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自動運転車を追いかける法枠組みの構築 / 日豪プレス 法律相談室

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第87回 自動運転車を追いかける法枠組みの構築

 豪州で自動運転車は合法でしょうか? 車線維持支援システムやアダプティブ・クルーズ・コントロールなど、運転支援技術機能が装備された車の運転は合法です。しかし今のところ、各州の法律の下、技術開発のための試験運転だけは例外的に認められていますが、無人運転車は非合法です。

 豪州には現在、無人運転車の走行を可能にしない700以上の法律が存在し、無人運転車が一般道路を走るようになるには、まずはこうした法律の枠組みを変えていく必要があります。例えば無人運転車は、自動車事故による人身傷害の賠償責任を定めた既存の法律に適合しません。賠償請求権を規定する主要条項中に“ドライバー”や“自動車の運転”といった表現が使用されているからです。

 豪州の州・準州法は、公共道路を走る車に対して、自動車事故で他人を死亡させたり、ケガをさせたりした人身事故をカバーする自賠責保険(CTP保険)への加入を義務付けています。ただし、自動車事故で人身傷害を負った被害者は自動的に賠償請求可能なわけではなく、相手ドライバー(車を運転していた)に法的過失があったことを証明する必要があります。では車両運転の制御をしているのがコンピュータだったとしたら、何か起きた場合の過失は誰にあるのでしょうか? 人身傷害に関する豪州の現賠償請求制度は、人間のドライバーによる過失を前提としており、現行の法律のままでは、自動運転車が事故を起こした場合、“ドライバー”及び”自動車の運転”の適用は困難なのです。

 一方、米国において自動運転車は完全に非合法というわけではなく、多くの州で自動運転車の運用を管理する法律が整っています。フロリダ州の法律では、自動運転車に関して「禁止しない、とりわけ自立走行技術の運用試験を規制しない」と定められています。

自動運転車が事故を起こしたら誰の責任?

 もともと、事故の法的過失はドライバーの不注意や油断を根拠にしていますが、自動運転車にはこうしたアプローチは適合しません。テクノロジーの発展に法律が追いつこうとしているような状況です。フロリダ州で自動運転車を製造しているTesla社が、Tesla Model 3の事故で亡くなった50歳の家族に訴えられるという画期的な裁判がありました。セミ・トレーラーと衝突したModel 3のルーフは削ぎ取られ、衝突現場から約500メートル先でやっと停止したという大事故でした。

 米国の国家運輸安全委員会の調査によると、事故発生の10 秒前に自動操縦機能がオンになっており、裁判では、衝突前の数秒間に“コンピュータはなぜドライバーがハンドルを握っていたのを感知しなかったのか”が争われました。

 これらの車両に装備されている自動運転支援機能は“完全自動運転”として市場に出ているものの、ドライバーは常時その完全自動運転機能を監視する必要があると取扱説明書に書かれていることは、もう1つの法的疑問点です。

大きな社会問題

 相手の過失による交通事故で負傷した人を保護するため、主に被害者に賠償金を支払うことで経済的サポートを提供する豪州のCTP(強制)保険制度は、車両の保有者が毎年CTP保険会社に納める保険料によって成り立っています。もし事故を起こしたのが無人運転車で、法律の厳密な解釈を理由に重傷を負った被害者がCTP保険制度による経済的サポートを得られない(相手ドライバーの過失を証明できず賠償請求を行う権利がない)となれば、私たちのヘルスケア制度/社会保障制度に大きな負担が掛かることとなり、そうした状況は重大な社会問題になるでしょう。

 もう1つの法的問題は、プライバシー侵害に関する懸念です。自動運転テクノロジーの発達は、走行時に収集された膨大なデータがあってこそ成り立ちます。豪州の法律上(Privacy Act 1988)、そうしたデータ(位置情報など)は“個人情報”ですが、中でも、車両保有者の顔認証機能やドライバーの健康状態を監視して警告を発する機能に必要なデータなどは“機密情報”に分類されます。この種のデータはテクノロジーの発展に大きく貢献していますが、現行のプライバシー保護法によって、そうした個人情報/機密情報の公開は、禁止あるいは制限されてしまう可能性があるでしょう。

 その他、サイバー・セキュリティーに関する懸念もあります。無人運転車は有効なネットワーク接続に依存しており、そうしたネットワークはサイバー・アタックの標的になり得ます。セキュリティー侵害の可能性は無人運転車に限ったことではなく、相互接続した輸送インフラ全体に影響を及ぼすでしょう。

 まるでハリウッド映画のワンシーンのようですが、ハッカーが無人運転車をリモート・コントロールするといった出来事も今後起こる可能性があります。

最後に

 自動運転車は豪州の人びとに幾つかの点で恩恵をもたらす可能性を秘めており、人身事故や交通事故に関わる経済的コスト(年間の事故死数は約1200人、そのコストは約300億豪ドル)の減少、交通渋滞の緩和(現在の非効率な道路交通システムによる2028年までの負担額は約428億豪ドル)、エネルギー消費節減などが期待されています。

 最後にひとこと。米国の自動車王ヘンリー・フォード(彼が最初に車を製造したのは1896年)はこう言いました。“もし、私が人びとに何が欲しいのかと尋ねていたら、(当時の人びとは自動車が欲しいとは言わないで)早く走る馬が欲しいと言っただろう”。

ミッチェル・クラーク

MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として30年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート

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