まず、オーストラリアの山火事や森林火災について、何の先入観もなしに自分ならどんな単語を使って表現するか考えてみて欲しい。山火事? 森林火災? ブッシュファイヤー? ブッシュファイアー? それともブッシュファイア?
日本語で森林というと、つい広葉樹や針葉樹の緑豊かな森林をイメージしてしまう。ユーカリやワトルの乾いた緑の葉に覆われ、ボトルブラシやティーツリー、ランタナなどが生えているいわゆるこちらの森林や雑木林、藪のようなものは、やはりブッシュという単語を使った方がイメージしやすい。更に広大な平地が広がるオーストラリアでは、山以外の土地で火災が起きることも多いので、山火事という言葉でも表現しにくい。
となると、英語の「bush fire」をカタカナ語として日本語に取り入れている在豪日本人が多いのもうなずけるのだが、このカタカナの使用方法には3種類の違いが見られた。これが冒頭に記載した「ブッシュファイヤー」「ブッシュファイアー」そして「ブッシュファイア」である。
一番多かったのは、71.9%で「ブッシュファイヤー」。次に多かったのが19.83%で「ブッシュファイア」。そして「ブッシュファイアー」は7.44%だった。ごく少数「ブッシュファイヤ」と記述されたものもあり、こちらは0.83%だった。
実は日本語では、イ列とエ列の音の次に「ア」の音が来る場合は、原則として「ア」を使うことになっている(内閣告示第二号2Ⅲ4)。フェアプレー、アンモニア、バイアス、メディアなどはその一例だ。しかし、イやエの音の後に「ア」がくる二重母音は少々言いにくいので、ピアノをピヤノ、ダリアをダリヤ、ダイアリーをダイヤリーと言う人も多い。そして、ダイヤ、ベニヤ、ハイヤー、ビリヤード、イヤホンなどは、「ア」よりも「ヤ」を使うケースの方が一般的だ。
こういった慣例のあるダイヤなどの言葉は、前述の内閣告示第二号でも「ヤ」を使う例外として記されている。ただ、最近は原音に近い表現を使う傾向が強まっていて、NHKの放送用語委員会では長らく「ダイヤローグ」としていた表現を2016年に「ダイアローグ」へ変更した。
「fire」は日本のメディアの統一表記や辞書には「ファイア」が採用されている。となると、オーストラリアの「bush fire」のケースでも「ブッシュファイア」となりそうなものだが、実際には書籍、新聞などでも3種の表記ゆれが見られた。「bush fire」は日本ではなじみがなく先入観が入りにくい単語ということもあって、言いやすい「ヤ」や長音を書き言葉でも使う人が多いのかもしれない。
プロフィル
ランス陽子
フォトグラファー/ライター、博士(美術)。現在、グリフィス大学の大学院でオーストラリアの日本人コミュニティーにおける日本語変種を研究中。ゴールドコーストでの調査を手始めに、今後はオーストラリア各地での調査を予定している。在豪日本人が使用している面白い言葉についての情報を募集中。情報やメッセージはFBコメント欄かFBメッセージまで。「ゴールドコースト弁を探せ!プロジェクト」
(Web:www.facebook.com/ゴールドコースト弁を探せプロジェクト)