「1人ぐらい”昭和のオヤジ”がいても良いのかな」と語る森一裕(47)の眼差しは優しい。彼が、ブリスベン南郊で営む日本食レストラン「マツリ」は、当地の侍フットボーラーのある種の”溜まり場”となっている。
「日中に仕事、夕方から練習のハードな日程をこなす彼らにたっぷり食べて欲しい」。若い旺盛な食欲を満たすためご飯の量は自然と大盛りになるが、地元埼玉の高校卒業後から足掛け6年、自衛隊の猛特訓に耐えた森には、空腹を持て余す若い選手たちの気持ちがよく分かる。
時には、選手を叱ることもある。社会人、海外で暮らす日本人の先輩として「それは違うだろ」と思うことには直言を厭わない。その思いを語ったのが冒頭の台詞だが、ただの口うるさい”オヤジ”だったら、ここまで多くの若者が彼を慕うだろうか。彼と穏やかな京美人の美菜(46)夫婦が醸し出す温かな雰囲気に安らぎを求めて彼らは足繁く通って来る。取材当日も鮮やかな蛍光色の配送ドライバーの制服に身を包んだ選手の姿があった。
NPQL1(QLD州2部)のアルバニークリークの守備の要、小野友弥(28)との「いつもありがとね」「今週土曜の試合、ローガンなんすよ」「行けたら見に行くよ」とのやり取りが聞こえてきた。
飲食業には珍しく週末をきっちり休む「マツリ」。家族で週末を謳歌する理想的なライフ・タイム・バランスの一家をブリスベン・ロアのスタジアムでもよく見掛けるが、そのロア所属の歴代日本人選手も店の常連だった。
そもそも選手を世話し始めるきっかけが、ロア初の日本人選手として12年にプレーした高橋祐治(29・清水)。スコットランドに旅立った檀崎竜孔も(22・マザーウェル)2日と空けずに顔を出した。もちろん、店内に遺品のスパイクが展示されている故・工藤壮人(享年32)も。若い選手に慕われ、時には喝を入れる──。ブリスベンの日系選手の活躍の裏にその胃袋とメンタルを支える男の存在と愛情がある。頼もしい限りだ。
植松久隆(タカ植松)
ライター、コラムニスト。タカの呟き「本稿で書きたいフットボール界隈の人がたくさんいる。全国版だけ、しかも隔月刊となり、自分の中のウエイティング・リストがなかなか短くならないって、前も同じようなこと書いたな。今回は、久々に現役選手・コーチではない人を取り上げたが、さて次回は……乞うご期待」