
日本を代表する牛丼チェーン吉野家は、2004年にオーストラリアへ進出し、シドニーを中心に店舗展開を進めた。しかし、わずか5年後の2009年までに全店舗を閉鎖し、市場から撤退している。牛肉大国オーストラリアで、なぜ牛丼チェーンは定着しなかったのか。その背景を探る。
オーストラリアは牛肉消費量が多く、日本食人気も高い国であるため、一見すると牛丼チェーンは成功しやすいように思える。しかし実際には、吉野家のビジネスモデルはオーストラリア市場にうまく適応できなかった過去がある。
吉野家の強みは日本人であればご承知のとおり「早い、安い、うまい」である。日本では短時間で安価に、かつおいしく食事できることが最大の魅力だ。しかしオーストラリアでは、人件費や店舗運営コストが高く、日本と同じ価格帯を維持することが難しかったということが当時の背景としてある。結果、牛丼は「ファストフードとしては高いが、レストランとしては簡素」という中途半端な立ち位置になったのだ。
オーストラリアは牛肉大国であるが、それは必ずしも牛丼に有利という意味ではない。吉野家の牛丼は、薄切り牛肉を甘辛く煮るという日本独自のスタイルであり、必要とする部位や加工方法が限定される。オーストラリアでは牛肉は豊富でも、日本の牛丼に適した原料調達コストは安くなかった。さらに、日本のような大量仕入れによるコスト削減も、店舗数が少ない豪州では難しかった。牛肉は豊富でも、“吉野家の牛丼に合う牛肉”は安くなかったというわけだ。
更に、日本では「手軽な日常食」ではあっても、オーストラリアにはその食文化がなかった。現地の消費者にとって、牛丼は「丼飯中心で単調」「野菜が少ない」「見た目が地味」という印象に映った。日本では「早くて安い満足飯」であっても、オーストラリアではいわゆる「茶色いご飯もの」に見えてしまうわけだ。味の問題よりも、牛丼の価値”が現地で共有されていなかったことが大きかったわけだ。

2000年代前半のオーストラリアでは、日本食といえば寿司、照り焼き、天ぷらなどが人気だった。これらは視覚的に分かりやすい点に加え、実際はさておき「ヘルシーでおしゃれ」なイメージが伴う。一方、牛丼は、見た目のインパクトが弱く、日本食としての特別感も薄い。つまり、日本食だから食べたいと訴求力の弱さもあったのではないか。
一方、現在のオーストラリアでは、丼ものやラーメンなど日本のカジュアルフードも広く受け入れられるようになった。だが、吉野家が進出した2004年当時は、まだその市場が成熟していなかったと言えるだろう。もし現在進出していれば状況は違った可能性があるが、当時は市場のタイミングが合わなかったと言えるかもしれない。
当時、吉野家がオーストラリアで成功しなかった理由は、牛丼自体が受けなかったからではなく「安さを維持できなかった」「そもそも牛丼文化がなかった」「日本食としての認知が弱かった」「市場参入のタイミングが早かった」などの要因が重なり、日本で成功したビジネスモデルをそのまま豪州へ持ち込んでも通用しなかったのというわけである。
日本の認知がかなり高まりを見せている今、「日本と同じ形ではなく、現地市場に合わせた形でなければ難しい」という前提条件化ではあるが、牛丼はオーストラリアでも受ける可能性はあるだろう。期待したい。