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オーストラリアの田舎で暮らせば⑯森の住まいの災害対策

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 国内外での自然災害の報道が途切れずに続いたオーストラリアの夏休みだった。被害の重大さを知るにつけ、森に囲まれたサウス・コーストの田舎町でも生活スタイルに適した災害対策を取らなくてはと身が引き締まる。家屋の防災や情報収集、非常用持ち出し袋、そして避難できない時の備えもだ。異常気象などにより世界中で自然災害が増加する中、オーストラリアの片隅の田舎町で向き合うべき災害対策について考えた。(文・写真:七井マリ)

避難路が失われやすい田舎の暮らし

晴天時は歩きやすい森の中の私道だが、大雨が降れば川のようになる

 12月、オーストラリア各地でサイクロンや集中豪雨などの悪天候が相次いだ。暴風雨で建物の屋根が吹き飛び、直径5~10センチの雹(ひょう)が降り、24時間で870ミリもの致命的な雨量を記録した町もあった。当地では家族の一大イベントであるクリスマスを、停電や洪水被害のさなかで迎えた人びともいた。

 それらの惨事と連続して報じられたのが、元日の能登半島地震。破壊された街並やそこに立ち尽くす人たちの姿から、現地の痛みや不安の大きさがオーストラリアにも伝わってきた。被災地から離れた場所でも被害収束への願いを義援金などの形に替えながら、自然災害に備える必然性への認識を新たにした年末年始だったように思う。

 オーストラリアでは地震こそ滅多にないものの、暴風雨、洪水、熱波、森林火災は深刻化している。家屋の浸水や焼失、電気や水の停止、通信障害など、起こり得る危機に目を向けておく必要があるのは国や地域を問わず同じだ。ただ、災害時の注意点は住まいの立地や周辺環境によって相違があることを、被災地を映す報道を通して今一度考えさせられた。

 私が暮らす田舎町はかつて住んだシドニーほど道路が入り組んでおらず、言い換えれば1本の車道が寸断されただけで避難路が失われる可能性がある。周りには森や草地が多く、乾燥した状態で火事が起これば燃え広がりやすい。海や川からは距離があるが、土は粘土質なので大雨が降ると水はけが悪く、避難中に車のタイヤがぬかるみにはまったらアウトだ。近隣エリアでは鉄砲水や洪水のリスクもある。自分が暮らす環境の特性を理解することは、災害への対応方法を知る一歩となるだろう。

立ち話も災害のリスクヘッジに

緊急時の救助の要請先やローカル情報を流すラジオ放送局の情報を冷蔵庫に貼った

 私が暮らすNSW州では、公的機関が自然災害情報を統合した「Hazard Near Me NSW」というスマートフォン・アプリが利用できる。このアプリは森林火災の警戒レベルの上昇や、近隣で発生中の水害や火災をマップ付きで知らせてくれるので重宝だ。

 他にも地元関連のニュース通知を受け取る設定や、地元ラジオ局の放送にアクセスする準備もしてあるが、防災の情報源は公的機関やメディアだけではない。近隣住民と交わす天候や周辺環境に関する雑談は、田舎ではリスク回避のための情報交換でもある。嵐が予報より激化しそうだと聞けば、家畜を早く小屋に入れるなどの対策が可能だ。豪雨の後の道路の陥没や倒木について教え合えば、あらぬ事故を防ぐことにつながる。セーフティー・ネットとしての地域コミュニティーの重要性を、シドニー在住時より強く感じるようになった。

 1人でいる時に火事で逃げ遅れたり困ったりしたら迷わず電話して、と親しい隣人に真剣な口調で言われたのは、過去の森林火災について話していた時だった。助けに行けるとは限らない、それでも何かできることはあるはずだ、と。地方部の魅力でもある人口の少なさや隣家との物理的な距離は、災害時には不利に働く可能性が否めない。だからこそ日頃のコミュニケーションを通じた地域の交流が急場を救う助けになると、田舎に長く住む人は理解しているのだ。新参者の私を気にかけてくれる隣人の温かさに、私も何か返せるようになれたら、と感じた出来事でもあった。

田舎ならではの避難の準備と防災

USB給電、ソーラー充電、手回し充電で駆動するラジオ

 災害からの避難をシミュレーションすると、田舎暮らしならではの留意点に気付く。責任があるのは人間の命だけではなく、飼っている家畜の命もだ。我が家の場合は大型の家畜でなくニワトリなので、時間に余裕があればあらかじめ安全な場所に移動させるか連れて避難もしやすい。それが叶わない場合は、せめて3~7日分の餌と水を与えていくことが推奨されている。

 火災が想定される時は、家屋を守るために車など燃えやすいものを遠ざけておく。納屋にある燃料式の芝刈り機や充電式の工具の、燃料缶やリチウムイオンバッテリーについても忘れないようにしたい。田舎でも都会でも、避難の直前には二次災害防止のためにガスの元栓を閉めてブレーカーを落とす。やるべきことは思いのほか多く、段取りが物を言うだろう。

 日本でいう非常用持ち出し袋に代わるものはオーストラリアでは「エマージェンシー・キット(emergency kit)」と呼ばれ、推奨される基本アイテムは州により若干異なるようだ。家にこもる状況を強く想定した防災備蓄品を兼ねている場合もある。各州政府が推奨する非常用の食料と水の量は概ね3日分だが、「ただし僻地の場合は追加で数日分の用意を」という一文のリアリティーがずしりと重い。

 ヘッドライト、雨具、衛生用品など既に持っていたアイテムに加え、複数の電源で使えるアナログのラジオは昨年用意したばかり。食品は持ち出し用とは別に2週間分以上を備蓄している。

ライフスタイルの利点を生かす

家庭菜園で生育中のキュウリ。夏場は食べきれないほどの量の野菜が育つ

 家の周りの排水路や雨樋をこまめに掃除するなど、家屋へのダメージを最小化する努力は防災の一環として継続が必須だ。私道が冠水や火災で通れなくなった場合に備えて、別のルートからも公道に出られるよう日常的に庭を整備しておこう、とパートナーと話し合っている。

 とは言っても、避難できずに陸の孤島のように閉じ込められる状況も真剣に想定しなくてはならない。もとより上下水道がなくタンクに溜めた雨水をろ過して利用しているエリアなので、災害時に水が使えなくなるリスクは低い。家庭菜園とニワトリが無事なら野菜と卵が採れ、食品の備蓄にプラスになるだろう。太陽光発電やバッテリーの活用をもっと考える必要がありそうだが、田舎暮らしのメリットも活用しながら自然災害に備え、自分に何ができるかを探り続けたい。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





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