Inverell, New South Wales Gemfields / Sapphire
NSW州北部、宝石ヶ原にあるインバレル(Inverell)。以前訪れたグレン・イネス(Glen Innes)の西、サファイアの産地として知られる人口1万人ほどの町。更に、町の南西にはダイヤモンド鉱山があったコープトン・ダム(Copeton Dam)、かつては町にパブが10軒以上建つほどゴールドラッシュでにぎわったビンガラ(Bingara)など、石掘りには堪らないスポットが点在するこの一帯は、20世紀初頭には中国大陸から多くの出稼ぎ労働者が押し寄せた。
そのころに採掘されていた多くの鉱山は既に閉山し、地域の大規模鉱業の歴史の幕は降ろされている。かつて鉱山だった土地は畜産業に転用され、今やこの地域は食肉生産量ではNSW州で2番目の規模を誇っている。大規模な鉱山は閉山したとは言え、サファイアやジルコン、トパーズなどの宝石はまだまだ採れる。グレン・イネスとインバレルで採れた良質のサファイアは、2つの町にまたがる国立公園から名前を拝借して“キングス・プレイン・サファイア”というブランドで市場に出回っているくらいだ。
実は、この名前にはちょっとした裏話がある。今をさかのぼること100年以上、1900年代に豪州で中国大陸からの出稼ぎ労働者が亡くなると、その亡骸は彼らの母国政府の要望により母国の家族の元に棺に入れて送り返す決まりになっていた。しかし、遺体葬送だけに収まらないのが、中国大陸からの人びとのたくましさ(?)。なんと、亡骸の入った棺の下に掘り出された宝石をびっしり敷き詰めての密輸が横行していたのだ。
豪州政府がその組織的犯罪を暴いたのは鉱山ブーム後期だったので、今となってはいったいどれだけのインバレル産のサファイアが海外流出したかは不明だ。しかも、その中には高価なスリランカ産サファイアとうたって出回っていた物もあるというから、何とも残念な話だ。
そんな過去を経て、“キングス・プレイン・サファイア”は近年、ようやくブランドとしての認知度を高めてきている。歴史的経緯が示すように、この一帯のサファイアは高値で取り引きされる高品質のスリランカ産にも勝るとも劣らない品質を誇り、純粋なインバレル産サファイアは希少価値が高く、高値で取り引きされる。
実はこのインバレル、トレジャー・ハンターとしての筆者の原点として思い入れのある町でもある。日本にいる姉に9月の誕生石サファイア、しかも、自分で見つけたものを贈りたいと、毎年7月の自分の誕生日の週末にサファイア探しに来ることを恒例としていた。そのうちこの町での体験を通じて、どっぷりと石の世界に魅せられていったことで今のトレジャー・ハンターが存在しているのだから、インバレルは筆者にとっては大事な原点なのだ。
この町で宝石探しを始めたころ、町の北部には2カ所サファイアが掘れる有料キャンプ場があった。そのうちの1軒は、コロナ禍前にオーナーが高齢のために閉鎖。コロナ禍をなんとか生き抜いたもう1軒、筆者が足繁く通った町の中心部から北東約15分にあるのが“ビラボン・ブルー”。コロナ禍の直撃で客足がパタリと止まった2019年、長年このキャンプ場の顔だった管理人のギャリーさんが亡くなり、その後は高齢のオーナーが自らキャンプ場を切り盛りしていた。それでも、コロナ禍の影響で以前のように毎日営業することは難しくなり、週末だけの営業、いつしか、スクール・ホリデー中の週末だけの営業と尻すぼみになり、ついに23年、オーナーが高齢を理由に手放すことを決断をした。
先細りの状況に少なからず閉鎖を覚悟はしていたが、いざ、それが現実になると……。知らせを受けて、残念な気持ちと同時に「オーナーが土地の所有権を手放す前に、なんとか最後にもう1度だけ掘りたい」との思いが沸々と湧いてきた。さっそく、オーナーに連絡すると「トミヲなら問題ないよ」と快諾してもらう、最後になるかもしれないビラボン・ブルー遠征とあいなったわけだ。
