リーダーの視点で見る日豪関係 協力深化の背景と可能性 ─ 豪日経済委員会(AJBCC)最高執行責任者 リチャード・アンドリュース インタビュー

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【第30回】最先端ビジネス対談

 日系のクロス・カルチャー·マーケティング会社d o q ®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、現在は日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は、豪日経済委員会(AJBCC)の最高執行責任者を務め、日本での交換留学経験や、豪日間の経済関係に関する報告書執筆などの実績を持つリチャード・アンドリュースさんにご登場願った。
(撮影:クラークさとこ

PROFILE

リチャード・アンドリュース(Richard Andrews)
豪日経済委員会CEO。元上級外交官及び公務員。2016年から2020年までアイルランド駐在オーストラリア大使を務め、2014年のG20サミットに向けたオーストラリアの国際ステークホルダー・エンゲージメント・プログラムの設計と実施に携わり、在京オーストラリア大使館の上級幹部チームの一員として2011年に日本で発生した地震、津波、原子力災害へのオーストラリアの対応で重要な役割を果たした

PROFILE

作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得


作野:キャリアの背景と、どのような経緯でAJBCCのCEOになったのかを教えて頂けますか。

アンドリュース:私はイングランドで生まれましたが、ビクトリア州の中学校に通いました。通っていた学校の日本語プログラムが非常に充実していたことが、日本語との最初の出合いです。漢字やひらがな・カタカナが“秘密の言語”のように見えて、若いころの私にはとても魅力的でした。高校卒業後、「6年間学んだのにまだうまく話せない」と感じ、1982年に交換留学生として神戸に1年間滞在しました。この体験が大きな転機となり、大
学ではシドニー大学で日本語を専攻。卒業時、日本企業で働くか、オーストラリア企業で日本関連の仕事に就くかを考えましたが、最終的には外務貿易省(DFAT)を選びました。語学と異文化理解を生かせる幅広いフィールドがあったからです。DFATでは複数の国に赴任し、日本にも二度駐在しました。最後の任務はアイルランド大使です。振り返っても、DFATへの決断は間違っていませんでした。さまざまな文化の中で働きながら、常に日本との関わりを維持できたからです。

作野:そのような旅を経て、AJBCCのリーダーになられたのですね。現在のリーダーシップ・スタイルを形成した出来事や、心に残るメンターはいましたか?

アンドリュース:1人に絞るのは難しいですが、大きな影響を受けた言葉があります。それは「リーダーにとって重要な唯一の資格は、人びとを“ついて来させる”ことができるかどうか」。私はこの“ついて来させる”を、“一緒に歩いてもらう”という意味でとらえています。私は使命志向型で、目標を明確に持って動くタイプです。しかし、自分だけでは成し遂げられないことが多い。だからこそ周囲を巻き込み、熱意を共有してもらう方法を常に探してきました。重要なのは、自分がどこで違いを生み出せるかを理解することです。

作野:小さなチームだからこそ、有限なリソースを最大化して本質的なインパクトを作ることが大事ですよね。私はより商業的な形でそれらの実践を心掛けていますが、AJBCCは非営利組織として少しやり方も異なると思います。チームを率いる上で、最も大切な哲学は何ですか。


アンドリュース:チーム選びです。もちろん能力は必要ですが、それ以上に、自分の仕事を“信じられるか”が決定的に重要です。私のチームはその点で非常に恵まれています。小さな組織では、求められる仕事量が給与の範囲を超えることがほとんどです。だからこそ、日豪関係に貢献したいという個々の情熱が不可欠です。また、我々の活動が多くの人の共感を得られるという実感も大切です。「それは良い取り組みだ、私も関わりたい」という声が広がることで、活動が加速するからです。幸運なことに、現在、日豪関係への注目がかつてないほど高まっています。コロナ後の観光増加、消費者の日本志向、両国の経済構造の変化など、さまざまな要因が関心を押し上げています。

作野:マーケターとしての視点では、日豪間における消費者が両国間の関係と交流にどのような影響を及ぼしているのかが非常に重要であると考えます。例えば観光です。昨今、訪日するオーストラリア人は急増しています。しかも一度きりではなく、繰り返し訪れるケースが多い。2025年は100万人以上の豪州訪日客数を達成すると見込まれています。その流れで何が起きているのかというと、オーストラリア人は日本旅行で得られる体験や価値を、日常生活の中でも求めるようになっているのです。これは食品産業やレストラン業界にも大きく影響しています。旅行者が増え、オーストラリア国内でも本格的な日本のモノやコトを求める消費者が増え始め、結果として各業界において高いレベルの本物の日本が求められる傾向にあります。

