オーストラリアは今後、 日本の最高のパートナーになる─対談 小泉進次郎 X 作野善教

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【第18回】最先端ビジネス対談

 日系のクロス・カルチャー·マーケティング会社doq®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、現在は日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は、8月に駐日オーストラリア大使館の招聘プログラムで来豪した小泉進次郎議員にご登場願った。
(撮影:水村莉子、監修:馬場一哉)

PROFILE

小泉進次郎(こいずみしんじろう)
関東学院大学経済学部卒業後、20 0 6年米国コロンビア大学院政治学部修士号取得。米国戦略国際問題研究所(CSIS)研究員を経て、2009年8月衆議院議員に初当選し現在5期目。19年9月、環境大臣兼内閣府特命担当大臣(原子力防災)就任。21年3月、気候変動担当大臣兼務。21年11月、自民党総務会長代理。22年4月、自民党神奈川県連会長。22年9月、自民党国会対策委員会副委員長に就任

PROFILE

作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得


作野:折角の機会ですので、改めて政治家になられたきっかけからお話を伺わせてください。

小泉:それはもう、親父の存在が大きいです。親父の存在がなければ政治に関心が向くこともなかったと思います。ただ、それ以上にありがたいなと思っているのは、親父が政治家である以前に父親としてすごく愛情をもって育ててくれたこと。忙しいのでなかなか一緒にはいられなかったのですが、それでも父親として大事なポイントはしっかりと抑えてくれました。電話で「元気か? 学校はどうだ?」と様子を聞いてくれたり、忙しいながらもキャッチボールをするためにだけ家に帰って来てくれたり。高校時代、野球をやっていた時は、国会からスタジアムに駆け付けて応援してくれましたし、父親・小泉純一郎に対して私はすごく感謝しています。そのような気持ちがなければ親と同じ世界には行かなかったと思います。

作野:父親の背中を見て政治家になることを考えられたのですね。

小泉:ええ、アメリカに留学をしたのも政治家になることを目指す気持ちから来ていて、その一番の原動力はやはり親父でした。子どものころから「日本のことは日本にいたら分からないぞ」と言われ続けてきたこともあり、自然と海外に目が向いていたというのもあります。中学・高校時代、家庭教師が付いていたこともあり英語の成績は良かったのですが、実際に英語を話すことはできませんでした。テストの点は良いのに話せないということに我慢ができなくなって、家庭教師に英会話をしたいと相談したところ、ちょうど家庭教師の父親が英会話学校を運営しており紹介してもらったのです。実はそこからオーストラリアとの縁が始まりました。その英会話学校が行っていたホーム・ステイ・プログラムの行き先がオーストラリア(ケアンズ)。更に、大学が行っていた交換留学生のプログラムもオーストラリア(ブリスベン)でした。それらの縁があり若い頃オーストラリアには何度も訪れました。

作野:若い頃からオーストラリアとの縁をお持ちだったのですね。しかしながら大学卒業後はアメリカに留学されています。

小泉:ええ、やはり日本の政治家として1番知らなければいけない国はアメリカだと考えていましたので。そのため、アメリカで生活をしてアメリカという国がどんな国なのかを見ようと考えました。ニューヨークで政治学の修士号を取り、その後ワシントンのシンク・タンクで1年間働きました。約3年間のアメリカ生活でした。

作野:やはり苦労されたのだと推察します。

小泉:苦労しましたね。ニューヨーク時代は苦しい思い出ばかりで、今でもニューヨークという言葉を聞くと胸が苦しくなります。1つの授業で出る課題の多さ、そしてそれを全て英語で対応しないとならない。睡眠不足との戦い、言いたいことが言えない自分の未熟な英語力との戦い。ただ、留学生として自分が外国人になる、マイノリティであることを経験したのは大きかったですね。ダイバーシティという言葉が政治の場で使われるようになってからまだ10年も経っていないと思いますが、早い段階でその重要性を実感できたのは本当に良かったと思います。これから日本は、より多様な生き方、働き方ができる国になっていかなければなりませんが、それを心から大事だと思えるのは自分にこれらの経験があるのが大きいと思います。

作野:留学時代の経験がダイバーシティの促進活動につながっているわけですね。私もアメリカに住んだ後オーストラリアに来たのですが、アメリカとオーストラリアのダイバーシティって異なりますよね。

小泉:例えば?

