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オーストラリアの田舎で暮らせば⑩南半球の冬を生きる動植物

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 オーストラリアで田舎暮らしを始めて2度目の冬。気温が下がり、カエデやツル植物は全ての葉を落とし、ニワトリは羽の衣替えと同時に産卵をやめてしまった。それでも低温を好む花々が咲き、庭に来るカンガルーのメスのお腹の袋からは新しい赤ちゃんが顔をのぞかせる。動植物の営みは冬の間も続いているのだ。(文・写真:七井マリ)

冷たい南風が吹く南半球の冬

初冬のころ、母カンガルーのお腹の袋から顔を出し始めるのは夏生まれの赤ちゃんだ

 オーストラリアの夜空の南十字星は、冬にとりわけよく見える。赤い一等星のアンタレスを擁するさそり座が、天球の頂上あたりに昇るのもこの時期だ。光害がなく大気汚染も少ない田舎の真っ暗な夜は星空鑑賞と相性が良いが、この季節は暖かい部屋にすぐ戻りたくなってしまう。

 6月下旬、北半球の夏至の時期に南半球では冬至を迎えた。ここから日が長くなるとはいえ、オーストラリアでは冬本番。サウス・コースト地方の田舎町では冬至を祝う小さなイベントが開かれ、寒い夜の屋外で火を囲んで湯気のたつスープや生演奏の音楽を楽しんだ。

 私が暮らすエリアの冬の平均気温は最低6度、最高16度。もっと南や高地に行けばオーストラリアでも雪が降るが、ここでは水は凍らず霜も降りない。カンガルーが好む青草も、生育は遅いが枯れはしない。冬の気温に関しては沖縄より寒く、福岡より暖かいようだが、夜や早朝には頬や鼻が冷たくなる。

 オーストラリア南部特有の低湿のせいか、体感温度は実際の気温より3~10度低いことが多い。強風であればその傾向は顕著で、15度ある日中に妙に寒いと思ったら、オンラインの気象情報で「Feels like 3°C」と体感温度が表示されていた日もあった。

 ちなみに、南半球では冷たい風といえば北風でなく南極方面から吹く南風で、日当たりが良く温かいのは南側でなく赤道に近い北側。ついでに季節までが北半球とは逆だが、田舎の冬の過ごし方や動植物のいる風景には、地球の南北を問わず共通点も多い。

寒い季節の庭仕事

当地ではワトル(wattle)の名前で親しまれるアカシア。バラのようにさわやかで甘い芳香を放つ

 朝晩は冷えるが晴れれば日中は驚くほど暖かく、この辺りでは冬でも可憐な紫色のスミレが咲く。黄色い花が鮮やかなアカシアは、小さな粒のようなつぼみを付けるのが昨年より早かった。満開の薄紅色のサザンカにはミツバチが群がり、忙しそうに羽音をたてている。

 秋から初冬にかけては、落ち葉が敷石の上を埋め尽くした。赤、黄色、茶色、後から後から降ってくる落ち葉を、堆肥作りの材料にと掃き集めておく。仏陀の弟子が何年も掃き掃除を続けて悟りを得たようにはいかずとも、枯れ葉が宙を舞う美しさや乾ききった葉を靴で踏む軽快さは、ただただ頭を空っぽにさせてくれた。

 庭木の剪定もこの時期の仕事だ。多くの木は幹の水分量が少ない冬の間のほうが剪定しやすく、木へのダメージを抑えられるので、枝切りバサミやノコギリで思い切って枝ぶりを調整しておく。やらずに過ごせば、来年の作業が増えるか、木が高く茂りすぎて手に負えなくなるだろう。

 冬枯れしないユーカリなどの自然林の間伐作業も、虫や下草が少ない冬が最適。木々の密度を調整して健康に育ちやすくすると同時に、森林火災が発生した時の延焼被害を低減する意味もある。田舎に移り住んでからパートナーがチェーンソーの使い方を習得したので、間伐作業はすっかり任せきりだ。切り倒した若木の一部を乾かしてストーブの薪(まき)にするところまでをセットで考えると、無駄は一切なく、生態系の循環とその中の人間の居場所を考えさせられる。





生き物たちの冬ごもり

屋根の下へと消えていくヘビは、思っていたより長く重量感があった

 寒い季節は、一部の野生動物にとっては冬眠の時間。初冬のある朝、鳥がけたたましい警戒の声を発しながら慌てて飛び立った。何事かと外に出て鳴き声のした方向を見上げると、藤棚から軒下へと移動中のヘビの姿が。黒地にライム色のダイヤ柄のダイアモンド・パイソン(Diamond Python、和名:ダイアモンドニシキヘビ)だ。3メートル近くある艷やかな体は音もなく滑るように、屋根の下のわずかなスペースへと消えていく。ネズミなどの小動物を締め上げて丸呑みにする夜行性のヘビで、毒はなく人間には無害だが、その姿自体になかなかのインパクトがある。

 春から秋には夕方などに見掛けることもあったダイアモンド・パイソンだが、あれ以来出くわさないので冬ごもりに入ったのだろう。自分の頭上で大きなヘビが眠っていることを意識すると少々落ち着かない気もするが、日本を含め世界各地にヘビ信仰があることを都合よく思い出し、守護されていると考えることにした。

 秋まで家の周りで日光浴をしていた大小複数のトカゲも、姿を全く目にしなくなった。どこか温かな場所に潜んで、活動を再開する春の夢でも見ているのかもしれない。

ニワトリの衣替えと産卵の再開

換羽期のピークを過ぎたころのニワトリ。普段より痩せ、背中や尾には十分な羽がなかった

 寒さが深まった秋の半ば、ニワトリが急に卵を産まなくなった。春に地元の人から譲り受け、以来コンスタントに産卵を続けていた成鳥だ。

 産卵をストップする数日前から、ニワトリ小屋の内外には大量の羽が散らばっていて、衣替えのように羽が抜け替わる換羽期だと知った。換羽期の初期にはニワトリの食欲や体力が落ち、卵を産まなくなるのも普通のことらしい。羽はどんどん抜け落ちて皮膚が見え、顔やトサカの色はくすみ、体は小さくなって動きも鈍り、日中も目を閉じて休んでいることが増えた。哀れに思えて2羽の大好物のオートミールやレタスを与えてみたが、それすらほとんど受け付けなかったほどだ。

 そんな状態がしばらく続いた後、次第に艶のある羽が生えそろい、食べる量も目に見えて増え始めた。産卵を再開したのは換羽期の始まりから約2カ月後の冬至の直前で、まるで昼が長くなることを知っていたかのようだ。来年も同じようなサイクルになるか興味がわき、日誌のように記録しておいた。家庭菜園で採れた青菜をニワトリに差し出すと、私の指までついばみそうな勢いで食べ尽くした。

 菜園では他にも、秋に種をまいた冬野菜が育っている。ケールや大根が葉を広げ、レタスや春菊は食卓の常連だ。ニンニクの収穫は半年先だが、土から芽を出して生き生きと伸び始めた。ニワトリが、おいしいものをもっとよこせ、と私の靴をつつくのを尻目に、菜園の水やりや手入れをする。

 寒い冬の間も動植物はそれぞれのペースで力を蓄え、成長し、生命のルーティーンは絶えず続く。それに伴って人間が担う仕事も発生するので、太陽が出ている時間は短くても、冬はただ春を待つだけの退屈な時間ではないと気付かされる。自然界のリズムに背中を押されるように外に出て体を動かせば、温かくなった肌に冬の澄んだ空気が心地良い。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





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