興味があるもの何でもリポート!
BBKの突撃・編集長コラム 不定期連載 第20回
第3次シドニー・ラーメン戦争、勃発!
「激動のシドニー・ラーメン戦争」と題し、2013年7〜8月の2カ月にわたって執筆したラーメン・コラム(第1回・第2回)がありがたいことに好評を博し、その後5ページにわたる企画「シドニー・ラーメン・カタログ(2013年版・2014年版)」につながるなど活発な動きを見せた。
あれから1年半の間、「今はどこのラーメンが美味しいですか?」と人に聞かれることも少なくなかったが、シドニーのラーメン業界自体は比較的落ち着きを見せていた印象がある。その一方でメルボルンは盛り上がりを見せた。実際、今年1月にアジア・カップの取材で訪れた際には博多に本店を持つ名店「一幸舎」のメルボルン進出1号店「博多元助」で客が長蛇の列を作っていて驚かされた。あそこまでの行列店はシドニーにはない。
八戸市の「支那そば しおで」
自作の煮干しダシラーメン
メルボルンの「博多元助」
さて、そんな中2014年末にかけて、有名店の2号店や新店のオープンなどシドニーのラーメン界がまたにわかに賑わいを見せ始めた。そこで今回、改めて最新ラーメン・コラムを執筆しようと思い立ったわけだ。
本題に入る前に以前のコラムにも書いた僕自身の好みなど事前情報をお伝えしておいたほうが良いと思うので、前回記事から一部引用をしたい。
「いち個人の所感ということで、僕にとって美味しかったものが口に合わないといったことも当然あることはあらかじめ承知いただきたい。(中略)あっさり、こってり、ストレート麺、ちぢれ麺、豚骨、しょうゆ、塩、味噌、なんでも食べる。日本でも横浜家系、二郎系など定番のこってり系から、北海道の札幌、旭川、函館ラーメン、栃木の佐野ラーメン、昔ながらの東京しょうゆラーメン、博多ラーメン、そのほか、塩ラーメンの名店、味噌ラーメンの名店に至るまで幅広く食べてきた。だが、あえて一番好きなラーメンを挙げさせてもらえるとすれば、煮干だしのあっさりラーメンだ。店名を挙げれば青森県八戸市にあり、林家正蔵もかつて絶賛した老舗『支那そば しおで』の支那そばとなる」
1年半前の僕はくどくどと書いているが、ひと言でまとめると「何でも食べる。だが一番の好みはあっさり系ながら味わい深いもの」ということだ。また少々追記するとすればこの1年半の間、僕は日本のラーメンをほとんど食べておらず最新トレンドから遠ざかっている。また、さらに年齢を重ねたことでこってり系への耐性が若干弱まっていることが挙げられるだろう。
余談だが、以前どうしても自分好みの煮干し系しょうゆラーメンを食べたくなり2日ほどかけて自作ラーメンを開発した(暇人か)。日系スーパーで煮干しと麺を買い、自宅に帰り煮干しの頭とワタを取り除いて水に漬けこみ、その後臭み取りと香り付けのためにさまざまな野菜を投入。たれ、チャーシューも自作し、いよいよ完成したそれは我ながらなかなか美味だった。しかし、その後何度トライしても同じ味わいは二度と作れていない。気候や温度、湿度など外的な要因もあるだろう。またスープに投入した野菜の量なども適当だったのでそのあたりも大きいのだろう。いずれにしても再現は難しく、改めてラーメン専門店の技術、経験に裏打ちされた安定したクオリティに敬意を表している次第だ。
シドニー・ラーメン業界熟成期
12〜13年半ばにかけての新店ラッシュが落ち着きを見せ始めたころから、シドニーのラーメン業界は熟成期に入ったと僕は思っている。新店各店でもそれぞれメニューに載っているレギュラー・メニューがしっかりと定着し、その一方で新メニューや期間限定メニューなどの開発期間に入った。各店がバリエーションを増やし始めたのである。これは僕ら海外在住のラーメン・ファンにとっては見逃せない動きだ。
日本にいたころの僕の感覚では、例えば頑固一徹の豚骨ラーメン専門店が全くその個性と関係のない例えばあっさり塩ラーメンを出そうものなら「いったいどうした?」と思っていただろう。それは極端に言えば高級なカウンター寿司の店でエビフライの握りが出てくるような違和感だ。プライドを捨てたか、とすら感じていたかもしれない。しかし、それは市場が熟成されているからこその傾向だ。
店舗数が多い日本の都市圏では、例えば「今日は豚骨ラーメンの専門店、明日は魚介豚骨系のつけ麺専門店、そしてあくる日は油そばの専門店」などといったように自分が食べたいタイプのラーメンに合わせてそれこそ数限りない数の店の中から行き先を選ぶことができる。店は専門色が強ければ強いほどファンはそこに魅力を感じ、一方でさまざまなタイプのメニューを並べる店は特徴が霞むと敬遠されがちだ。