作野:アメリカでは私はアメリカ人になろうとしていました。アメリカ人のように話をして、アメリカ人のような態度、思考をしてアメリカの社会に受け入れてもらうことを目指しました。でもオーストラリアでは、その必要がない。日本人でいられます。半分強の51.5%が移民一世、もしくは二世であるオーストラリアは、国として若いため、外からの文化や考えに対しオープンであり、他文化に対する興味が高いなどの理由が挙げられるかもしれません。どちらもダイバーシティのある国ですが、その質、求められる内容は違うと感じています。

小泉:よく分かる気がします。

「こんなに良い補完関係の国は他にない」

作野:8月のオーストラリアの訪問では当初目標とされていたことは達成できましたか。

小泉:オーストラリアはお話したとおり縁がある国で良い思い出がいっぱいあります。かつてのホームステイの経験以来、ずっとオーストラリアには来たいと思っていました。オーストラリアと日本の二国間の重要性は年々高まり続けています。今後、自分がどこの国との関係に力を入れるか、自分にしかできない仕事になるかということを考えると、間違いなくオーストラリアはその中でも筆頭だと思っています。そういった思いから、今回の訪問に至りました。

作野:非常にうれしいお言葉です。今までオーストラリアは、これまでの日本の観点からいうと、リストのトップに来る国ではなかったと思うので。今回のオーストラリア訪問で進次郎さんが感じ取られた文化の違いなどはございましたか。

小泉:特に感じたのは、形式的ではない本質的な外交の姿勢です。気持ちがしっかりとこもった歓待を頂き、果たして日本は同じことを海外に対してできているのかと自問するに至りました。今回、実際には予定が合わずお会いできなかったのですが、アルバニージー首相とパブで一緒にビールを飲もうと話していました。日本で、海外から初対面の政治家が来て総理が面会する場として、果たして大衆居酒屋を選ぶか、と思いました。また、今回お会いしたマールズ国防大臣と初めてお会いしたのは来日時に皇居の周りを一緒にランニングした時。一緒に走ろうとお誘い頂き、翌朝ランニングの格好でホテルのロビーで大臣を待ち、「Nice to meet you. Let’s go」ということで、走りながら2人でいろいろな会話をしました。外交の礎として最も大事な人間関係を築くことにおいて、オーストラリアの方々のカジュアルさ、形式張っていないフランクな姿勢、それが私は大好きです。

作野:上等なスーツ、バッジを身に付けているわけではなくランニング・ウェアを着ているという状況、それこそ人間の資質で勝負しないといけない。よりストレートに良い関係性を結べるということかもしれないですね。

小泉:ええ、そうなんです。先日の安倍元首相の国葬の際にも、オーストラリアの元首相3人とバーで合流しました。献花まで長く掛かり私は遅れてしまったのですが、到着すると個室ではなくオープンな一般席に座っていて「何飲む? ビール?」と非常にカジュアルなスタイルで皆様にお会いすることになりました。今の時代、世界中の政治家同士は携帯電話でつながっています。安倍元総理が撃たれて亡くなった時には世界中から携帯電話に連絡が入りましたし、国葬の際にもオーストラリアの方々から「今度行くけど会えるのか」と連絡を頂きました。AI翻訳など言語の壁を技術でクリアできる時代に突入してはいますが、やはり一定程度の英語力がないと世界各国の政治家とのやり取りには入っていけないと感じます。私の場合はそれをクリアできるくらいの最低限の英語力は身に付いていますが、そのことの価値を強く感じています。英語を使ったコミュニケーションができる人とできない人とでは、自ずと政治活動の領域が変わるし、チャンスの数も圧倒的に違います。海外に出たことでますます日本のことが好きになりましたし、日本はこんなもんじゃない、もっとできる国だと信じています。私の場合、ありがたいことに安倍政権で1年、菅政権で1年。計2年間環境大臣をやらせて頂き、これが政治の仕事だと胸を張れるような仕事に携わらせてもらいました。2050年までにカーボン・ニュートラルを目指すという方針を示し、そのために必要な構造改革に手を付けることができましたが、これは政治にしかできない仕事だと思います。国民の皆さんにも政治にしかできないことがあるともっと知って欲しいと思っています。

