第31回:ヨハネス・フェルメール(Johannes Vermeer)
「A glass of wine with Vermeer」
2月10日~6月4日まで、アムステルダム国立美術館で17世紀のオランダの巨匠ヨハネス・フェルメール(1632-1675)の回顧展が開催される。フェルメールは、レンブラントとは対照的に約35点の絵画という、非常に数少ないコレクションを残した。同展覧会は、世界中からの融資により、史上最大規模のフェルメール展になることが約束されており、よく知られているフェルメールの作品35点のうち、28点が展示されるという。
フェルメールは、1650年代初頭に大規模な聖書や神話の場面を描き、キャリアをスタートさせた。そのほとんどの時間を、繁栄するデルフト市で過ごしたと言われている。デルフト市は、「デルフトウェア(青と白の磁器)」の工場、タペストリー、織物スタジオ、醸造所から成る豊かな都市だ。
17世紀のオランダ風俗画の多くは、主題の豪華さと素晴らしさに加え、露骨で屈強な動作が特徴だ。しかし、フェルメールの絵画は、光と形の純粋さ、そして穏やかで時代を超越した尊厳が伝わる品質で注目されている。フェルメールは、作品を通して物語、ミステリー、謎を提案している。「紳士とワインを飲む女(The glass of wine with Vermeer)」は、つかの間のシンプルな日常の瞬間から詩を作るという彼のスタイルを代表するものである。このシーンは、2人の人物の対話が不明で、何が起ころうとしているのか定かではない。
男は黒い帽子をかぶり、マントを着たままで、美しい敷物が敷いてあるテーブルのそばに立っている。彼は、手にワインの入った水差しを持ち、若い女性のグラスを満たす準備をしているように見える。彼女は、ワインの最後の一滴を飲み終えたところである。男は彼女にもう一度ワインを注ぐのが待ちきれないかのようで、おそらく彼女を酔わせることがねらいだろう。
しかし、彼女の向かいの半開きの窓には、「節制」を象徴するテンペランスとして知られる神話の登場人物をステンドグラスに描写しているのが見える。それは、女性に「足元に気を付けて」と思い出させるものである。同作品には、女の選択、そして顔が帽子で覆われていて少し不吉に見える男性の可能性について描かれているのだ。
2人の人物の間には、微妙な距離感があるが、ワインは2人をより親密にするのだろうか。2人の間の戯れは隠されている。彼の目は帽子で覆われ、彼女の目は顔の前に持っている美しく繊細なグラスの輝きで隠されている。「輝き」は視覚に関するものであり、彼女の目に保持されているのだ。
多くの美術評論家は、この絵をフェルメールの最初の成熟した作品と呼ぶ。青いカーテンから光を注入することにより、フェルメールの柔らかな、光に対しての魅力を示す。部屋の壁やその他の造形に、フェルメールが惜しみなく施した繊細さは、彼の光への関心を強化している。
フェルメールの安定性を表現するための構図と幾何学への依存は、開いている窓の正方形、後ろの壁のフレームの四角形、いすの背もたれの正方形、奥行きが感じられる、数々の正方形と床の遠近に反映されている。
チェッカーボードの模様は明確な構造化されたインテリアを作るが、斜めの物体もある。開いている窓、線を中断する対角線、そして床の直線がいすの角度で中断されている。同作品は、秩序の乱れについても描かれているのだ。そして、物体の置き方は、物事が整列されていない時に生じる緊張を反映している。斜めの物体は、2人の人物の相互作用の比喩として、もしくは何が起こるかについての予感として機能している。
また、2人の人物は象徴的にリンクしている。男性から落ちる同心円状のリング、彼の襟、光を捉える一連の折り目、マントのドレープ、女性のドレスの美しい金の錦織、腰の周りの折り目は、2人の間に一種の調和があることを示す。同作品は調和と不調和、そして照準と乱雑な物事について描かれている。フェルメールの絵画で使用されている楽器は、調和と軽薄さの両方を示唆。彼は、見る人が独自の詩を作成できるよう、まかせているのだ。
このコラムの著者
ルーシー・マイルス(Lucy Miles)
オーストラリアと日本のアート業界で25年以上の経歴を持つ。グリフィス大学で美術学士、クイーンズランド大学では美術史の優等学位を取得。現在、オーストラリア・クイーンズランド州を拠点にファイン・アート・コンサルタント及び美術鑑定士として活躍中。
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