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オーストラリアの田舎で暮らせば⑧野生の鳥の名前を知ること

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 オーストラリアの東岸、サウス・コースト地方に位置するのどかな田舎町に移住して以来、途切れることのない野鳥の声は日常の音になった。固有種を含むさまざまな色形の鳥の存在を介して、オーストラリアの文化や価値観に気付かされることもある。家の周りに来る鳥の名前を1つ覚えるたび、この地との結びつきが1つ増えたような心持ちだ。(文・写真:七井マリ)

名もなき他人から顔見知りへ

「クッカバラ」の英語名を持つワライカワセミの家族。中央の個体が幼鳥に見える

 歯を磨きながら晴れた窓の外を見やると、赤いレンガ敷きの小道の上で何かが動いている。雨どいの縁でせわしなく尾や頭を振る小鳥の影だ。影の主を見ようと身を乗り出す前に、小鳥はパッと飛び立ってしまった。

 風もないのに庭のサザンカの花がかすかに揺れるのは、細くとがったくちばしを持つミツスイが食事中だからだ。特に小柄な種は体重が10グラムほどで、とまった枝を大きくしならせることなく花の蜜を吸い、かすかな羽音だけ立てて飛び去る。

 朝夕に笑うようにけたたましく鳴くワライカワセミは、縄張りを主張しているらしい。オーストラリアの先住民が鳥の鳴き声をそのまま呼び名としたことが、英語名のクッカバラ(kookaburra)の由来だ。大きな頭が不格好で愛らしいが、高い木の枝からハンターのように地上の虫などをねらう。

 オンラインの地域コミュニティーのページには、「放し飼いのニワトリがウェッジテイルド・イーグル(wedge-tailed eagle)にさらわれた。皆も気を付けて」という投稿が。和名はオナガイヌワシ、成鳥は翼を広げると2メートル前後になる。猛禽(もうきん)の壮麗な飛翔を思い浮かべて胸が高鳴ってしまうが、我が家のニワトリを餌にするわけにはいかないので時々見回りに行く。

 住まいの周辺で出くわす鳥の種類の多さは、やはりシドニーなどの都市部より地方部の方が圧倒的だ。1種類ずつ名前や生態を認識することで、名もなき他人が顔見知りに変わるように、景色の見え方が違ってくる気がする。

英語で「妖精」、日本語で「虫食い」

スズメ大のフェアリーレンのつがい。色鮮やかなオスは葉の裏の青虫をねらっている

 ミツスイの英語名はハニーイーター(honeyeater)、メジロはシルバーアイ(silvereye)。日本語と英語で鳥の特徴を同じように表した名前は、覚えやすく親しみもわく。

 当地に来てから知った鳥は英語名で呼ぶ方がしっくりくるが、日本にいない鳥にも和名がある。サテン・バウアーバード(satin bowerbird)の和名はアオアズマヤドリ。バウアーは東屋の意味だ。求愛のためにオスが巣に青いものを集め、小枝で東屋のようなオブジェを作る。オスの羽は万年筆のインクのようなブルー・ブラック、メスは落ち着いたオリーブ・グリーンで、雌雄ともに青紫色の目と白いくちばしを持つ。雨上がりの緑を背景に見た1組のつがいは、思わず息を潜めて見入るほど美しい光沢を帯びていた。

 カラスよりやや小さくペンギン風の配色のグレー・ブッチャーバード(grey butcherbird)は、食べきれない虫や小鳥などの獲物を枝に突き刺して取っておく習性がある。ブッチャー(肉屋)のごとき串刺しを恐れてか、小鳥は同時には姿を現さない。和名はハイイロモズガラス。モズもまた「はやにえ」と呼ばれる串刺しを作るので、両言語で名付けの趣向が近い。

 英語と日本語で名前の趣きが全く異なる鳥もいる。オーストラリア中に多種が分布するフェアリーレン(fairy-wren)は、オスの空色などが目を引く。「妖精」の語を冠した英語名の通り、可憐なたたずまいと美声が特徴だ。上の写真のつがいは「まだら模様」の意味のバリゲイテッド・フェアリーレン(variegated fairy-wren)で、和名はムナグロオーストラリアムシクイ。青虫などを捕食するのでまさに「虫食い」なのだが、呼び名でイメージが大きく変わるのが面白い。

鳥たちとの距離の遠さと近さ

人間を警戒はしつつも近くまで来るイースタン・イエロー・ロビン

 カイト(kite)だ、と隣人が空を仰ぎ見たので反射的に凧を思い浮かべたが、遥か上空には翼を広げて悠々と風に乗る鳥が。「トンビに油揚げをさらわれる」のことわざで知られるトビのことだと気付く。

 シドニーでも見掛けたが、田舎に生息数が多い点は日本のトビと同じ。オーストラリアには白いトビなど複数種がいるものの、遠く高く飛ぶ姿は色すら識別しにくい。隔たった距離にいる相手を詳しく知ることは容易ではなさそうだ。

 多くの野鳥は警戒心が強く、至近距離からの観察が難しいが、カラスやハトと同様に数メートルなら近付いても逃げない鳥もいる。ふっくらした黄色いお腹が特徴的なイースタン・イエロー・ロビン(eastern yellow robin/和名:ヒガシキバラヒタキ)は、私が庭いじりをしているとよく近くの木までやって来る。

 ハーブに付いていた青虫を取って放り投げてみたところ、一瞬のうちにロビンが地面に舞い降り、青虫をくわえて飛んだ。好奇心旺盛な鳥なのかと図鑑を開くと、その性格の項には「攻撃的」の文字が。人間には無害のようだが、他者との距離の近さにも多様な側面があるのだと、図らずも考えさせられた。

窓ガラスの向こうの絶滅危惧種

明るい笑い顔をしたギャンギャン・コカトゥーのオス。近くにメスもいたようだった

 キッチンの窓から見える位置に、鳥の水浴び用のバードバスがある。水を切らさずに張っておくと、オレンジひと切れ分のサイズの小鳥からカラスよりひと回り大きい鳥まで、代わるがわる出現するので観察が楽しい。特に、オーストラリアで一般的な野生のオウムやインコは赤や緑、桃色、虹色などカラフルで、見掛けると心がはやる。

 聞き慣れない鳴き声に気付いて窓辺に行くと、初めて見る灰色の体に赤い頭と冠羽を持つ中型のオウムがバードバスで水を飲んでいた。絶滅危惧種のギャンギャン・コカトゥー(gang-gang cockatoo/和名:アカサカオウム)のオスだ。写真でしか知らなかった希少な姿に、時間が止まったように釘付けになる。

 ギャンギャン・コカトゥーはオーストラリア南東部の固有種。数年前の大規模な森林火災で生息地が減る以前から、長期的な視野に欠ける土地開発や森林伐採で住み処を奪われてきた。高く太い木のうろ(木に自然にできた穴)に巣を作って産卵する習性があるため、樹齢の長い木が切られてしまえば繁殖は絶望的だ。

 ギャンギャン・コカトゥーのつがいは孵化(ふか)したヒナを交代で守り、餌を採りに行くという。主な餌は在来植物の木の実。寿命は約50年といわれ、つがいは子育て後も長い一生を共に過ごす。鳥たちの存在はこの世界の小さな一部分かもしれないが、同じ生態系の循環の輪の中にいる人間として、彼らの平穏な生涯を願わずにはいられない。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





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