5月22日、NSW州のアッパー・ハンター同州下院選挙区で実施された補欠選挙は、与党国民党の新人候補であるエンジニアのレイゼルが当選を果たしている。それに伴い、同州野党労働党の求心力が低下し、結局、野党リーダーであったマッケイ女史が失脚し、新リーダーにミンズ前影の運輸大臣が就任している。
州下院補欠選挙の実施
そもそも補欠選挙では、反与党スウィング、つまり前回の選挙と比較して、与党から野党への票の移動が観察される、要するに、与党の得票数が減少することが一般的である。その理由は、自分が支持する政党であれ、有権者は常に時の政府に何らかの不満を持つのが普通であるからだ。
そのため、一部有権者は補選において、抗議の意味で、あるいは不満のメッセージを政府に発信するために、自分が政権党を支持しているにもかかわらず、野党候補に投票したりするのだ。しかも今回の補欠選挙は、例えば、現職議員が病死したといった理由からではなく、議員が自己都合で辞職し空席となった結果、それも売春婦への性犯罪容疑スキャンダルで辞職したことに伴い、実施されたものである。
この事実だけでも、通常以上の反与党スウィングの発生が予想されたのだが、実は同選挙区はマージン/安全度がわずかに2.6%に過ぎないという、超激戦選挙区であった。そのため、与党が勝利するのは「奇跡」、とのベレジクリアン州首相の発言は大袈裟過ぎたとしても、与党保守連合の懸念は本物であったと言える。
選挙帰趨(きすう)の決定要因
与党保守連合の勝因を2つだけ挙げれば、まず第1に、リーダーのベレジクリアンに対する評価の高さである。人柄の良いベレジクリアンは元々、州民からは好かれてきたが、それを如実に示したのは、昨年の前半に同州与党自由党議員が汚職容疑で追及を受けた際であった。
この年配の現職議員は、ベレジクリアンと恋愛関係にあり、しかも当時依然として交際中の人物であった。ベレジクリアンは独身であるし、相手の議員も離婚していたことから、モラル的な問題はなかったものの、現役の州首相の恋人による汚職疑惑であっただけに、ベレジクリアンが深刻なダメージを受ける危険性もあったのである。ところが、地元有権者の反応はベレジクリアンに極めて好意的なもので、そういった地元民の強い擁護もあって、ベレジクリアンはほぼ「無傷で」同スキャンダルを切り抜けている。
附言すれば、ベレジクリアンは「超が付く仕事中毒」で、これまでに浮いた噂もなかった。そのため、当時の交際スキャンダルも、むしろ好意的、あるいは微笑ましく見られたという事情もあった。ただ、人柄もさることながら、ベレジクリアンへの高評価とは、何と言っても、新型コロナウイルス感染対策を通じて獲得されたものであった。
確かに、州境規制、封鎖問題でタフ路線に終始し、評価を高めたWA 州のマクゴーワン労働党州首相やQLD州のパラシェイ労働党州首相とは異なり、ベレジクリアンは経済復興重視の観点から、州境封鎖問題ではソフト路線であった。ただ、NSW州は感染経路の追跡、分析などでは全国でも最高のシステムを構築しており、また沈着冷静な姿勢とも相まって、ベレジクリアンのリーダーシップが高く評価されてきたのである。
こういった事実が、今次補選での与党の勝因ともなった。
第2に、上述したように、個人的評価の高いベレジクリアンだが、実のところ政権の基盤はかなり脆弱で、皮肉なことにその事実が勝因の1つともなった。すなわち、下院で過半数を獲得していないという危険な状況によって、今次補欠選挙での政府への抗議票が通常よりも減少したことだ。
その理由は、こういった有権者が望むのは、政府に不満のメッセージを発信し、それを受け取った政府が、反省してそれまでの姿勢を改めることであり、政権を交代させることではない。ところが、現在ベレジクリアンを取り巻く状況というのは、下手に補選で抗議行動などすれば、ベレジクリアンの政権の屋台骨が崩れるとの懸念を抱かせるものである。そのため、通常は補選で発生する多数の抗議票、換言すれば、非政権党候補への投票が、大きく抑えられた可能性が高い。
野党労働党リーダーの交代
「あるいは」、との期待を抱かれていた労働党の候補が敗北を喫したことから、補選の直後には「続投」を宣言していたマッケイ同州野党労働党リーダーも、党内からの強い批判の声には抗(こう)し切れず、リーダーから辞任することを余儀なくされている。
これを受けて、NSW州労働党の「草の根」党員、並びに同州労働党の州議員による、後任のリーダー選出プロセスがスタートしたが、結局、リーダー選出選挙への出馬を表明したのは、ミンズ(41歳)前影の運輸大臣と、マッケイの前任のリーダーであったデイリー(55歳)の2人でだけであった。
ところが、労働党両院議員総会「コーカス」の多数が(注:合計50人)、ミンズを支持していることが明らかとなったことから、デイリーは早々にリーダー選挙への出馬を撤回している。その結果、同州「草の根」党員による郵便投票といった、時間やエネルギー、そしてコストも掛かる公選を経ずに、6月5日には、以前からリーダーシップを虎視眈々(こしたんたん)と狙っていたミンズが、NSW州労働党のリーダーに就任することが確定している。
ミンズは、15年州選挙で政界入りした、いまだに若手の議員である。上昇志向が極めて強く、また米国プリンストン大学で修士号を取得した知性派で、各種政策に通暁している。また15年NSW州選挙でコガラー選挙区から初当選する以前に、労働党NSW州支部書記長補佐や閣僚のチーフ・オブ・スタッフを経験していることから、選挙戦術や「政治」などにも通じている。更に、最近の歴代同州野党リーダーと比較した場合、ミンズの最大の特徴、長所は、前向きで明るいキャラクターであることだ。感染問題という、極めて暗い情勢が続く中、これはリーダーとして重要な資質である。
もちろん、保守連合政府のベレジクリアンは、感染対策では高いパフォーマンスを発揮してきたし、また人気も非常に高い。ただ、次期NSW州選挙までにはまだ2年近くもあり、それまでには、現職に有利となる「非常時」状況もかなり納まることが予想される。
前任のマッケイでは、早々と「勝負は見えた」と思われていたが、ミンズの登場で今後労働党の士気が上昇するのは確実で、それに伴い、次期選挙の勝敗にも不透明感が増したことは間違いない。
最後に、新リーダーのミンズの当面の課題だが、何と言っても最優先課題は、補選を契機に低下した党内求心力を強化することであろう。「党内不和」の状態で次期選挙に勝利することはあり得ず、ミンズは党内を結束させるべく、可及的速やかに行動する必要がある。