約1年前にシドニーから移り住んだ小さな田舎町の住まいには、上下水道が通っていない。大都市圏と異なり、オーストラリアの地方部では生活用水を水道に頼らない暮らし方がある。気象や土壌などの自然環境と距離の近いライフスタイルは、水の循環に対する責任と水資源の貴重さを身をもって感じさせてくれている。(文・写真:七井マリ)
雨が生活にもたらすもの
乾いて土埃のたつ地面を雨がぬらす。家庭菜園の土が、野菜やハーブが、しっとりと湿っていく。雨の中で草木はいっそう濃く艶を増し、庭の花の色が鮮やかに映える。軒下に並んだニワトリは、羽根を乾かしつつ小降りになるのを待っているようだ。野鳥の水浴び用のバードバスに、伸びた枝先から水滴が落ちる。木立の中のため池は、降り注ぐ雨粒に水面を揺らされながら静かに水かさを増す。屋根に降った分は雨水タンクに貯まり、ポンプや給水管を通ってやがて蛇口から、雨が私たちの手や舌をぬらす。
ここサウス・コーストの小さな田舎町では、水道が通っているのは学校や郵便局のある町の中心部と一部の通りだけ。それ以外では、個人宅のタンクに貯留した雨水が生活用水だ。統計局のデータによると、オーストラリア国内の家庭で水道を生活の水源としているのは約94パーセントだというから、私は残りの6パーセントに入ることになる。100軒のうち6軒と考えるとさほどの希少さではない。
オーストラリアの国土面積は日本の約20倍だが、人口は約5分の1。地勢や地方部の極端に低い人口密度などを知ると、上下水道のない地域が散見するのもうなずける。水道以外の水源として地下水を使う地域もあるが、雨水タンクが一般的な選択肢の1つであることは水の豊富な日本との大きな違いだろう。
生活用水を貯める雨水タンク
雨水タンクの仕組みはシンプルだ。屋根から雨どい、パイプを通って巨大なタンクに雨水が入る。降雨が多ければ貯水量が増え、タンクの上限に達するとオーバーフロー用の排水口から水があふれ出す。貯まる量は天候任せなので、生活用水として使う上ではタンクの大きさが肝要だ。
タンクに貯めた水をフィルターで何重にもろ過したものが、蛇口から生活用水として流れ出る。蒸留水である雨水は本来ならば不純物を含まないが、海上や大気中に浮遊するさまざまな物質を絡め取って雨は降る。やっかいなのは、目に見えず気付かないまま体内に蓄積される化学物質や重金属だ。念には念を入れ、近年世界中で問題視されているフッ素化合物の他、農薬やバクテリアなども除去する浄水フィルターで、蛇口からくんだ水を更にろ過して使っている。
水の質だけでなく量も気になるところだ。田舎に移住するまでは水道のある暮らしに慣れきっていたが、水の有限性を身をもって感じる日々の中、水の使い方をより意識するようになった。降雨のない日が続けば減っていく貯水量を想像し、天気予報を見て洗濯のタイミングを考える。雨が降れば、タンクに水が満ちていくイメージがおのずと頭に浮かぶ。天候という自然のリズムに合わせて水を使うことには、存外すぐに慣れた。
水道利用の如何に関わらず、干ばつによる水不足を経験することが多い当地の人びとは節水意識が高く、洗った食器を少ない水ですすぐといった工夫が根付いている。湿度の低いオーストラリアの大部分のエリアでは、毎日しっかり入浴などしようものなら肌が乾燥するくらいなので、生活習慣の面でも節水がしやすい環境かもしれない。
使った水の流れ着く先
ここにないのは上水道だけでなく下水道もだ。廃水は地方自治体のルールに則って安全に処理することが定められ、バクテリアによる分解作用を使った浄化槽や下水処理システムなどが各戸に設置されているのが一般的。ミミズが有機物を分解するワーム・ファーム(worm farm)と呼ばれる仕組みを使った浄化槽もあり、いずれの場合も処理済みの水は土壌に返す。
同時に、廃水量を抑えるために水の利用量そのものを減らし、自然分解しにくい成分を含む多量の洗剤や消毒剤などを流さないことも推奨されている。家庭用の浄化槽や下水処理システムには、一般的な下水道ほどの廃水処理のキャパシティーがないからだ。
排水口に何を流すか無自覚でいるならば、自分が出した廃水は、自分の住む場所の土壌汚染となって返ってくる。皿に残った油脂や調味料をシンクに流して水を汚し、パイプを詰まらせて塩素系の漂白殺菌剤を流し込むなどもってのほか。食器の油汚れは古新聞などで拭きとってから、環境負荷の小さい植物性の洗剤で洗い、排水管の汚れが気になる時は重曹と酢を使う。現代社会のインフラ構造の複雑さは環境問題を見えにくくさせているが、ここでは全てが目の前でシンプルに完結するため、自分の行動が自然環境に与える影響をダイレクトに見て取れる。問題の当事者性を覆い隠さない仕組みのおかげで、自分のやるべきことを理解しやすい。
下水道のある地域でも、廃水中の処理しきれない有害物質が川や海に流れ込み、生態系をむしばんでいるのは誰もが知るところだ。しかし、有害物質を水に流し続ける無責任さを自覚すれば、化学物質やプラスチック繊維を放出する生活用品の代わりに、自然分解されやすい素材の代替品も選択できる。数年前から台所と洗濯用の合成洗剤を天然の洗浄成分を含むソープ・ナッツに替え、食器洗いのスポンジをセルロース製に替えたが、今のところ不便なく使い続けている。
「雨水タンクはいくつあっても多すぎることはない」
水道の有無によらず、オーストラリアの家庭のうち約5分の1が雨水タンクを所有しているという。飲用にはしなくても、園芸や水洗トイレなどの用途に雨水を使うことで水道水の節約になり、防火用水としても役立つ。気候変動に端を発する異常気象の激化を考慮するなら、干ばつへの備えとして、水道のあるエリアでも雨水タンクの更なる導入の余地がありそうだ。
田舎に移住して以来、幸いにも水不足に至るほどの気候はまだ経験していない。2022年から23年に掛けての夏は珍しく雨が多かったが、オーストラリアの長期予報は、少雨と乾燥の日々が遠からず再来することを示している。数年前に深刻な水不足を経験した地元の人びとの声を聞く限り、水道のないエリアではなおのこと備えが必要だろう。
いずれ来る干ばつを見据え、夏の間に古い雨水タンクの修繕と新たに小さなタンクの増設を進めた。納屋でもガレージでも、屋根と雨どいがあればその下で水を集められる。そうして貯めた一滴一滴が、野菜の成長を助け、私たち人間や家畜の喉を潤す。その水で、野生動物のための水飲み場を満たしておくこともできる。
雨水タンクはいくつあっても多すぎることはない、というのが何年もこの地域で暮らす隣人の意見だ。少量でもあって助かったと感じるほど、水が不足する日が来るのかもしれない。
著者
七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住