脱炭素とエネルギーが生む新時代の協力


作野:AJBCCが注目する日豪の成長分野について伺えますか。

アンドリュース:主に3から4分野あります。創設以来の柱である資源・エネルギーは、脱炭素化の流れで新時代へと移行しています。日本はオーストラリアの第2位の輸出相手国であり、その約70%を石炭とLNG(液化天然ガス)が占めています。これらは日本のエネルギー供給の根幹であり、同時に非常に炭素集約的です。脱炭素化によってこの取引が縮小すれば、両国は大きな課題に直面します。だからこそ、2050年に両国が互いのエネルギー安全保障を守りながらカーボンニュートラルを達成しつつ、今日と同じように互いが重要な存在であり続けるための“共同作業”が必要です。AJBCCはここ数年、パートナーとして脱炭素にどう取り組むかを議論する場を積極的に作ろうとしてきました。これは両国にとって不可欠なテーマです。

作野:観光も双方向で大きく変動しますよね。

アンドリュース:はい。オーストラリアドルと円の関係は非常に大きいです。1982年の留学時、1豪ドルは250円でしたが、90年代後半には50円台まで落ちました。今では豪ドルの価値が大きく変わり、オーストラリア人にとって日本は「高い国」ではなくなっています。観光は経済の変動を反映しますが、多くのオーストラリア人が日本を訪れることで、相互理解や友情が深まり、結果として両国の関係を強くします。

作野:為替が反対方向に振れれば、観光動向は大きく変わりますよね。ただ、もう少し広い視点で見ると、日本人は円安でもハワイに行きますし、ヨーロッパにも行きます。通貨が有利ではなくても、選ばれる観光地がある。だからこそ私は、オーストラリアの観光産業がもっと魅力を発揮し、選ばれる理由を増やすべきだと考えています。

アンドリュース:確かにそうなって欲しいですね。私がこの職に就いたころ、その少し前から、日豪関係を大きく転換させた複数の要因がありました。まず1つはコロナです。これは私たちの組織にも大きな影響を与えました。もう1つは、中国によるオーストラリア政府への批判に対する公然とした経済的措置をきっかけに、オーストラリアと日本の双方が、中国を商業パートナーとしてどう位置付けるかについて見方を改めたことです。そしてもう1つ重要なのが、両国が「2050年までのカーボンニュートラル」を掲げたこと。これら全てが、日豪両国の関係を再評価する契機となりました。その見直しの過程で、両国は多くの“良い可能性”を再発見できたと思います。特に、エネルギー分野の議論が技術協力の議論へと発展したことで、日本側の関係者は、オーストラリアの研究領域がどれほど高い実力を持っているのか、そして多くの科学技術がオーストラリアから生まれていることに改めて気付いたのです。同時にオーストラリア側では、「優れた技術があるなら、日本企業とのパートナーシップは非常に有効である」という理解が深まりました。また、日本政府がイノベーションやスタートアップ支援を強く後押ししていることも、両国の新しい連携を後押ししています。こうした新たな組み合わせが続々と生まれつつあり、非常に興味深い展開が進んでいると思います。

作野:今後特に期待できる技術分野は何でしょうか。

アンドリュース:あまり広く知られていないのですが、量子コンピューティングと宇宙産業です。大学やスタートアップ企業から生み出される世界をリードするオーストラリアの量子技術が大きな注目を集めています。宇宙では、日本の高い技術力とオーストラリアの広大な地理的条件が非常に相性がよい。打ち上げ拠点としての価値があり、商業的協力の可能性も大きく広がっています。

深化する日豪の防衛・人材協力



作野:次に防衛の話しについて伺えますか?

アンドリュース:ご存じの通り、オーストラリア政府は三菱重工業のもがみ型フリゲート艦を、次世代フリゲート能力の基礎として採用する方針を決定しました。契約交渉は現在も続いていますが、これは非常に大きな転換点です。防衛調達はメディアによる厳しい監視や批判を受けやすい分野ですが、今回の決定は私のキャリアでも例を見ないほど好意的に受け止められており、両国関係の強さを象徴しています。私が日本語を学び始めてから50年になりますが、この間の日豪関係の変化は劇的です。かつては「必要なものを相互に取引する」商業的な関係でしたが、今や防衛・安全保障といった国家レベルの協力へと関係が成熟しました。信頼がなければ成り立たない分野です。AJBCCでは、防衛・安全保障・宇宙産業の諮問委員会を設置しましたが、これは現在最も成長している協力領域です。防衛だけでなく、サイバー、AI、量子、宇宙など、国家安全保障に関わる分野で大きな可能性が広がっています。

