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「女性である」こと以上に「他者である」ことを意識すべき─対談 デボラ・ヘーゼルトン X 作野善教

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【第19回】最先端ビジネス対談

 日系のクロス・カルチャー·マーケティング会社doq®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、現在は日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は豪日経済委員会副会長として、日豪をつなぐデボラ・ヘーゼルトンさんにご登場願った。
(撮影:クラークさと子、監修:馬場一哉)

PROFILE

Debra Hazelton
シドニー大学、NSW大学、慶應義塾大学で学位取得。コモンウェルス銀行の東京支店で、海外支店初の女性財務部長と支店長を務める。みずほフィナンシャルグループ本店で日本人以外で初の上級管理職、豪日協会役員。現在、オーストラリアの金融大手、AMPリミテッド会長、ビクトリア州財務公(TCV)非常勤取締役、パーソル・アジア・パシフィック非常勤取締役。2001年より豪日経済委員会(AJBCC)副会長

PROFILE

作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得


作野:最初に日本で培われたキャリアについてお聞かせ下さい。

ヘーゼルトン:高校の日本語教師として9年間教職に就いた後、異なる分野にチャレンジしてみたいと思い、大学に戻って商学の修士号を取得しました。それからコモンウェルス銀行に入行、文部省の奨学金で日本の慶應義塾大学の博士課程に留学しました。大学で勉強しながら、コモンウェルス銀行の東京支店でパートタイムで働いていました。

 当時は、バブル経済絶頂期の1980 年代後期で、日本の投資家はオーストラリア国債や豪ドルの取引に興味を持ち始めていました。トレーディング・ルームの取引のスピード感、グローバル経済とのつながりに魅了されました。非常にエキサイティングな経験でした。そこで博士課程を辞めて債券トレーダーになるチャンスをつかんだのです。

作野:日本語教師からトレーダーへ。何が大きな変化の原動力になったのですか?

ヘーゼルトン:もともと大学では日本文学や西洋哲学を専攻していて、詩人や芸術家を志向していました。ところが、商学の修士号や博士号の課程で、私は、自分が以前に思っていたような人間ではない、と認識したのです。そして、とんでもないスピードで進む巨大な金融の世界に飛び込みました。私自身にとっても、私を知る周りの人にとっても大きなサプライズでした。

幸運にも挑戦し続けるチャンスに恵まれた


作野:今日のヘーゼルトンさんを導いた原動力は何だったのでしょう?

ヘーゼルトン:チャンスを掴むために、自分を信じハードに働きました。私は自分自身を試すことを恐れません。大切なのは、失敗から学び続けることです。

作野:挑戦に対して自信を与えてくれたバックグラウンドや若いころの経験をお聞かせください。

ヘーゼルトン:私はステレオタイプ(先入観)を疑っています。私は決して恵まれた環境で育ったわけではありません。人が平等に持っているはずのチャンスが、ステレオタイプによって失われると、私はいつもいらだちを感じます。人の足を引っ張るようなステレオタイプには立ち向かっていきたいと考えています。

作野:日本とオーストラリアの関係は今後10年間でどのように発展していくとお考えですか?

ヘーゼルトン:足りない部分をお互いに補完する関係がさらに進化していくと思います。これまでの10年間、日豪のパートナーシップは幅広い分野に広がってきましたが、今後10年間、貿易とビジネスの結びつきは更に強固なものとなるでしょう。加えて、地政学的な緊張に際して、安全保障の分野における日豪関係の重要性も増しています。

 2023年は、豪日経済委員会(AJBCC)と日豪経済委員会(JABCC)の第60回日豪経済合同委員会会議がメルボルンで開催されます。地域の安全保障やグリーン・エネルギーへの移行、技術革新、多様な職場環境の構築、地域のインフラ向上に向けた協力などのテーマについて話し合われる予定です。日豪がパートナーとしてより協力を深めることになるでしょう。



作野:日豪関係は政府間や一部の産業では非常に緊密ですが、人と人の関係という意味ではまだ距離が離れている印象があります。国民の間の草の根の関係を更に発展させるには何が必要でしょうか?

