2025年にリニューアルされる予定の南半球随一の規模を誇るシドニー・フィッシュ・マーケット(Sydney Fish Market)。新時代に向けた食文化を提供する場として生まれ変わるという希望に、私たちは胸を膨らませています。
さて今回は、同市場の鮮魚店ムスメーチ・シーフーズ(Musumeci Seafoods)に20年勤めた後に独立し、この度、鮮魚・食肉卸売会社「ZERO-ICHI」を起業した櫻井光春さん(岩手県釜石市出身)にスポットを当て、シドニーの日本食レストランと魚事情の現状について話を伺いました。
まずは皆さんも気になるであろう「日本食で使われている魚、日本との違い」についてです。自然豊かな豪州。その沿岸の海では、寿司のネタや刺し身などに適した魚が豊富に収穫できそうに思えます。しかし櫻井さんは、豪州沿岸の大半は砂浜のビーチに囲まれていて、小魚の栄養となる海藻類が少ないのが欠点と言います。
一方、海洋国独特の太平洋火山帯などによるが多い島国の日本では、さまざまな魚種の生殖に適したエリアが多くあり、だからこそ鮮魚料理は1300年も前から日本人の重要な食文化の1つとして確立され、楽しまれてきたのです。
シドニー・フィッシュ・マーケットには、豪州全土から収穫された魚が集まりますが、その多くは残念ながら、品質や味の観点から魚を生で食する日本食には適してないのが現状。日本で獲れる魚種と同様、もしくは類似した魚種でも、味や脂の乗りがかなり違う場合が多いということです。
では、シドニーの日本食レストランで提供されている魚はどこから来るのでしょうか? (Mackerel)や(Yellow tail)、(Bonito)などの光り物や類はシドニー近郊で獲れた物ですが、その他の魚種はニュージーランド(NZ)産だそうです。
NZは日本同様に太平洋火山帯に位置し、ビーチよりは海藻が豊富な岩礁の方が多く、岩礁に波がぶつかることで小魚のエサとなるプランクトンが発生しやすいとのこと。そのプランクトンを求めて小魚が岩礁に寄り付き、その小魚を捕食する中型魚が集まり、そして脂の乗った大きな魚が中型魚を求めてやって来るというわけです。
日本食に適し、好んで使われる魚という意味では、豪州産よりも圧倒的にNZ産の方が種類が多く質も優れていて、シドニーの日本食業界では相当な割合でNZ産の魚に頼っているようです。
しかし、NZの祭日や、天候不良によって漁獲量が少ない時、フライトの欠航などがあれば、当然魚は来ません。日本食業界がNZだけに頼っている現状では、需要と供給のバランスが崩れた時に魚の値段が競りによって高騰することになるそうです。
コロナ禍で起きた世界的な物流の混乱もあり、このNZ産の魚の需給バランスが崩れた状況は現在も収束を迎えておらず、むしろ激化の一途をたどっているとのこと。クエ(Hapuka)やキンメ(Alfonsino)などの希少魚種は櫻井さんの知る限り2〜3倍の値段になっているそうです。
そこで、日本の魚料理好きなシドニー市民の食欲を満たす解決策として櫻井さんが挙げるのが、「規制緩和の促進」と「冷凍技術の受け入れ」です。
豪州の輸入検疫の規制緩和については、櫻井さんは「私たち魚屋に到底できるもではない」と嘆きます。「この課題について、日本の政府機関の方々や地方自治体の皆さんとも相談させて頂きましたが、現状、解決策はありません。無加工で生のままの海産物を日本から豪州に輸入することは検疫の観点から難しく、容易に前進する課題ではありません」。
一方の冷凍技術について。日本人としては魚はやはり「生」へのこだわりが根強く、冷凍というと、“代替オプション”というイメージが残ります。しかし、日本の総合食品会社は、「日本の冷凍技術はたいへん優れている」と強調しています。櫻井さんも「この優れた冷凍製品を上手に使っていくことにより、天候不良などによる競りの高騰を回避できるようになるだけでなく、食品ロスの軽減にもつながる」と前向きです。
我々消費者としては、日本食に日々従事されているレストラン経営者の皆さんや料理人の皆さんのためにも、日豪双方の交渉を見守りながら、“もう1つのオプション”を目指して誕生した「ZERO-ICHI」の未来に大いに期待しましょう。
このコラムの著者
出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese Cuisine、Japanese Cooking at Home, Essentially Japanese他著書多数。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流師範、四條司家師範、四條司家公認天日大膳宗匠、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使。2021年春の叙勲で日本国より旭日双光章を受章