作野:80年前、日豪は戦い、終戦を迎えました。そこからビジネスや人の交流が始まり、今では双方の国家防衛において非常に強固なパートナーになったわけですね。

アンドリュース:まさに「親友」と言ってよい関係です。ローウィ研究所による世論調査でも、日本は最も信頼されている国の1つとして常に上位に位置しています。今は文字通り“黄金時代”です。この関係を維持することが私たちの役割でもあります。

作野:長期的にこの関係を持続させるには、何が必要だと思いますか。



アンドリュース:鍵となるのは「十分なスキルと関心を持つ人材をどう確保し、継続的に関与してもらうか」です。多くの人が「以前日本語を学んだ」「日本に住んだことがある」と話しますが、今は関わっていないケースが多い。潜在的なコミュニティーをどう掘り起こし、スキルを維持・強化してもらうかが課題です。この関係の大きな変化は、人間中心になっていることです。これからは、何十年やってきたことをそのままやり続けるだけでなく、新しい産業を作る必要があります。しかし新しい産業を育てるには、人と人が継続的に話し続ける仕組みが必要です。英語を共有する英国などと比べても、オーストラリアと日本の人間関係維持は簡単ではありません。

作野:つまり、長続きする人間関係と同じで、コミュニケーションが鍵ということですね。特に言語学習は象徴的だと思います。人口の少ないオーストラリアで、日本語学習者数が世界4位、日本より人口が多い国や隣国を省く西洋圏の国で1位というのはすばらしい成果です。ただ、これを維持できるかどうかが課題ですね。

アンドリュース:日本語は英語話者にとって習得が難しい言語ですから、「使えるレベル」になるには努力が必要です。1980年代には「日本語を学べばキャリアに直結する」という明確なインセンティブがありましたが、今は他国・他言語が競合しています。だからこそ、日本側も「なぜ日本語を学ぶ価値があるのか」という新たな魅力を提示する必要があります。一方で、若い世代はテクノロジーを活用して学んでいます。日本に行ったことがなくても、YouTubeやアプリを使って独学で日本語を習得する人が増えています。また、AI翻訳も重要です。私自身も頻繁に使用していますが、AIはコミュニケーションを容易かつ効果的にする非常に強力なツールです。「AIを使うのはズルだ」と感じる瞬間もありますが、実際には双方の理解を深める助けとなっており、むしろ歓迎すべき進歩です。

作野:時代が変われば学習方法も変わりますが、大事なのは双方が好奇心を持ち続けることですね。

アンドリュース:その通りです。AJBCCでは「Future Leaders Program」を運営し、若い世代が言語やスキルを仕事に結びつける手助けをしています。彼らは「Australia-Japan Career Launchpad」を立ち上げ、スキルが生かせる分野と若者をつなぐプラットフォームを作っています。言語とキャリアの接点を示すことが、学びの継続につながると考えています。

豪関係をモデルへと導く使命


作野:この仕事であなたがインスピレーションを得続ける理由は何ですか。

アンドリュース:私はオーストラリアとその国益に強い信念と情熱を持っています。そして日本との関係にも深い思いがあります。今、両国が協力して関係を新たなレベルに引き上げられる絶好の機会があり、その可能性が私を突き動かし続けています。夢の仕事とは「自分が重要だと信じることに取り組み、変化を生み出し、同じビジョンを共有する人びとと働くこと」だと思っています。今の仕事はまさにそれを満たしています。更に重要なのは、日豪が「それぞれ解決してから協力する」のではなく、最初から「一緒に考える」姿勢を持つことです。脱炭素化はその代表例です。例えば、従来のようにオーストラリアで採掘した鉄鉱石や石炭を日本に送って製鉄するのではなく、日本の鉄鋼会社がオーストラリアで製鉄事業に投資し、現地の水素を活用するという未来も考えられます。両国の排出量削減に効果的で、まさに「共に考える」ことで生まれる解決策です。

作野:10年後、20年後の日豪関係について、どんな未来を思い描いていますか。

アンドリュース:今の良い流れが続けば、関係は更に強固になるでしょう。私の夢は、両国が「共にアイデアや政策を発展させ、地域全体に影響力を持つパートナーになること」です。来年は日豪友好協力基本条約50周年でもあります。他国が「日豪関係をモデルにしたい」と言ってくれるような関係こそ理想です。AJBCCが設立された1960年代、日豪代表団はテーブルの両端に分かれて座っていました。しかし次のステップは「円卓に座ること」です。双方が対等な立場で、地域全体の未来を共に議論する場を作ること。これが私たちの目指す姿であり、時間が掛かっても実現したいビジョンです。

作野:ありがとうございました。

(2025年11月17日、シドニーで)





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