ヘーゼルトン:スポーツや食べ物、旅行を通した交流など全てが重要です。また、テクノロジーやイノ
ベーションといった新しい分野での協働は、ビジネスや経済の障壁、毎日の生活における障壁を取り
除くことになります。より多様な環境で仕事をしているオーストラリア人は、日本人を深く理解し、お互いの交流を促進することができると思います。

 また、JETプログラム(日本政府の「語学指導等を行う外国青年招致事業」)などの交流事業を通して育まれた深い文化的な関係も忘れることはできません。私は10代後半の頃に大阪で交換留学を経験しました。交換留学生は違ったレベルで日本での生活を体験することができますので、力強い相互理解を促すことができます。交換留学生とそのホストファミリーは両国にとって素晴らしい役割を果たします。

ハードワークには好機がついてくる


作野:ジェンダーの平等、ダイバーシティ(多様性)、インクルージョン(包括性)について話をうかがいます。金融の世界や日豪関係において、成功した女性リーダーとして活躍されていますが、これまでの人生で女性として最も苦労したことは?

ヘーゼルトン:「女性」であることではなく、「他者」であることが、本質だと思うのです。女性であること、異なる人種的、社会的バックグラウンドを有すること、宗教やライフスタイルに関する価値観の違い、年齢が低い、高いなど、さまざまな理由によって人は「他者」と解釈され、機会を奪われる可能性があります。たとえ能力が認められたとしても、仕事を達成する上で必要なサポートを受けられないこともあるでしょう。私がダイバーシティを強く支持するのは、必要な時に機会を均一にするための強制力が担保されるという、非常にポジティブな側面があるからです。

作野:どのような時に自分が「他者」であると感じましたか?

ヘーゼルトン:私は「他者」として初めての体験をたくさんしました。「もっと理解とサポートが得られたなら、もっと良い仕事ができたのに」と思うケースはたくさんありました。日本の銀行で働いていた時、1部屋に数百人のスタッフがいる中で、女性は私1人という経験もありましたし、多くの場合、日本人以外のスタッフは私1人でした。

 その反面、男性も女性も、日本人も外国人も、私にチャンスを与えてくれました。ですから、私を日本に送って財務部長と支店長に登用してくれたコモンウェルス銀行の上司や、グローバルなビジネスに多文化主義を導入するために私を起用してくれたみずほフィナンシャルグループの社長には非常に感謝しています。困難に直面することもありました。しかし、ステレオタイプに挑戦して、「他者」にもできることを証明する機会を得たことをとても嬉しく思っています。



作野:人はチャンスを掴むために強くなり、自分に自信を持つことが不可欠です。そのような思考をどのようにコントロールしましたか?

ヘーゼルトン:まず始めに「自分はできるんだ」と信じることです。そしてエネルギーと強いコミットメントを持ってチャレンジに挑むことです。私は「最悪の事態は何か?」と自分に問いかけます。もし、その最悪の事態が個人的な自尊心を傷付ける可能性があるなら、私はそのチャレンジに挑む価値があると考えます。

作野:日本とオーストラリアのリーダシップと企業文化の違いについて、考えを聞かせてください。

ヘーゼルトン:まず企業文化の話をしましょう。企業文化は非常に異なります。私がみずほフィナンシャルグループの人事本部長に就任するまで、日本の人事システムが他国とどれだけ異なるか、世界と比較していかに特殊か、知りませんでした。

 また、日本のリーダーは、リーダーシップのスタイルを選択する機会が与えられていません。それは既に決められたものであり、何世代にもわたってそれが普通だと考えてきたのです。日本のリーダーシップのスタイルを考える時、それを念頭に置く必要があります。

 その一方で、成功したリーダーには日本とオーストラリア、どちらの国においても共通点があります。人の話をよく聞く、常識を疑ってかかる、多様な考え方を促す、安全な職場環境を整える、といったものです。素晴らしいリーダーシップというものはオーストラリアでも日本でも同じですが、おそらくスタート地点が異なるのでしょう。

作野:日本の組織で働いているとほとんど日本人とばかり接しますが、オーストラリアでは世界中の人と共に仕事をします。オーストラリアのようなマルチカルチャーな環境では、公平な態度であることにより注意しなければいけませんね。

ヘーゼルトン:日本は話の前後関係や脈絡を非常に重視する社会ですから、意思疎通の方法はオーストラリアと根本的に異なります。ほとんどの人は、同じ前提条件から話を始めます。そして上下関係が重要視されます。みずほ銀行のオーストラリア支店で働いていた時は約50人のスタッフがいましたが、少なくとも20カ国の異なる国籍を持つ人がいました。東京の本店では、1つのビルに5,000人が働いていましたが、ほとんど全員が日本人でした。

