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オーストラリアの田舎で暮らせば⑮日常の1コマとしての強風と倒木

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 地面を揺らすような激しい風が吹き荒れ、枝が折れ、大木が倒れる。シドニーから南へ約3時間下った小さな田舎町では、強風による生活環境へのダメージは決して珍しいことではない。強風が吹き始めると自ずと音や振動に敏感になるのは、時に風が命や暮らしを脅かすことを体感しているからだ。(文・写真:七井マリ)

暴風で折れ、倒れる木々

幹の折れた部分はカミキリムシの幼虫による食害でもろくなっていたようだ

 強い風が吹くと木々はうなり声を上げながら大きく揺れ、絶え間なくたくさんの葉を散らし、目に見えない風に姿を与える。サウス・コースト地方の私の住まいは森に隣接し、木が多い分だけ風が生み出すうなり声も大きい。激しい突風がもたらす振動はトンネルの中の地響きのようで肝が冷える。枝がしなって裂けながら折れ、遠くで大きな木が倒れる音がする。もし倒木が運悪く家屋に当たれば人命にも関わるので、家と高木との距離は広く確保しておくのが良い。

 強い風が続いた夜が明けると、1本の木の幹が無惨に折れて庭の小道を遮断するように倒れていた。幹の中に虫が巣食って弱っていたところに風が追い打ちをかけたようだ。道にせり出した幹や枝をチェーンソーやノコギリで切り落として、再び人や車が通れるようにした。強風の後には大なり小なりこうした作業がよく発生する。

 馬を飼う隣人宅では、強風の日に外出から帰ったら森と境を接する放牧地の中に直径約30センチ、長さ数十メートルの倒木が横たわっていたらしい。根こそぎ倒れていたそうで、根の張りが浅い木だったのかもしれない。発見時、馬は無傷で離れた所にいて素知らぬ顔で草を食べていたようだ。

強風の日は駐車位置に注意

強風で折れたバンクシアの枝。引きずってやっと運べる重さだった

 都市圏で街路樹が倒れて車や電線にダメージを与えたニュースを見たことがあるが、いずれもごく稀な暴風雨の日の出来事だった。翻って、田舎で強風被害が日常的に発生しやすい理由の1つは木の多さだろう。このエリアの場合、海からの距離に加え、風を遮る物が少ない平地や丘陵地が点在する地形も風の吹き方に影響しているかもしれない。高い木から落下した枝のせいで窓ガラスが粉々に砕けた隣人の車を見たこともあり、駐車は木の真下を避けるよう教えられた。

 その日は夕方から風が強まるという警報を見て、陽が傾き始める前に洗濯物を取り込もうと外に出た。風は吹き始めていたが強風にはまだ遠く及ばず、油断していたと思う。折りたたみ式の物干し台に手をかけた時、近くの森の木々のざわめきが急に高まって疾風が吹きつけ、危険を感じてとっさに頭を覆って走った。傍らの軒下に逃げ込むと同時に、脚を踏ん張ってもよろめくほどの風が長く吹き、遠くない場所で何か重いものがぶつかる鈍い音がした。

 逃げたのが偶然にも風上の壁際だったので、自分の身には何事も起きていなかった。おそるおそる顔を上げると、物干し台は服もろとも風下に飛ばされ、10メートルほど先の低木の茂みに叩き付けられていた。

 衝突音の正体を探して辺りを見回すと、青空駐車していた車の真横に大人の背丈を悠に超える長さの枝が。枝とはいっても一部はスプレー缶並みの太さだ。風が止んだすきに近づいて確認すると、フロントガラスに大きな亀裂が入り、ダッシュボードにガラスのかけらが散らばっていた。駐車位置の真上に木はなかったが、少し離れた木の先端部分が折れ、風に煽られて車にヒットしたようだ。自分がそこにいなかったのは幸運以外の何ものでもなかった。

 次の突風が吹く前に急いで割れたガラスの写真を撮り、洗濯物を回収して室内に引っ込んだ。翌日の雨が心配で車にカバーを掛けようかと悩んだが、激しさを増す風の音に恐れをなしてあきらめた。夜まで続いた暴風のせいで、保険会社は忙しくなったことだろう。

天気予報と警報が頼り

利用している気象情報アプリの1つ。風向や風速を分かりやすく表示してくれる

 田舎での暮らしは強風をはじめ気象の影響を受けやすい。天候の急変に対応するために予報や警報を頻繁に確認するのみならず、特色の異なる気象情報アプリを合計3つもスマートフォンに入れるに至った。突風や瞬間最大風速を表す「gust」と、吹き続ける強風を表す「gale」の情報により注意を払うようになったのは、間違いなくここに移住してからだ。なお、日本では風を秒速で表現するので速さを視覚的にイメージしやすい一方、オーストラリアでは時速を用いるので乗り物に置き換えて考えやすい。

 オーストラリアの気象局が「strong wind warning」という警報を発出するのは平均風速が時速48~62キロの場合。木々が目に見えて大きく揺れ、歩きにくいほどの強風が吹くレベルで、このエリアでは冬や春に最大週5日ほどの高頻度で出る。その危険度を日本の基準でいえば、車の運転中に横風を感じるレベルの「強風注意報」と、人が立っていることも困難なレベルの「暴風警報」の間の位置付けだ。もう1段階上の「gale warning」は年に数回しかお目に掛からないが、それでも警戒を要する日はなかなか多い。

嵐の日も、穏やかな風の日も

強風で鳥除けネットが外れ、野鳥だけでなくニワトリにも畑を荒らされるところだった

 暴風が予想される日は、庭など外での作業は風が強まる前に済ませておく。風が吹き荒れる間は身の安全のために基本的に外に出ないからだ。乾燥が続いた日々の後の強い風は森林火災を悪化させる一因でもあるため特に用心する。

 風が止んだら辺りを見回って歩く。通り道をふせいでいる倒木や枝はないか、家屋や電線に被害は出ていないか、けがをした動物はいないか。折れた状態で高所に引っ掛かっている枝は危ないので早めに取り除く。ガーデンベッドを覆っていた鳥害防止のネットが風で外れ、家庭菜園が無防備な姿になっていたこともある。それでも激しい風が去った後、小鳥の群れが歌いながらバードバスに戻ってくる姿は何度見ても心が温かくなる。

 風がもたらすのは悪いことばかりでもない。混みすぎた森は強風による倒木で間引かれ、枝が落ちて減れば下まで日光が届きやすくなる。植物の種子の飛散や受粉にも影響するだろう。風は溜め池の水に酸素を送り込み、地上では空気のよどみを散らし、高温の日にはさわやかに肌をなでる。雲を運び、連れ去るのも風。寝しなに聞く風は波音によく似ていて、自然に包まれ揺られながら眠りに就くような心地だ。警報に気を張る日も穏やかな日も、私たちはいつも風と共に生きているということを思い出したい。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





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