当日は、快晴で風も緩やかな最後を飾るのに相応しい絶好の石探し日和。鍵が掛かった正面ゲートではなく、オーナーから教わった別口から敷地に入る。誰もいない敷地内は静寂に包まれ、オフィスや休憩場のテーブル、サファイア探しのための用具のある物置小屋などはホコリをかぶり、しばらく人が訪れていないのが容易に伺える。当然ながら、キャンプ場は荒れ放題。常に人がいてにぎやかだった時代を知っているだけに、変わり果てた姿に胸が締め付けられる。
大きく深呼吸して気持ちを整え、いざ、キャンプ場の横を緩やかに流れる小川でサファイア探しを開始。川の水は足が凍りつくほど冷たく、一瞬で鳥肌がたつ。なんせ、足元にはあるべきはずの長靴がない。これは“遠征時のあるある”なのだが、毎回、何かしら忘れ物をしてしまう。今回はそのまさかが長靴……ということで、素足で水に浸かったが早々に限界に達し、川底の石をあきらめて川沿いにむき出しの大きな岩の周りをアタック。スコップとピックで掻き出した岩の周りの土を篩に盛り、凍える冷たい川の水で洗うと、初っ端からサファイアの極小粒がキラリ。幸先が良い。
ただ、その後は1時間ほど同じ工程を繰り返しても、出てくるのは透明で奇麗だが研磨できない小さいサイズのサファイアばかり。一応出ることは出るので、あきらめずに岩の周りを考古学者のように丁寧にブラシを使い掘り進めていたら、どうだ! 土を洗い流した石の間から、ギラりと自己主張の強い光が飛び出ている。
「やった、大きいぞ!サファイアだ!」
劈(へき)開面(筆者注:鉱物が自然に割れた時にできる面)の真っ平らな断面からスター・サファイア特有の金属味を帯びた輝きが瞳孔に突き刺ささる。カボション・カットで表面を丸く研磨すると、黒地に金色の6条のスターが輝くブラック・スター・サファイアの原石に違いない。携帯電話のライトを当てると端の部分が黄色っぽく透けて見える。サイズも22.5カラットと、仕上がりが楽しみななかなかの大物だ。
その後も岩の周りを掘り進めながら、日暮れまでサファイア探しに没頭する至福の時間を過ごして、これまで幾度となくお世話になったビラボン・ブルーに別れを告げた。最後の最後にこんなすてきな誕生日プレゼントをくれるなんて感無量。今日というすばらしい日の体験と感動をその光に閉じ込めたサファイア。これからどれだけ時間が経っても、この石を見るだけで“今日”の記憶の引き出しを開けることができる。またもや、一期一会の出合いを経験できた。これだから石探しはやめられない……なんて、いつものお約束で締めるかと思いきや、ここで後日談。
自分が訪れた2カ月後、友人がインバレルを訪れると、なんとまだビラボン・ブルーが同じオーナーの元で営業を続けているとのこと。おそらくは、買い手との値段交渉がうまくいかなかったのだろう。高齢のオーナーには申し訳ないが、自分には予期せぬ朗報。もちろん、いつオーナーが変わるか分からないが、また遊びに行ける可能性が残っているのはうれしいことだ。
そして、その友人がビラボン・ブルー敷地内を散歩していて見つけたというサファイアを見せてくれた。青と緑が混ざった透明なパーティー・サファイア、60カラット……うらやましすぎる。「次こそは、俺が更なる大物ゲットだぜ!」と、さっそく、次回のインバレル遠征の予定を立て始めるのだった。
やっぱり、石探しはやめられそうにない……苦笑。
このコラムの著者
文・写真 田口富雄
在豪25年。豪州各地を掘り歩く、石、旅をこよなく愛するトレジャー・ハンター。そのアクティブな活動の様子は、宝探し、宝石加工好きは必見の以下のSNSで発信中(https://www.youtube.com/@gdaytomio, https://instagram.com/leisure_hunter_tomio, https://www.tiktok.com/@gdaytomio)。ゴールドコースト宝石細工クラブ前理事長。23年全豪石磨き大会3位(エメラルド&プリンセス・カット部門)