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メルボルンで起きた、一夜の“奇跡”/ 帰ってきたBBKコラム 、子育てパパ奮闘編(?)

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スーツケースを運んだホテルでRご夫妻と

 2022年最後の日、僕たちファミリーは一時帰国を終え、オーストラリアに帰国したのだが、ロスト・バゲージの憂き目にあった。妻の荷物2つはすぐに出てきたものの、山ほどある全乗客の荷物の中で、僕の荷物2つだけが出て来なかったのである。

 空の旅で、これまで2 度ロスト・バゲージの経験があるが、積み忘れ、他の国に行ったなど原因はすぐに分かった。しかし今回は「積んだと記録されている。誰かが間違って持っていったのだろう」と告げられた。特徴的な目印が付いている2つを同時に間違えることなどあり得るのか?現実味がわかず、心中には暗雲が垂れ込めた。結論を言えば、荷物は4日後、無事自宅に届けられた。しかし何があったのか、真相は未だ闇の中だ。

 なぜ今になって1年近く前のことを書いたかと言えば、今回お伝えするメルボルンでの事件がこの出来事を序章的に想起させたからだ。

事件解決までの準備時間は2時間

 8月中旬、クライアント主催のイベント参加のためメルボルンを訪れた。ホテルに午後3時にチェックインし、すぐにラップトップを広げる。イベント会場のオープンは午後5時半。約2時間、集中して仕事ができる計算だ。途中でバッテリー残量が心もとないことに気付き、充電器を取り出すためにスーツケースに手を掛ける。

「ん? 引き手が取れている?」

 僕のスーツケースは2つの引き手部分をそれぞれの穴に“かちり”とはめる昨今主流のタイプのものだが、引き手が穴にはまっていなかったのだ。

 暗証番号をセットすればロックされるが、していなければボタンを押せば外れる。

「セットし忘れ、何かの拍子で外れた?」

 そんなことを考えながらスーツケースを開けると入れた覚えのないスカーフが目に入る。

「メルボルンは寒いからと妻が気を利かせて追加してくれたのか」

 感謝の気持ちすら抱きながら荷物をまさぐるが、すぐに自分のものが1つも入っていないことに気付く。そのスーツケースは、なんと赤の他人のものだったのだ。中に入っているのは全て女性もの、更に服用薬なども大量に入っている。持ち主は高齢の女性に違いない。だが、しかしなぜ?

 パニックに陥りながらまず考えたのは、ファースト・プライオリティーである夕方からのイベントに行けるかどうか。幸いにも僕は朝からスーツに革靴で動いていた。現場で必要な名刺入れもビジネス・バッグに入っている。そして非常に幸いなことにスーツケースにはiPhoneの充電器が入っていたため、スマホは使える。ネクタイなど足りないものもあったが、乗り切れると判断。

 次に“いつ入れ替わったのか”を考える。スーツケースは機内に持ち込んだため、空港での取り違えはない。となると、空港からシティへのシャトル・バスだ。乗り込む際の荷台はスカスカ、2段式の荷台の下段右方に荷物を置いた。バスを降りるのが最後の方だったこともあり、下段右方に唯一残ったスーツケースを手にし、降りた。要するに、僕より後に乗った誰かが同じ場所に同じブランド、カラーのスーツケースを置き、僕より先にバスを降りる際取り違えてしまったわけだ。

 まずバス会社へ電話。「誰かが間違って自分の荷物を持って行った」と話すと「ウェブサイトのロスト・プロパティーのページからクレームよろしく」とのこと。すぐにサイトを開き「相手も旅行者で近くにいる可能性が高いので、問い合わせが着たらすぐに僕の番号を先方に知らせて欲しい」と書いた。次の問題はラップトップの充電がなくなり、継続できない仕事が出てくること。スケジュール変更など各所との調整を行う。 それらを終えたところで時間は午後4時15分。次にやることは歯ブラシ、洗面道具、寝巻きや下着の替えなど宿泊に最低限必要なものの調達だ。メルボルンCBDのKマート(日用雑貨品などの格安店)へと走る。久々のメルボルンで、まさかKマートに走ることになるとは思いもしなかった。

 午後5時、ホテルへと帰還。できることはやりきったが、更なる事態打開策を見つけるとすればブラックボックスであるスーツケースの検分。失礼は承知で中身を細かく見させて頂く中、僕は見つけた。奥の方に小さく折りたたまれた用紙の束を。

もしも僕が悪い人だったら

 その用紙は、彼女にとってのまさに生命線で、彼女のオンライン銀行やクレジットカード、ア
ゾンプライムほか、利用中のサービスのオンライン・アカウント情報などのメモがパスワードも含め
て数ページに渡って記載されていた。電話番号など直接のコンタクト情報は見つけられなかったものの、アカウント名に共通しているワードから彼女の名前がRさんだということがまず分かった。そんな中、これはおそらくメアドに準ずるものではなかろうかという文字列を発見したのである。イベント会場に向かう道すがら、僕は憶測のメールアドレスにメッセージを書いた。

「あなたの荷物を持っていると思う。そしてあなたは僕の荷物を持っているはず。こちらも困って
いる。連絡されたし。042*−

 驚くほどの個人情報、そして服用薬の数々。緊急度は僕以上に、先方の方が大きいに違いない。
彼女のためにも、早急に解決したいと願った。

 2時間後、イベント参加中の僕のスマホが鳴った。

「私はR。今メールを見た」「僕は今ビジネスのイベントに参加しているから早くても9時は過ぎるがそれからの受け渡しは可能? ホテルはどこ?」

「もちろん。ホテルは◯◯」

「イベントが終わったらすぐに向かう。また連絡する」

「私は高齢で今日の移動で疲れ切っているの。本当に助かる。ありがとう」

 イベント終了後、僕は自分のホテルから彼女のホテルまでスーツケースを引きずりながら街を練
り歩いた。ホテルに到着すると、ラウンジにいた老夫婦に出迎えられた。

「あんな個人情報をスーツケースに入れてはだめですよ(笑)僕が悪い人だったら大変なことに
なっていた」

「分かっている」

「だけど今回はそれが功を奏しましたね」と笑い合った。

 年始に続きまたかとは思った。大変ではあったが、一方で何やらすてきな体験をしたような余韻にも浸っていた。

 夜空を見上げ、シドニーの方角を向きつぶやく。

「MEG、カイト、アリサ、アビー。パパは今日大変な思いをしたけどなんだか少し幸せな気分だ。明日君たちの元に帰れるのを楽しみにしている」

 シドニーとはまた違う、メルボルンの夜の街をゆっくりと歩きながら僕はメルボルンで人気のルーフ・トップ・バーに向かい、静かに祝杯を上げた。

このコラムの著者

馬場一哉(BBK)

雑誌編集、ウェブ編集などの経歴を経て2011年来豪。14年1月から「Nichigo Press」編集長に。21年9月、同メディア・新運営会社「Nichigo Press Media Group」代表取締役社長に就任。バスケ、スキー、サーフィン、筋子を愛し、常にネタ探しに奔走する根っからの編集記者(だったが、現在は会社経営に追われている)。趣味ダイエット、特技リバウンド。料理、読書、晩酌好きのじじい気質。二児の父





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