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オーストラリアの田舎で暮らせば⑤家庭菜園のガーデン・ベッドで育てる夏野菜

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 シドニーからサウス・コーストの田舎へ移住してやりたかったことの1つが野菜の自家栽培だ。種から育てる面白さと採れたての新鮮さを味わえる家庭菜園を始めたことで、当地の気候や土壌、野生動物などの理解にもつながっている。オーストラリアの干ばつ気候も意識した栽培方式を試し、数カ月掛けて少しずつ無農薬の夏野菜が食卓に載るようになってきた。(文・写真:七井マリ)

田舎暮らしの初夏の収穫

12月半ば、夏野菜が採れ始めた。トマトとプラムは隣人からの頂き物

 午前中、ニワトリを小屋から放すついでに小さな家庭菜園をひと回りする。下草は朝露でぬれ、菜園の土や野菜の葉も湿り気を帯びていっそう色鮮やかだ。ミニトマトの黄色い小ぶりな花の向こうで、レタスのコンパニオンプランツとして植えたナスタチウムが朱色の花を咲かせている。一晩で伸びたキュウリのつるはつまんで支柱に誘引し、成長を促すために余分な花や葉を摘んでおく。

 春に採れ始めたレタスは初夏まで食卓を彩った。株ごと根こそぎではなく必要な時に必要な葉だけを採るので長く食べられ、冷蔵庫でしおれさせてしまうこともない。摘みたてのレタスを携えていると、柔らかい葉先のおいしさに気付いたニワトリがくちばしでつついてくる。

 キュウリの実は夏の訪れと同時に大きくなった。水やりの加減に戸惑っていた最初のころは皮が固くなってしまったが、次第に瑞々しい実が採れ始めた。市販の物は皮にできたトゲが流通過程で丸くなっているが、採れたてはチクチクと存在感のある手触りがする。

 ニワトリ小屋の横では、日除けにもなるインゲンマメのつるが支柱を伝って高く伸びている。鳥避けのネットをかぶせなかったので実の一部は野生動物に食べられてしまったが、新しい花が付いているのでまた実るだろう。

 植え付けが遅れたミニトマトの実がまだ緑色のうちに、隣人宅の菜園では既に大ぶりなトマトが赤く色付き、まだたくさん採れるから、と食べ頃のプラムと一緒に分けてくれた。

 オーストラリアの田舎に移住し、家庭菜園を始めて数カ月。隣人の経験やオンラインの情報も参考にしながら気候と環境に合う品種選びや栽培方法を探り、毎日が実験の連続だ。

誤算に気付かされた苗作り

春に種まきした夏野菜の苗。なかなか芽が出なかった物もあった

 シドニーのアパートメント住まいのころは、バルコニーで葉野菜やハーブを育てていた。小規模なプランター栽培でも、植物の芽吹きに生命力を感じながら日々の変化を観察する面白さは変わらず、土いじりには瞑想的な充実感がある。

 スーパーマーケットで買う一般的な野菜は、大量生産による土壌や水の汚染、長距離輸送、食品ロス、プラスチック包装の多用などの環境問題とセットだ。こうした問題の解となり得る自家栽培は、少量でも試す価値があると考えていた。

 田舎に移り住んで最初の菜園作りの準備を進めたのは、冬から春にかけての季節。育てたい野菜を決め、環境適性や種まきの時期を調べ、せっかくの自家栽培なので市販の野菜のような品種改良がされていないエアルーム種(固定種)の種を国内メーカーから取り寄せた。

 種をまいて苗を作り始めると、いくつか誤算も発覚した。ここサウス・コーストはシドニーと同じ東海岸でも、日中と夜間の寒暖の差は都市部より顕著だ。最高気温だけに注目し、最低気温が上がりきらないうちに種まきをしたオクラとナスの一部は発芽せず、改めてまき直した。

 野菜は収穫までに数カ月掛かる物も多く、その間の天候など自然条件が生育に影響する。うっかりしていると野鳥やポッサム、ウサギなどの小動物に葉や実をかじられたり、放し飼いのニワトリに根を掘り返されたりするので気が抜けない。

干ばつ対応のDIYガーデン・ベッド

菜園に掛けたネットは、野鳥や小動物だけでなくニワトリからも野菜を守る

 庭の大部分は粘土質の土で野菜が育ちにくいため、立ち上がり式のレイズド・ガーデン・ベッドを作って苗を植えることにした。オーストラリアの大部分と同様に干ばつ傾向の強いエリアなので少雨も見据え、ガーデン・ベッドの底部分に溜めた水を土が吸い上げるウィッキング・ベッド(wicking bed)と呼ばれる仕組みを選んだ。

 環境負荷も考えた上での家庭菜園なのだからと、ガーデン・ベッドの外枠はトタン板や木材などの廃材で一から作ることにした。地面を平らに掘り下げた部分にビニール・シートと砂利を入れ、かぶせるように置いた外枠に注水と排水のパイプを設置。コンポストでの堆肥作りは間に合わなかったので、園芸資材店で買った野菜栽培用の土を使って苗を定植する。鳥避けネットの骨組みには、柔軟で丈夫な古いテント用のポールを再利用した。DIYを担当したパートナーはガーデン・ベッドそのものに愛着が湧いたらしく、強風や大雨で壊れてはいないかと何度も確認に足を運んでいた。

 定植後も、野菜には水やり、追肥、芽かき、下葉の処理などの手入れが必要だ。とはいえ栽培面積が小さいため作業は日に30分もあれば十分で、土や野菜と触れ合うルーティーンが田舎暮らしのリズムを刻んでくれる。

1粒の種からの収穫に感じる自然の力

ミニトマトがよく育つおかげで、今夏は一度もトマトを買わずにいる

ミニトマトの実は色付き始めた後、待てど暮らせど赤くならなかった。ふと、多品種のミックスの種をまいたことを思い出し、黄色やオレンジ色の実がなる品種が混ざっていた可能性に気付いた。慌てて摘み取った実は破裂寸前の完熟で味が濃く、今では食べきれないほどの収穫に恵まれている。1粒の小さな種がほんの数カ月で1本の木に育ち、鈴なりの実の重さで枝をしならせるその姿は、植物の力強さそのものだ。

 毎回の食事で使う野菜の全てを自給できてはいないが、半量近くは菜園から採れたものになった。店で買う野菜の数も、野菜のプラスチック容器など石油由来のゴミの量も目に見えて減っている。自家栽培では効率でなく栽培方法を重視できるので、化学肥料や農薬を使わずにより自然でシンプルな循環型の農作ができる。安定した収量の保証はないものの、自分で種から育てた物を口にして自分の体に責任を持つという感覚は心地が良い。

 日が沈む前に菜園の土の湿り具合を指で確かめ、天気予報や野菜の状態をみて水やりの加減を決める。明日採れそうなキュウリはサラダに、インゲンマメはソテーにできそうだ。成長の遅いオクラとナスも少しずつ大きくなってきた。収穫を終えたレタスの株を引き抜き、次の季節の作物とそのための準備について考えを巡らす。野菜を育てることは、未来が日々の選択と地続きであることを思い出させてくれる気がする。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住

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