しかし、ブームが起きているとはいえ、シドニーのラーメン店の数はまだまだ少ない。そんな状況下では、ファンとしては少しでも選択肢が広がるよう各店にどんどんメニューを考案し続けてもらいたいというのが素直な気持ちだ。これは、ラーメンを取り巻く状況もさることながら海外での生活が長くなるにつれ、固定観念が消えていったという別の要因もあるかもしれない。いずれにせよ、さまざまな店でさまざまなメニューが出るようになったのがこの時期だった。
そうした状況に対して「めんやCBD店」店長の中塩史郎氏がこう言っていたのが印象的だった。
「ラーメンって本当に人それぞれの好みですよね。こってりが好き、あっさりが好き、太麺が好きなら細麺が好きな人もいる。それでも新店ができるとまずはみんな食べに行きます。そんな感じでいろいろ食べてひと段落して、落ち着いたら戻ってきてもらえる店であることが大事だなと思います。そのためには味がぶれないようにすること。そこを最も大事にしています」
横浜豚骨醤油ラーメン(めんやCBD)
博多豚骨ラーメン(麺 一究)
冷やし和風ラーメン(ずんど)
ねぎ味噌ラーメン(東京ラーメン)
そしてこの熟成期、いろいろなラーメン店のメニューを食べ歩く中、実は僕が密かに気に入っていたのがこの「めんやCBD店」の期間限定メニュー「横浜豚骨醤油ラーメン」だった。横浜家系ラーメンを彷彿させるその味はなかなかのクオリティー。10ドルを切る価格を実現させるためでもあるのだろう、ほうれん草の代わりにチョイサムの葉が使われているのだがそれもよく合っている。シドニーのラーメン・ブームを初期から支え続けてきた印象の強い「めんや」だがチャイナ・タウン店とCBD店ではメニューは同じだが実はスープが違う。学生や若者が多いチャイナ・タウン店はこってりしており、ビジネス層の多いCBD店は比較的あっさりしているのが特徴だ。一度食べ比べてみるといいだろう。
また、前回のコラムではちょうどオープン直前というタイミングでもあり触れることができなかった元フレンチの有名シェフ、犬飼春信氏の「麺 一究」。ここもさまざまなメニューに果敢にチャレンジしてきた。以前、立ち上げ時にインタビューをさせていただいた際には「ラーメン屋としては新人なので、挑戦者としてがんばっていきたいと思います」と語っていたが、実際、犬飼氏は有名シェフの名に胡坐をかかず、日々試行錯誤を繰り返し数多くのメニューを開発してきた。「ラーメンは難しいです」と語るそのセリフにこそ日々の努力が感じられる。現在、期間限定メニューとして出ているのは「博多とんこつラーメン」だが、これが実にうまい。一究らしい絶妙な味付けの施されたトッピングとスープの絡みがほかにはない味わいを作っている。ラーメン激戦区のまさにど真ん中で戦う元フレンチ・シェフの犬飼氏には、ほかでは食べることのできないあっと驚く創作メニューの開発などもまた期待してしまう。
また、この夏に驚かされた限定メニューが「ずんど」そして「めんや・チャイナタウン店」などで同時期に登場した和風の冷やしラーメンだ。どちらの店もとろみのある魚介系のスープで麺もスープも冷え冷え。その変わり種に僕は思わず飛びついた。もしかしたら日本では注目され始めているのだろうか。だが、少なくとも僕が日本にいたころに見かけたような記憶はない。あったとしてもかなりのレア・メニューだったのだろう。全くの新しい食体験に胸が躍ったが、冷たい麺を食べる習慣のないであろうローカルの人々の受けはどうだったのだろう。大いなるチャレンジに拍手を送りたい。こういったチャレンジがより一層ラーメン市場を熟成させていくのだと僕は思う。
続いて、1店変わり種のお店を紹介したい。ホーンズビーを本拠地にその後ブラックタウン、最近ではマコーリーにも出店するなど郊外で人気を博す「東京ラーメン」だ。かつて日本では父親の代から営んでいた店がラーメン百選にも選ばれたことがあり、その店の秘伝のスープ、調理法を再現した「ねぎ味噌ラーメン」が人気。このラーメン、いわゆるベーシックなラーメンではないのだが、どうにも病みつきになる味なのだ。逆に日本ではなかなか出会えないタイプのラーメンなので一度試してみてはどうだろう。
第3次ラーメン戦争
こくまろラーメン(YASAKA)
醤油ラーメン(一風堂)
白とん(博多丸)
SUMOラーメン(翁さんラーメン)
豚骨ラーメン(翁さんラーメン)
大型ルーキーの翁和輝氏