 また、オーストラリアの3人の首相経験者との会合で改めて感じたのは何より党派などを越えた関係性です。彼らの言葉で印象に残っているのが「We are in the same club」という発言。例えば仮に人間関係のもつれなどがあっても首相経験者同士のリスペクトがそこには存在しているわけです。党派を超えて、常につながっているということが二国間の関係強化にはすごく大事なことなので、自分もそういう意識を常に持っておきたいなと思っています。いずれにしても、このようなことがあるとオーストラリアのファンになりますよね。一発で人の心をつかむ。このあたりは日本も考え直さなければならないと思います。また片道9時間。時差は1〜2時間。季節は真逆。こんなに良い補完関係の国は他にないですよね。

作野:パーソナル・ライフもそうですし、例えばお仕事の面で言えばスキー・インストラクターなどの季節労働者にとっては非常に魅力です。彼らにとって問題はオフシーズンなのですが南半球と北半球を行き来すれば1年中、仕事がある。日本では現在、外国人のインストラクターも求められていますしね。

小泉:この点をもっと強調していけば日豪の人的交流は更に増えると思います。それをとても強く感じました。また今回、オーストラリアのスタートアップが集まっているインキュベーション・センターのような場所を訪れたのですが、それも刺激的でした。日本はスタートアップ支援となると、米国シリコンバレーの名を真っ先に挙げ、「シリコンバレーに日本から1,000人を派遣しよう」といった話になるのですが、オーストラリアをもっと見ても良いのではないかと思いました。

「海外の日本人にしかできないこと」

作野:小泉さんが日豪関係において挑戦されたい課題はございますか。

小泉:それはもう安全保障関係ですね。日米同盟に次ぐ准同盟国という関係なのでこれを強化していきたいです。また、もう1つは脱炭素に関する連携です。中国やロシア、非民主的な国々が民主主義に対する挑戦をしてくる時代に、一国では解決できない問題に対して資源を握っている国と連携して課題解決につなげて自立度を高めていくことは重要課題です。私自身が持つ日豪のつながりを生かしながら政策強化、そして政治家同士の人的交流、友情関係を増やしていきたいですね。オーストラリアの政治もこれまでの二大政党中心の体制から、グリーンズなど新たな存在が台頭してきているなど変わってきています。その意味では、より幅広い政治家同士の付き合い、オーストラリア政治に対する理解を深めていかなければならないと思っています。

作野:日豪間のキーマンとして、今後の活躍を期待しております。最後に、日豪プレス読者にメッセー
ジをお願いします。

小泉:私も政治家でなければもしかしたら皆さんのように日本を離れ人生を歩んでいたかもしれない。オーストラリアは人生を豊かにしてくれる国だと思います。今後、オーストラリアと日本の関係性の重要度は高まることはあっても低下することはないでしょう。オーストラリアで暮らす皆さんが、日本のプレゼンスを高めるために行動を共にして、両国のために大きな目標を掲げ、そしてそれを達成して欲しいと思います。これは政治家だけではできないこと、オーストラリアに住んでいる皆さんだからこそできることだと思いますから。

作野:すばらしいお言葉をありがとうございます。


(10月4日、東京・衆議院第一議員会館で)

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