フットボール界広しといえど、鈴木宏明(51)ほどユニークな経歴の持ち主は珍しい。実年齢より若く見える日焼け顔は、いかにもフットボール・コーチという相貌(そうぼう)。だが、どこかその世界の叩き上げとは違う佇まいを感じるのも、彼が21年間教職にあったと聞けば頷ける。
現在、QLD州唯一のプロ・クラブ、ブリスベン・ロアのアナリストの鈴木。昨季所属した壇崎竜孔(現ウエスタン・ユナイテッド)の通訳としてロアと関わり始めたが、檀崎の退団後には取得ずみのストレングス&コンディショニング(S&C)のライセンスを生かしてS&Cコーチ・アシスタントも務めた。積極的に担当業務以外の仕事も手伝い勝ち得た信頼と経験で、本格的に始めてからまだ日は浅いものの、持ち前の探究心で周囲が驚くほどの速さで習得した分析のスキルを生かし、今季はアナリストとして帯同する。
そんな鈴木のフットボールとの出会いは、プレイ経験が少ないながらスクール・チームの監督を任された駆け出しの教師時代まで遡る。その後、自身の一粒種が所属するクラブでのあるコーチ(筆者注:元ブリスベン・ロア・ウィメン監督ジェイク・グッドシップ)との出会いで育成年代のコーチングの深淵に触れ、更にのめり込んだ。いつしか、自身も「お前にうちの息子を見てもらいたい」と言われるコーチになった鈴木は、B級ライセンスを取得して本格的にコーチングに情熱を傾けた。
そんな彼の一大転機は2年前。コロナ禍の渦中、「いつまでこれをやり続けるんだろう」と感じ始めていた教職に見切りを付け、 “アラフィフ”にしてプロ・コーチの道を歩み始めた。一見、無謀とも思える転身に懐疑的な周囲の目もどこ吹く風とばかりに走り抜けた独立後の2年間。前述のロアだけでなく、請われて育成年代の州選抜チームのコーチにも就任、自らのコーチングの原点のオリンピックFCではS&C主任コーチとして男女選手の育成全般に携わるなど、充実の日々を過ごす。
教職を去った2年前、自ら予想もしていなかった未来を現実に変えながら、成長を続ける生き様は眩しい。ロアのルチアーノ・トラーニ暫定監督が「ヒロほど探究心旺盛で献身的に働く人間はいない」と評する男の好奇心と探究心は止まることを知らない。人間万事塞翁が馬──「いつどんなチャンスがあるか分からないなら進むっきゃない」と究極の大器晩成の道をひた進む。そんな男の生き様は、やっぱり眩しい、いや眩しすぎる。
植松久隆(タカ植松)
ライター。タカの呟き「今回から当連載がウェブ版のみで毎月更新に変更となった。10年以上の長きにわたり続いた紙面連載の終了には隔世の感もしきりだが、これも逆らえない時代の趨勢だろう。掲載頻度が毎月と旧に復したことをプラスに捉えて、今後もフットボール界隈の人間模様を切り取っていきたい」