さて、いよいよここからが本題だ。昨年半ばあたりからシドニー界隈のラーメン業界がまた熱くなってきた。「一風堂」の2号店がセントラル・パークにオープンしたのを皮切りに、「博多ん丸」の2号店がチャッツウッドに、そして「YASAKA」がシティ中心部ワールド・スクエア近くに、そして2015年に入ってチャイナタウンのど真ん中に「翁さんラーメン」がオープンしたのだ。さらにキングス・フォードで人気の「まんぷく」や「めんや」「ラーメン館」、またチャイナタウンの「がむしゃら」など、シドニーで徐々にラーメン屋が増え始めた時期を第1次ブームとすれば、12年〜13年にかけて「ずんど」「一風堂」「博多ん丸」「まんぷく」「一究」など続々と新店が出始めたころが第2次に当たるだろう。それから1年半の期間を経てまたラーメン店がこぞってオープンをしている今がまさに第3次ラーメン・ブームの始まりの時期と言っていい。熟成期を経てブームが再燃しているわけだが、確実にそのラーメンのレベルは上がっている。順に見て行こう。
「一風堂2号店」はダイニング・スタイルをコンセプトにしている1号店とは異なり、カジュアル・ダイニングを目指したとのことで、例えば学生用の安いセット・メニューがあることなどが印象的だった。そして僕が今回驚かされたのは「しょうゆラーメン」だ(実は1号店にもあるそうだが2号店で初めて食した)。かつおだしをベースにしたそのスープは昔ながらのしょうゆラーメンを彷彿とさせ、実に美味。もちもちの中太縮れ麺もこちらではなかなか出会えない。僕の魚介しょうゆ系のニーズを存分に満たす一品だった。
チャッツウッドにオープンした「博多ん丸2号店」は1号店がフード・コート内であるのに対し、広々とした店舗型となっており、外装もガラス張りでかなりおしゃれな雰囲気で、店内に女性の姿が目立ったのが印象的だった。基本の「白とん」をいただいたが、ひと口食べて感じたのは1号店との味の違い。どうやら、少し異なるレシピで作っているようで油分が少なく、しかし一方で味わいに深みが増しているように感じられた。聞くところによると、系列の「丸亀製麺」で培ったノウハウを生かした味わいを加えているとのことだ。
そしてワールド・スクエア近くにオープンした「YASAKA」だが、実は最初は全く注目していなかった。というのもオーナーがチャイニーズ系という噂を聞いていたためだ。それでも一度食べてみようと思い足を運ぶと店長が顔見知りだったので驚かされた。店長の関川岳志氏はしばらく日本に戻っていたのだが、もともとシドニーのとあるラーメン屋の厨房で働いており、その時代に顔を合わせていた。それ以前には日本の家系ラーメンの店で6年ほど勤めた経験もある彼の作り出すスープは濃厚な豚骨スープ。それをベースにしょうゆ、味噌、塩の3種のラインアップとなっている。麺もこだわりの自家製だという。
「どのメニューもライト・テイストにチェンジが可能です。中でも塩のライト・スープは女性に人気がありますね」と関川氏。すでにレギュラー・メニューは定着、限定メニューの開発に余念がない。今であれば魚介豚骨スープの「こくまろラーメン」がお勧めだ。
そして、今年の「大型すぎるルーキー」。それがチャイナ・タウンのど真ん中にオープンした「翁さんラーメン」だ。すでにラーメン・ファンの間では大いに話題になっているが、日本でもよく知られるラーメンのスペシャリスト翁和輝氏がオープンした店だ。かつて、九州ラーメン総選挙で4万店の中から3位、東京のラーメン・データ・ベースで第1位など輝かしい経歴を誇る彼が作り出すラーメンは味もさることながら、メニューのバリエーションも素晴らしい。例えば「SUMOラーメン」はマニア垂涎の人気店「ラーメン二郎」を彷彿とさせるがっつり系。肉魚介ラーメンは麺の形状こそ違えど喜多方ラーメンの味だ。僕の大好きな魚介ダシの味わいも文句なし。「どんなラーメンでも作れる」という翁さんの言葉に、今後作ってほしいラーメンをどんどんリクエストしようなどと目論んでいる次第。今はレシピを渡し製麺所で麺を作っているものの、ゆくゆくは自家製麺にこだわりたいという。「自分で作った方が細かいところまで行き届くのでやりたいですね」と語ってくれた。
いよいよ本格的なレベルの高まりを見せ始めたシドニーのラーメン。今後の展開が実に楽しみである。
<プロフィル>BBK
2011年シドニー来豪、14年1月から編集長に。スキー、サーフィン、牡蠣、筋子を愛し、常にネタ探しに奔走する根っからの編集記者。齢30後半♂。読書、散歩、晩酌好きのじじい気質。