタクではないが、『エヴァンゲリオン』に関してだけは別だ。

同エリアではほかにも人気アニメ『進撃の巨人』や人気ゲーム『バイオハザード』のアトラクションや『モンスター・ハンター』に登場するモンスター模型の展示スペースなどもあった。オーストラリア人の誘致に力を入れているとはいえ、残念ながらオージーと思しき人々を見ることはできなかったが、アジア系の外国人は多く見受けられた。日本のアニメやゲームが日本人以外にも幅広く受け入れられている光景を目の当たりにできただけでも行った価値があっただろう。

雪山から下ったにも関わらず大阪でも吹雪に見舞われるという稀有な体験もしたが、「あべのハルカス」から見下ろす雪の大阪は美しかった。大阪はほとんど僕にはなじみのない土地ではあったが、日本国内で行ったことのない場所にこうして旅をするのもなかなか楽しいものだ。毎回、どこか1カ所、見知らぬ所に行くのも良いかななどと妻と話しながら大阪を後にした。

オーストラリアは自然がたいへん豊かで国内旅行も魅力だが、旅をしていて物足りないのは、日本のように各土地特有の特産品や文化などがあまり見受けられないこと。日本はハード面で劣るが、ソフト作りが非常にうまく、旅を楽しませる力に長けている。そこをどううまく押し付けにならない形で外国人に伝えるかが、今後の日本のインバウンド事業のカギを握っているだろう。

次号では「食」にフォーカスして書きたいと思う。

<プロフィル>BBK
2011年シドニー来豪、14年1月から編集長に。スキー、サーフィン、牡蠣、筋子を愛し、常にネタ探しに奔走する根っからの編集記者。齢30後半♂。読書、散歩、晩酌好きのじじい気質。

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