 オーストラリアのような多文化の環境においては、よりオープンな考えを持ち、無意識な偏見や複雑な人間関係、価値観の違いを意識する必要があります。人の話をよく聞くこと、周りをよく見渡すこと、学ぶこと、先入観に基づく仮定から距離を置くこと、自分の仮説を疑う柔軟性などが求められます。私はいつも「他人の靴を履くこと」と他人に寛大であることを心掛けています。例えば、誰かが意地の悪い態度を取ってきた場合、「彼らは私にではなく、何かほかのことに腹を立てているのだ。問題は彼らの内面にある」と考えるようにしているのです。

作野:ダイバーシティやジェンダーの平等という側面で、日本とオーストラリアの違いについて考えを聞かせてください。

ヘーゼルトン:両国ともに、この分野での改善の余地は大きいと思います。職場のダイバーシティやインクルージョンを認識しているという側面において、オーストラリアは社会的な理由だけではく、経済的な生産性という面でも、より成熟していると思います。そうしたメッセージを日本にもっと伝えることができれば、本質的なビジネスや人事の戦略として認識されるようになるでしょう。

 昨年東京で開かれたJABCCとAJBCCの合同会議では、経済協力開発機構(OECD)加盟国の女性経営者の比率について話し合われました。日本の女性経営者比率はOECDでも指折りの最低水準にあり、しかも過去20年の間にほとんど変化していません。もちろん、改善している企業の例もありますが、ダイバーシティーとインクルージョンの本質的な価値が十分に認識されているとは言えません。

 その点、オーストラリアは取締役会のレベルでは成功しています。女性役員の割合を投資家やステークホルダーに開示することが義務付けられており、このことがジェンダーの平等を促しています。

 こうした動きは良いことではありますが、オーストラリアにおいても日本においてもまだ問題はあります。取締役会に最高レベルの女性経営者を送り込むパイプライン(ルート)が必要であり、これはまだ十分ではありません。より多様なバックグラウンドを持つ人が上級職に登用される仕組みが必要です。1つの解決策としては、取締役会の多様性に加えて、上級管理職レベルの多様性についても報告を義務付けることが挙げられます。

作野:ダイバーシティやジェンダー平等に関する数字を開示することは素晴らしいスタート地点になるでしょう。若い能力のある人材はそれを見て、進捗がなければ転職を選ぶかもしれません。

ヘーゼルトン:ビジネス界全体に影響を与える可能性があります。取引企業は「他にも選択肢がある」と考え、(多様性がより高い)他のサプライヤーやプロバイダーを探すことになるかもしれません。

作野:日本の会社で初のオーストラリア人女性リーダーとして働いたことで、最も辛かった経験と、最も楽しかった経験について教えてください。

ヘーゼルトン:辛かったのは、自分の思い通り敏速に、劇的に変化を進めることができず、個人的にフラストレーションが溜まったことですね。ビジョンは素晴らしくても、一緒に働いている人たちや上司の考え方を変えることは難しかったです。我慢強く攻略しなければなりませんでした。

 一方、最もやりがいがあった経験は、みずほフィナンシャルグループで人事を担当していた時、ダイバーシティーとインクルージョンの重要性の観点から、LGBTQ+(性的マイノリティー)社会と連携したことです。社内でチームを作り、みずほのTシャツを着て虹色の旗を掲げて、2017年LGBTQ+のイベント「東京レインボープライド」で行進しした。日本のメガバンクがこのパレードで行進したのは史上初めてでした。その時、渋谷の歩道にいた観客の1人が「みずほと取引するよ」と言ってくれたのです。正しいことをしているだけではなく、ビジネスにとってもプラスになり、多様な考え方やバックグラウンドを持つ人と結びつくことは非常にやりがいのあることなのだと感じました。

作野:最後に、日本とオーストラリアでキャリアを積もうとしている日豪プレスの読者にアドバイスをお願いします。

ヘーゼルトン:価値のある挑戦に立ち向かい、一生懸命働いてください。そして完璧を求めず自分に失敗する権利を与えましょう。歳を取ると自分に対する見方も変わっていきますから「自分が誰か」ということを考え続けましょう。

 また、あなたとあなたのキャリアを真剣に支えてくれる人を見つけて、その人たちが周りにいる環境に身を置き、一緒に働いている人たちにとって尊敬と信頼に値する人になってください。そうすれば、チャンスは向こうからやってくるでしょう。失敗や難題は人間関係をより親密にしてくれます。恐れず立ち向かいましょう。
(12月13日、AMPシドニー・オフィスで)

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