第21回:白鳥の湖
日本の企業には、その道何十年というようなエクスパートがいる。
旅行会社の新社長は、日本出張が決まると「大丈夫です。出張手配は自分でやります」と言いきったのであった。JTB発行の「時刻表」冊子を片手に、次から次へと電車移動時間を選んでは、1週間のスケジュールをあっという間に作ったのは、誠に見事だった。
「時刻表は、旅行業界で働く我々にとって、バイブルです。この1冊があれば、どんな旅行でも出張でもその計画は簡単にできる」という、すごい旅行マンだった。
その前の社長は、もともと経理の仕事をしていた人らしく、ある時社長室に書類を持って行ったら、なんと営業利益一覧をエクセルで事細かく作成して読んでいるところだった。
私はそれを見て驚き、「こういうのは経理部がレポートを作って送ってくるものだと思っていました」と言うと、「人の作ったものを見ているだけでは、自分の会社のどこで何が起こっているのが把握できない。自分で作ることで、これからのプラン、展望といろいろなことが見えてくるものだ」と言う。私はそれを聞いて、なんてすごい人なのだと感心した。
秘書にとってのエキスパートとは何だろう。上司の性質を理解して、その人がどのように働くことで、最良の成果を得られるのかが分かり、そのために必要なサポートが実現できることをいうのであろう。
秘書の仕事は、「黒子の業」といわれる。私たちの仕事は他の人の目に見えるものではない。目に見えるのは、それがうまくいかなかった時のみである。
賢い秘書は、機敏に行動する。「口下手」であってもいい。でも「機敏な行動」は必須条件。そしてあきらめない。最後の一踏ん張りが肝心で、詰めが大切。最後の一押しができるかできないかで値打ちが決まる。
そして上司の成功のためにはがむしゃらになって働く、準備万端でいること。それはまるで、湖に泳ぐ白鳥そのものだ。
白鳥はとても優雅。しかしその優雅な姿に反して、実は水面下では絶え間なく、必死で水をかいているのである。それが私たち秘書なのである。
ミッチェル三枝子
高校時代に交換留学生として来豪。関西経済連合会、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に勤務。1992年よりシドニーに移住。KDDIオーストラリア及びJTBオーストラリアで社長秘書として15年間従事。2010年からオーストラリア連邦政府金融庁(APRA)で役員秘書として勤務し、現在に至る