オーストラリア弁護士として30年以上の経験を持つMBA法律事務所共同経営者のミッチェル・クラーク氏が、オーストラリアの法律に関するさまざまな話題・情報を分かりやすく解説!
豪州の裁判所が懲罰的損害賠償を裁定することは、めったにありません。今回は、懲罰的損害賠償の目的やその性質についてお話ししたいと思います。
通常、裁判所は、金銭的損失やその他の経済的不利益を被った場合に、賠償金を与えること、つまり、弁済や金銭的補償を与えることに重点を置いています。例えば、交通事故でけがをして働けなくなった時に、給与損失分を請求するような場合です。
懲罰的損害賠償額は、誰かの所得損失額と直接的な関係はありません。通常の損害賠償額を上回る分が懲罰的損害賠償金です。懲罰的損害賠償の目的は、被告を罰し、将来における同様の行為を抑止することです。被告の行為に対する非難の証である懲罰的損害賠償の裁定は、全て裁判所の裁量に委ねられています。
懲罰的損害賠償の例として、ブリスベン高等裁判所で最近私が担当したケースをご紹介します(「Gardiner v Doerr [2022] QSC 188」Web: www.queenslandjudgments.com.au/caselaw/qsc/2022/188)。
このケースでは、早朝、就寝中に何者か( 覆面と手袋着用のため、当初は不明)が被害者である依頼人の自宅に侵入し、身体的暴行を加えました。暴行の最中に覆面が外れ、加害者は元夫であることが判明しました。
一審のクーパー裁判官は被告に対し、総額96万7,113.40豪ドルの賠償命令を下しました。賠償額の一部として、裁判官は被告に対して5万豪ドルの懲罰的損害賠償を課し、更に賠償額に対する1万7,600豪ドルの利息を追加しました。
その後、被告は、賠償責任(被告に対する過失の認定)と量刑( 賠償額の算定)の両方を争うため、控訴しました。控訴裁判所は控訴を全面的に棄却し、被告に賠償金の支払いを命じました(「Doerr v Gardiner [2023] QCA160」Web: www.sclqld.org.au/caselaw/QCA/2023/160、控訴裁判所の3人の裁判官の判決はこちらをご参照ください)。
懲罰的損害賠償の目的は、被告を罰することであり、被告及び他の者が同じまたは同じような行動をとることを抑止することです。抑止力は、被告に賠償金総額の一部として追加的な金銭の支払いを要求することによって生じます。これは民法上の抑止力であり、刑法上の抑止力とは全くの別物です。
このように、懲罰的損害賠償の目的は、被告の非難されるべき行為を裁判所が咎めて罰することです。
裁判所が懲罰的損害賠償を認めることは稀ですが、懲罰的損害賠償が認められる行為には以下のようなものがあります。
・悪意
・権力の乱用
・残虐行為
・暴力
また、懲罰的損害賠償は、原告への正当な弁明が癒しのプロセスを助ける「治療的法学」の一部であると考えられています。懲罰的損害賠償は一般的ではありませんが、このような民事罰は、個人が暴行被害を受け採用されるケースが多いです。
では、懲罰的損害賠償が認められる状況とはどのようなものでしょうか? 答えは、被告の行為に関するものです。1920年に豪州最高裁判所で判決されたホイットフィールド(Whitfeld)事件で、ノックス最高裁長官が宣言したように、「他人の権利を軽率に無視した意識的な不正行為」が、懲罰的損害賠償に該当する行為であるかどうかです。
豪州では、製造物責任に関連する民事賠償請求や、州政府が導入しているさまざまな法律において、懲罰的損害賠償が禁止されています。 その理由は、刑法では懲罰、民法では賠償とされている機能と、懲罰的損害賠償の原則が混同されているからです。
刑罰は、民法上の要件とは異なるリーガル・テストを用いる刑法の領域に限定されるべき、と考えられてきました。その最たる例が、刑事被告人には「合理的な疑いを越えて」という厳格なリーガル・テストに基づく立証責任が保障されていることです。 対照的に、民事事件の被告は、「蓋がいぜんせい然性のバランス」に基づく低いリーガル・テストによって責任を認定される可能性があります。
補償的損害賠償に加えて、懲罰的損害賠償を課すことの妥当性に対する反論として、例えば、無保険の個人が関与する民事事件では、非難されるべき行為に責任があると判断されても刑法上の有罪判決の汚名や投獄のリスクは残らない、などがあります。
私が担当したケースでは、適切な状況で懲罰の手段として懲罰的損害賠償が認められたことが、民法上の賠償分野における基準となりました。
クーパー裁判官は判決文の中で、懲罰的損害賠償の性質について言及し、その立場を要約しました。懲罰的損害賠償は、被告やその他の人びとに対する抑止力として機能し、被告の行為に対する裁判所の非難を示すために認められるものです。
私が担当したケースでは、被告は地方裁判所での裁判の結果、無罪となったため、暴行行為について刑事罰を受けることはありませでした。しかし、民事裁判の目的で、クーパー裁判官は被告が暴行をしたと判断しました。
では最後に、フランスの哲学者、ミシェル・フーコー(Michel Foucault)の言葉を。
“犯罪者を犯罪に駆り立てた力をそれ自体に向けよ”
このコラムの著者
ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として30年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート