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政局展望「大番狂わせの2019年連邦選挙」

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大番狂わせの2019年連邦選挙

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

5月18日(土)に実施された、連邦下院の解散と連邦上院半数改選の同日選挙は、モリソン首相率いる与党自由党-国民党保守連合が、ショーテン率いる野党労働党に勝利するという、近年稀に見る大番狂わせの選挙となった。しかも辛うじてとは言え、保守連合は下院で単独過半数を獲得している。勝利に自信満々であった労働党は、当然のことながら茫然自失の体となっている。

労働党の勝利が予想された背景

5月18日夜、シドニーのウェントワース・ホテルで勝利宣言を行うスコット・モリソン首相(Photo: AFP)
5月18日夜、シドニーのウェントワース・ホテルで勝利宣言を行うスコット・モリソン首相(Photo: AFP)

豪州で政権が交代するのは、(1)現状維持志向の強い国民も長期政権にはさすがに飽きがきて、いわゆる「政権の替え時症候群」が発生する、(2)野党の政権担当能力の方が明らかに上に見える、(3)政府を懲らしめたいという国民の強い願望がある、といった明確な理由が存在する場合、少なくとも上記3要因の内の1つ以上が当てはまる場合とされる。

今次19年選挙の帰趨(きすう)を検討、予想してみた場合、上記(1)(2)が該当する状況にはなかった。ところが、労働党が下野した13年9月の選挙と同様に、(3)については当てはまる状況にあると考えられた。その理由、原因は、自由党の2度にわたる「首相降ろしクーデター」の存在である。

「お家騒動」や党内不和は、統治能力の欠如と解釈される。また有権者の政治家不信、政治不信を強めるものでもある。恒常的とも言える自由党の「お家騒動」、リーダーシップ問題によって、「自由党のブランド名」に深刻な傷がついてしまったのだ。その結果、保守連合政府への有権者の怒り、与党を厳しく懲罰すべきとの積極的な思いが醸成されたと考えられた。これを納得させたのが、前回16年選挙以降の一貫した、すなわち過去3年近くにもわたった、各種世論調査における労働党の圧倒的な優勢さであった。

各種世論調査の中で、最も信頼性が高いと評価されているのはニューズポール社の調査だが、16年7月2日の前回選挙以降、4月11日の19年選挙コールまでに実施されたニューズポール調査は、合計で53回であった。その内、重要な「2大政党選好率」で与党がリードしたのは実にゼロ回で、これに対して野党のリードは連続して51回、そして与野党同率が2回であった。

そのため選挙キャンペーンに入る前から、また入って以降も、選挙帰趨のシナリオ4つのうち、具体的には、①与党保守連合の楽勝、②与党の辛勝(注:2大政党ともに下院で過半数に満たない「ハング・パーラメント」の状況も含む)、③野党労働党の辛勝(注:「ハング・パーラメント」の状況も含む)、そして④野党の楽勝の4つのうち、最も蓋然(がいぜん)性が低いのは上記①と考えられた。逆に最も蓋然性が高いのは③もしくは④と予想されていた。

ところが今次選挙では、決して楽勝ではなかったものの、意外にも与党の勝利となったのである。附言(ふげん)すれば、選挙日夜の勝利演説の冒頭にモリソンは、「奇跡を信じてきた」と表現しつつ、今回の保守連合の勝利を形容していた。

与党保守連合の勝因/野党労働党の敗因

与党の勝因あるいは野党の敗因としては、(1)選挙キャンペーンにおけるモリソン首相の高パフォーマンス、(2)一方、モリソンとは対照的に、結果的に野党の足を引っ張ったのは、相変わらずのショーテン不人気、(3)野党は一転して「大きな標的戦略」を採用したものの、野党の野心的な経済政策が予想以上に国民の警戒感を刺激した、(4)政府に抗議のメッセージを発信したい、憤りを知らしめたいと考えてきた有権者の一部も、与党の敗北はほぼ確実との予想が蔓延していたことによって、政府への抗議行動、換言すれば、労働党への投票を差し控えた、(5)パーマー率いる豪州統一党(UAP)と選好票の交換ディールを結んだことによって、保守連合は、重要なQLD州で期待を大きく上回る戦績を上げた、そして(6)4月29日からスタートした事前投票が異例の増大を示したが、これはキャンペーンの序盤戦ではやや躓(つまず)き、一方、中盤から終盤にかけて評価をかなり高めてきた労働党には不利に働いた、などが挙げられる。ここでは、とりわけ重要な上記(1)と(3)に関して、より詳細に解説してみよう。

まず(1)だが、豪州では他の議院内閣制の国々と比べ、非政策争点のリーダーシップ問題が、選挙帰趨の決定要因としてより重要で、その背景には、世界的にもユニークな義務/強制投票制度を採用しているとの事情がある。

というのも、数多くの無関心層、無党派層が政党を選択する動機は、いきおい漠然とした各政党のイメージや好悪となり、そして有権者の漠然とした政党のイメージを形成する上で重要なのが、何よりもリーダーへのイメージや好悪であるからだ。そのため、通常選挙運動は与野党の党首が中心となる。

しかも、党首中心の選挙キャンペーンは近年になってますます顕著となり、メディアに登場するのはほとんどが与野党の党首だけとの状況である。今次19年選挙も典型的な「大統領選挙型」のキャンペーンで、とりわけ与党側でそれが顕著であった。

その背景には、まずモリソンが首相となって日が浅いことから、首相としてのプロフィルを確固としたものにする必要があったとの事情がある。また、そもそも庶民的、政策通、選挙通で、コミュニケーション能力も高いモリソンは、キャンペーンにはうってつけとの理由もあった。

一方で、モリソンに「ワンマン・バンド」の選挙キャンペーンを余儀なくさせる、与党側の事情もあった。それは、保守連合の有力政治家の多くが既に閣僚を辞任していたか、あるいは、今期限りでの政界からの引退を表明済みとの事情であった。いずれにせよ、孤軍奮闘といった悲壮感もやや感じられたものの、5週間にわたった選挙キャンペーンで、モリソンは見事なパフォーマンスを発揮している。

選挙キャンペーンにおけるモリソンの最大の貢献は、とりわけターンブル首相時代に顕著であった、政府と一般国民との間の距離を一挙に縮めた点であった。またモリソンが、少なくとも表向きは、与党の勝利を疑わず、最後の最後まで鋭意努力を続けたことは、党内の士気を維持したばかりか、有権者のモリソンへの関心を引くことともなった。野党は、長期にわたる権力闘争や与党内不和の状況を指摘しつつ、モリソンに「弱いリーダー」とのレッテルを貼るのに躍起となったが、極めて精力的に、しかも独力でキャンペーンを展開したモリソンには、効果は薄かったと言える。今次選挙での与党勝利の立役者、与党の最大の勝因は、間違いなくモリソンであった。

次に(3)だが、与野党リーダーシップへの好悪や評価と並び、有権者の投票行動を決定する上での重要要因であるのが、従って選挙争点として重要なのが、与野党の経済運営能力に関する有権者の評価である。

しかも、経済の先行きにやや不透明感が漂っている中、経済運営能力問題は今次選挙では一層重要なものであった。ただし、経済政策の詳細比較を通じた与野党の評価ではなく、有権者の経済への見方や印象、経済分野における与野党の能力に対する有権者の印象が重要となる。

今次選挙キャンペーンでは、この争点に関して与野党が、がっぷり右四つに組んで原理・原則の議論を展開している。すなわち、「安価な政府」かつ税負担軽減、そして「身の丈に応じた」歳出の与党に対して、「大きな政府」かつ強者への税負担増大、そして基盤的サービスへの歳出増加の野党という構図であった。

まず、持続的経済成長を前面に掲げる与党は、来年度に黒字転換することや、引き続き経済成長が持続していることなどを強調しつつ、13年9月以降の保守連合政権の「経済の舵取り能力」を自画自賛している。他方で、労働党政権が誕生すれば、その増税策によって経済が失速すると警鐘を鳴らしている。また労働党の財政再建予測、計画については、「前科」に照らして、またつい先日まで、コスト計算の詳細が欠如していたことに鑑(かんが)み、とても信頼できないと一蹴している。

これに対して野党は、経済成長が持続しているとしても、その果実は「社会的強者」のみが享受しているとしつつ、社会的公正、公平の観点から与党の経済舵取り能力を攻撃している。周知の通り、初期のショーテン野党は、「ネガティブ/反対一辺倒」路線や、いわゆる「小さな標的戦略(Small Target Strategy)」を採用し、政府の揚げ足取りに躍起となって批判を浴びてきたわけだが、最近では同路線から決別し、積極的に政策を公表してきた。それどころか今次選挙では、野党がこれ程の詳細政策を提示して選挙を戦うのは、1993年の「ファイトバック」選挙以降で初めて、との指摘すらあった。

こういったことから、ショーテン野党の「大きな標的戦略」への転換、すなわち、積極的な政策の策定、公表によって、野党にはビジョンがある、ひいては経済を任せられるとの評価が生まれるものと考えられたのである。

ただし、つい最近までの問題点は、野党の野心的な政策が、肝心のコスト見積もりやインパクト評価を欠くものであったことだ。ところが5月10日に野党は、連邦議会予算分析室に委託した、政策コストの詳細見積もりを早々と公表している。これは、経済の舵取りに関する野党の自信の現われであったと言えよう。

注目されたのはその内容であった。野党の各種経済政策の根幹、基本とは、富裕者や大事業体/多国籍企業といった「社会的強者」から資金を獲得し、それを低所得者や小事業体といった「社会的弱者」のために使用するという、「ロビンフッド/鼠小僧」政策、要するに所得再配分政策という点にある。ただ野党は、例えば教育や医療といった社会資本への支出を増大させ、また低・中所得層向けの大型個人所得税減税策を実施しても、与党以上の財政黒字を実現できると豪語していた。

もちろん、与党は「これまでに何度も黒字公約を破ってきた労働党の主張など、とても信頼できない」と一蹴したが、確かに労働党前政権の「体たらく」、公約破りに鑑み、労働党の主張を鵜呑みにはできなかったとは言える。

また莫大な増税策が、経済を失速させるとの懸念の声もあった。しかしながら、コスト計算を経た上での野党の財政健全化公約、しかも与党以上の財政黒字幅の達成は、伝統的に自由党の「十八番」とされてきた、経済運営/舵取り能力に関する労働党の評価を、かなりの程度上げるものと考えられたのである。

さらに野党は、経済面での能力を喧伝しつつ、その社会的公正の観点からの優位性も併せて誇示し、これも勝因になるものと予想されたのである。

ところが現実には、正に政権担当能力を誇示することを狙った野党の「大きな標的戦略」こそが、今次選挙における野党の最大の敗因になったと見られている。理由は、野心的な野党政策に対する有権者の恐れであった。確かに、野党の増税策、税収入増大政策で吸い上げられた資金も、基盤的サービスである教育や医療などへの投資を通じて国民に還元される。ただ、税と基盤的サービスには政治的観点から重要な相違点がある。それは、前者が国民にたやすく「痛み」が実感されるものであるのに対し、後者はその「ありがたみ」の実感が乏しいという点だ。要するに、増税策、それも莫大な税収入を見込んだ増税政策は、予想以上に国民の警戒感を刺激した公算が高いと言える。

しかも、野党の野心的な政策を国民に拒絶させる、他の要因が存在したことにも留意すべきであろう。

具体的には、①経済の将来にやや不透明感はあるものの、現在の経済は堅調であり、そのため依然として保守連合は経済運営能力が高いとみなされている、②野党の経済政策に的を絞った、与党のネガティブ・キャンペーンが効果を上げた、③ネガティブ・キャンペーンを奏効させた、経済政策分野での「労働党の負の実績」、そして④「野党政策が気に食わないのであれば、野党に投票しなければいい」という、ボーウェン影の財務大臣の傲岸不遜(ごうがんふそん)な姿勢への反発、などであった。

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