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連労働党の温室効果ガス新中期削減目標値/政局展望

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政局展望ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

 8月19日、野党労働党の影の気候変動担当大臣であるクリス・ボーウェンが講演。その中でボーウェンは、保守連合政府の現行の温室効果ガス新中期削減目標値、すなわち、2030年までに、05年時点での二酸化炭素ガス換算値の温室効果ガスの排出量を、26%~28%削減するとの目標値はあまりに生温いとして、目標値の増加をモリソン保守政府に対し要求している。それと同時にボーウェンは、来年の5月までには実施される次期連邦選挙の前に、労働党が新中期削減目標値を公表することを強く示唆している。

労働党の「ネット・ゼロ」目標

 前回連邦選挙から早くも2年数カ月が経過し、また次期選挙までには長くても8カ月ほどとなり、しかも、今年の11月にはスコットランドのグラスゴーで「気候変動枠組み条約第26回締約国会議」(COP26)が開催されることから、再度地球温暖化問題に関心が寄せられている。

 そういった中、労働党は具体的な政策については未だに公表していないものの、目標値については既に重要なものを1つ明らかにしている。それは、世界でも既に120カ国以上が採択を表明している「ネット・ゼロ」目標、すなわち、2050年までに温室効果ガスの排出量をネットでゼロにするという目標である。これは、新型コロナウイルス感染問題(COVID-19)が本格化し始めた昨年の2月に、党首のアルバニーゼが、労働党の地球温暖化対策の中核/戦略目標として、半ば単独的に公表したものである。

 アルバニーゼの「ネット・ゼロ」政策採択の背景には、次期連邦選挙では地球温暖化問題が重要選挙争点となり、しかも温暖化対策への積極さが選挙上も大いに有利になる、との当時のアルバニーゼの確信があった。そして、そのようにアルバニーゼが確信した背景には、一昨年の9月ごろから国内で発生した異例な規模の山火事、それに伴って、再度地球温暖化現象への国民の注目度が高まったこと、更に大規模山火事の重要要因が温暖化現象にあると考える国民が、より積極的な温暖化対策を政府に要求するようになった、との諸事情があった。

 ただし、アルバニーゼ野党の「ネット・ゼロ目標年」採択宣言は、政治的にリスキーなものである。最大の理由は、重要であるのは、50年に「ネット・ゼロ」にするとして、いかなる手段でそれを達成するのか、そして経済モデルによって、採用する手段が国民の生活コストや雇用、経済成長全般にいかなるインパクトをもたらすのかを示すことにあるが、アルバニーゼが信頼に足る分析結果を提示できる見込みは低いからだ。

クリス・ボーウェン影の気候変動担当大臣
クリス・ボーウェン影の気候変動担当大臣

新中期削減目標値と次期連邦選挙

 ところがその後、「ネット・ゼロ」目標に対する、と言うよりも、地球温暖化問題そのものに対する労働党の熱心さは、以前よりも低下したかに見えた。その背景には、野党が「ネット・ゼロ」を採択した後に、新型コロナウイルスの感染問題が急激な勢いで拡大、深刻化したとの事情と、つい最近までは感染問題への対応ぶりが高く評価されてきたモリソン首相が、ワクチン接種問題への対応の遅さなどによって批判を浴びていること、そしてワクチン問題は次期選挙の実施時期にも継続している可能性が高い、とのアルバニーゼ野党の予測、計算があった。

 アルバニーゼとしては、次期選挙でも国民が最も関心を抱くであろうワクチン接種問題を唯一の選挙争点とし、これに関し政府を徹底的に叩くことが、最も効果的な選挙戦略との思いを抱いてきたのだ。ところが、地球温暖化問題をめぐる野党の今回の動きは、アルバニーゼがワクチン接種問題に加えて、やはり地球温暖化問題も争点化することが労働党にはプラス、と考え始めたことの証左と見なせるものである。

 その理由としては、第1に、間もなくCOP26が開催されることから、世界的にも温暖化問題に関心が寄せられていること、第2に、温暖化現象と結び付けやすい、大規模な山火事が、正に世界的規模で発生しており、更に各地で発生した記録的な豪雨と洪水、大規模な台風によっても、国民の間で温暖化問題が注目されていることに加え、他方で、第3に、NSW州やVIC州といった2大州での感染問題の拡大によって、ワクチン接種のスピードも急激に上昇しており、選挙時にも問題化しているとの労働党の「期待」もやや怪しくなってきた、などが挙げられる。

 ただ、アルバニーゼが地球温暖化対策を次期選挙で争点化したいならば、労働党の政策の信頼性の向上と、モリソン政府の政策との「差別化」が必須となる。その回答が、今回の新中期削減目標値の採択示唆に他ならない。「ネット・ ゼロ」という、39年後の遠い未来のみを語るのではなく、2030年もしくは35年時点という、現在からかなり近い時期の目標を明示することによって、政党の「本気度」が窺(うかが)われるからだ。

労働党の新中期削減目標値の行方

 ショーテン率いる労働党は15 年11月に、野党の地球温暖化政策の概要を公表している。ショーテン時代の労働党の中期削減目標値、すなわち、30年までに、05年時点での排出量を45%削減するという目標値は、この中に盛り込まれたものである。

 労働党の地球温暖化政策は、前々回の16年選挙の前に総括的なものが公表されたわけだが、実は19年前回選挙における労働党の温暖化政策も、基本的にはこれと同様なものであった。ただ周知の通り、ショーテンの過剰とも言える自信にもかかわらず、また国民や政治関係者の予想に反し、19年選挙は、モリソン保守政権が再選を果たすという大番狂わせに終わっている。

 当然のことながら、労働党は党の元大物政治家による選挙レビューを行うなど、徹底的に19年選挙を分析。その結果、敗因の1つとして、野心的な温暖化対応目標値を設定しておきながら、それを以下に達成するのかという方法論、そして達成するためにはいかなる「コスト」が掛かるのか、といった重要な点を提示しなかった、というよりもできなかったことから、政策の信頼性が著しく毀損されたばかりか、労働党の政権担当能力にも疑問符が付いたことが指摘されていた。

 結局、19年選挙後に誕生したアルバニーゼ野党労働党は、ショーテン時代の中期削減目標値を「ご破算」にしている。ただ温暖化問題を争点化したいならば、具体的な中期削減目標値を明示は不可欠と言える。そして、目標値の提示が温暖化対策における与党との「差別化」にある以上、近々に公表される目標値が、与党のそれよりも大きなものとなるのは確実である。

 問題は、政府の26%~28%よりは相当に大きいとして、ショーテンの45%からはどの程度低いかで、仮にほぼ同水準ということであれば、19 年選挙と同様に、経済運営能力の観点から、労働党の政権担当能力に疑問が呈されようし、また、労働党の資源派議員達の反発も必至である。他方で、比較的近い将来の目標値、換言すれば、予測や経済コストのモデル計算がより容易となる中期削減目標値を設定、公表する以上、労働党には目標達成へのより詳細な「行程表」を明示することが期待される。

 ただ果たして野党が、モリソン政府の精査に耐え得るような「ハウ・ツー」計画や「行程表」を策定できるかについては、やはり大いに疑問がある。

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