オーストラリア弁護士として30年以上の経験を持つMBA法律事務所共同経営者のミッチェル・クラーク氏が、オーストラリアの法律に関するさまざまな話題・情報を分かりやすく解説!
賠償請求案件では、紛争当事者に歩み寄りの意思がない限り和解は難しいのですが、オファーを出す(賠償請求額を相手に提示する)ことで、和解解決の可能性が高まります。
オファーを出すことは、交渉によって双方が条件に合意し和解を試みる方法です。多くの場合、交渉による和解解決は、両当事者にとって不満が残る状況だと言われますが、同時に、両当事者は裁判所から敗訴者と認定される危険を回避できるとも言えます。
また、オファーを出すことは、戦術的に大きなアドバンテージとなる可能性を秘めています。
私のクライアントが、裁判の前段階において特別な形式のオファーを利用したことで、大きな金銭的利益、90万豪ドル(約8,000万円)を得た実例をお話ししましょう。
私のクライアントは、なぜこのような大きな成果を得られたのでしょうか?
この賠償請求案件は、来豪中に、不運にも事故に遭遇した若い日本人旅行者に対する賠償金額に関するものでした。彼女はホリデーでケアンズを訪れた初日に交通事故に遭い、傷を負い、さまざまな後遺症に悩まされ、日本で仕事を続けることができなくなってしまいました。加害者であるバスの保険会社QBEと被害者である彼女との間で賠償額について争いが生じ、賠償額の算定には、逸失所得や年金受給権の喪失など、多くの要素を考慮する必要がありました。
賢明な彼女は、当所のアドバイスに従い、賠償金144万4,000豪ドル(約1億3,000万円)と事務手数料、更には標準的な法的費用の支払いを受けることで、裁判に進まずに和解解決する準備ができているという正式なオファーをQBEに出しました。このオファーはQBEによって2週間保留された後、拒否されました。実際のところ、QBEがこの時までに私のクライアントに提示した最高額のオファーは100万豪ドルでした。これは、事故当時23歳だった被害者の長期的ニーズを含む、深刻で困難な状況を考慮すると、全く足りない金額でした。
1週間にわたって行われた裁判では、彼女と彼女の両親を含む多くの証人、彼女の雇用主の証言など、当所が準備したあらゆる証拠を判事が受け取り、考察しました。
その結果、同判事はQBEに対して、1億6,470万3,785円+16万9,908.79豪ドル+事務手数料の支払いを命じました。判事は当初、QBEは彼女が負った法的費用の一部を負担すべきであると裁定しました。彼女は、裁判の結果、裁判前に出したオファーを上回る金額を獲得したため、更に大きな金銭的利益を得ることになりました。
では、裁判において、オファーよりも良い結果が得られた(判事が保険会社に支払いを命じた金額が、クライアントが裁判前に出したオファーよりも高かった)ことは、どのような効果があったのでしょうか? ここからは、裁判の結果(数値)と法的メカニズムについて、更に説明していきたいと思います。概要は以下の通りです:
法的費用の一部負担は、賠償金本体に追加して支払われますが、もし私のクライアントがオファーを出さなかった場合(あるいは、そのオファーが最終的に判事が裁定した金額を上回っていた場合)、保険会社QBEによる法的費用の一部負担額は標準的基準に沿って算定されます。敗訴者が勝訴者の法的費用の一部を負担する際、一般的には実費の4割程度です(あくまでも全額ではなく一部に過ぎない)。例えば、勝訴者の訴訟費用が95万豪ドルだった場合、敗訴者はこれに対しておよそ38万豪ドルを支払う必要があります。
一方で、判事による裁定額がクライアントが出していたオファーを上回った場合、QBEにはペナルティーが課されることになります。敗訴者は勝訴者が負った法的費用に対して、補償的評価に基づき、より高額な費用(実費の9割程度)を支払う必要があります。法的費用が95万豪ドルであった例でいうと、敗訴者が賠償責任の下で支払うべき負担額は、約85万5,000豪ドルにまで上がるのです。
このように、私のクライアントは戦略的な正式オファーを出していたことで、50万豪ドル(5,000万円)近い金銭的メリットを得ました。彼女自身の大きなサポートになったことは言うまでもありません。
QBEは、正式オファーを取り交わした時点では、賠償額を適切に評価できなかったとし、賠償責任に基づくペナルティーは課されるべきでないと主張しましたが、それは不成功に終わりました。
判事はQBEの主張を退け、私のクライアントのオファーは合理的であり、それをQBEは受諾しなかったと指摘しました。判事はまた、QBEがオファーを受け入れなかった結果、日本在住の彼女が裁判出廷のために豪州に渡航しなければならなかったことも含め、裁判費用として相当な出費を強いられたと述べました。同判事はまた「QBEが裁判直前まで適切な判断をしなかった(オファーを受諾しなかった)ことで、裁判準備の業務と費用がかさんだ」ことも指摘しました。このような状況において、QBEは補償的評価基準で法的費用を支払うのが適切との判断でした。
和解解決せずに裁判に進むことは、困難で複雑なプロジェクトであり、費用や結果の不確実性、個人的なストレスを考えると、簡単に行うべきではありません。しかし場合によっては、弁護士にアドバイスを受けながら、紛争の相手方からの不合理な申し出に屈しないことが要求されることもあります。正式なオファーを出すという法的メカニズムを利用することで、もし相手方がオファーを受け入れなかった場合、私のクライアントのように莫大な金銭的利益を得る結果につながる可能性があります。法的費用の負担額に対するペナルティーの根拠は、裁判所が、裁判に頼ることなく当事者同士の交渉によって紛争を和解解決することを望んでいるからです。
このコラムの著者
ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として30年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート