【第26回】最先端ビジネス対談
日系のクロス・カルチャー·マーケティング会社doq®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、現在は日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は、デジタル版ハーバード大学と称されるスウェーデン発祥の社会人向けビジネス・スクール「ハイパー・アイランド(HYPER ISLAND)」の創設者・ジョナサン・ブリッグス氏にご登場願った。
(撮影:水村莉子)
PROFILE
Jonathan Briggs
1996年にスウェーデンでビジネス・デジタル・イノベーション・スクール「ハイパー・アイランド」を設立。98年、キングストン大学eコマースの教授に就任。2012年、シンガポールに移住した後、19年にティーズサイド大学名誉教授、23年にはシンガポール国立大学教授に就任。デジタルトランスフォメーション、AI、データを中心に、コカ・コーラ社をはじめとする大手企業へのコンサルティングなどを行っている
PROFILE
作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得
作野:これまで携わってきた教育や学習サポートのスタイルについて伺えますか。
ブリッグス:私はこれまで教育を支援する生活を送る中で、特定の学習スタイルに関わってきました。それは「作ること、描くこと、構築すること、想像すること」を通じた学習です。その学習スタイルは、ハイパー・アイランド創設の際の基盤となり、今も継承されています。
作野:その学習スタイルの原則や哲学を考えたきっかけは何でしたか。
ブリッグス:その背景には教育哲学があります。学習の構成主義的なパラダイム(思考体系)と呼
ばれる、子どもたちはどのように物事を学ぶのかを考える方法です。私たち人間は、幼児期に頭の中で世界の情勢を絶えず構築し、その世界を経験し、その世界に没頭しています。そして、6歳くらいになると、正式な教育を受け始め、幼児期のメカニズムを忘れがちになり、代わりに大人が子どもたちに情報を伝えるようになります。私たち構成主義の教育者は、我々の役割は知識を与えることではなく、むしろファシリテートすること、つまり学ぶ機会を作り出すことだと考えています。学びは学習者の内側で行われ、私たちがやるべきことは、人びとが学ぶための魔法のような体験を創造することです。私はいつもこの学び方を楽しんできました。
ロンドンのキングストン大学で学者としてキャリアをスタートした当時、私が奨励しようとしたのは、まさにこの学習スタイルでした。それは、特に急速な変化の時期には有益だと考えています。何か疑問が生じた際、それについて説明された本を見つけに行くという方法ではなく、仲間と共にグループを組んで可能性を探したり、何が可能かを探求することが重要です。25年前、ウェブサイトが普及し始めたばかりのころ、私たちは非常に急速な変化の時期を経験し、興奮しました。しかし、同時に恐れもありました。ハイパー·アイランドは、まさにその時に誕生しました。私たちは専門家ではなく、ファシリテーターとして、個人や企業のために、新しいことに参加できる機会を作ったのです。私は今、そういった機会が再び必要だと考えています。今、私たちの周りで起きている混乱を理解するために役立つ経験を、学習者たちや企業、個人のために、注意深くデザインする必要があると思っています。
学習には創造性や挑戦、実践が不可欠
作野:とても革新的な概念ですね。私自身はその環境に納得できませんでしたが、基本的に学習とは、記憶して特定の学術的スコアを得ることだという環境で育ちました。そうではなく、学習とは挑戦する経験を創造することなのですね。
ブリッグス:まさにその通りです。例えば、言語学習や自転車の乗り方、泳ぎ方、スキーの仕方を習う際、それらは理論のみからは学べません。泳ぎ方も水に浸かることで覚えられます。問題解決の状況においては、実際にやってみて学ぶことの方が多いのです。もちろん、ここで注意して欲しいのが、知識に役割がないと言っているわけではないということです。本や映画、ウェブサイトなど、フォーマットは違えどそれぞれに役割があります。しかし、私たちがしなければならないのは、人びとにそこから価値を引き出す力を与えることです。私は、学者として学術文献を信じています。すばらしいストーリーテリングやテレビ番組も同様です。
しかし、例えば、サメに関する1時間のドキュメンタリーを見ただけでは、サメについて十分な知識を得たとは言えないでしょう。楽しむことができ、いくつかの事実を得るかもしれませんが、サメに関する試験を受ける準備ができるわけではありません。サメの専門家になる方法は、サメを見て研究し、海洋生物学の領域で人びとと一緒に働くことであり、座って話を聞くことではありません。自分自身を没頭させ、自分なりのモデルを構築することが重要です。複雑なモデルを自身で創造することで、「ああ、なるほど」と気付き、「私はこれをマスターした。理解した」と思えるのです。それが私の哲学です。
また、学びと教えることを区別する必要もあります。教えることは、しばしば理想とは程遠い状況で行われます。英語では「壇上の賢人(Sage on the stage)」という表現が使われます。誰かが壇上で何かを語り掛けた際、人びとが理解していない場合には誰も質問をしません。ハイパー・アイランドでは、スピーチよりも質問がはるかに重要です。人は、実践を通して勇気を得ることにより、創造性を身に付けます。創造的になるためには理論だけではなく、実践による学びが不可欠です。理論は、スタイルや方法を理解したり、他の人を模倣するためには役立ちますが、根本的に必要なのはそれに挑戦することです。
今は学習者にとってはすばらしい時代
作野:教師が教壇に立ち、一方的に生徒に何かを教え、彼らがそこから学習するのが一般的ですが、ブリッグスさんのアプローチは、教師が生徒の学びの旅に、より近く寄り添います。そして彼らが必要とするサポートを行い、学習の質を向上させます。
ブリッグス:ありがとうございます。私たちは魅力的で新しいツールがますます増えていく驚くべき時代に生きています。教師にとってはチャレンジングな時代かもしれませんが、学習者にとってはすばらしい時代です。そんな中、私たちが必要とするのは、学習者の学びを手助けする人びとです。世界は常に変化しており、AIなどの技術が大きな変革をもたらすため、12歳の子どもでも、20歳の若者でも、あるいは50歳のエグゼクティブでも、全ての人びとが学校に戻り、再学習する必要がある時代とも言えます。
作野:なるほど。世代は問わず再学習する必要があると。
ブリッグス:ええ。現在、社会や技術の大きな変化が起きている時期で、次の20年で何が起こるのか分かりません。しかし、25年前、ハイパー・アイランドを始めた時にも、次の20年で何が起こるかを予想することはできませんでした。これは繰り返しのサイクルです。混乱があり、多くの機会と複雑さがある時期に、権威に服従し、ルールに頼ろうとするのは簡単なことだと思います。そうすることで、今、私たちを取り巻いている世界の一部の地域での政治的な混乱が理解でき、根本的な真実や、その他の何にでも立ち戻り、挑戦することができます。だからこそ、未来を一緒に創造できるよう、それを実現するための道具や考え方を与えることが大切なのです。
変革のファシリテーター育成をサポート
作野:現在取り組んでいるプロジェクトについて伺
えますか。
ブリッグス:学術的な仕事としては、シンガポール国立大学とナンヤン・ビジネス・スクールでいくつかのMBAコースを教えています。また、マレーシアの大手ファースト・フード・チェーンや、シンガポールの銀行、大手ソフトウェア会社、サービス・グループとも協働しています。私たちが行っているのは、人びとがより良い未来を創造する手助けをすることです。会社全体、部門、個人レベルなど違いはありますが、未来を創造するという点、そして、そこに到達するための方法やツール、スキルを見つけるという点で共通しています。また、個人でもワークショップもを行っていますが、いずれにせよ実践的な仕事からストーリーを吸い上げ、それを学術的な仕事にフィードバックしています。
全ての出来事を学びの経験に変えること
作野:今の時代を生きる私たちがキャリアを築くには、どのような学び方をすべきでしょう。
ブリッグス:終身学習について話すことが出発点だと思います。まず、人びとから「学びの旅を完了する」という概念を引き離す必要があり、その考えを打ち砕かなければなりません。私がMBAを教えることが好きな理由は、学生たちは「旅を続ける」からです。私はもっと多くの人びとが継続的に学ぶ機会があることを願っています。内省的な学習を大いに信じています。オフィスや職場でチームで働く場合、良い経験も悪い経験も、まずは何が起きたかを捉えることが重要です。更にその特定の経験から何を学んだかを理解することが大切です。
全ての出来事を学びの経験に変えるためには、その組織の中で内省のためのスペースを作る必要があります。例えば、私たちは、会議室や取締役会のテーブルに価値を置いています。特にアジアで多くの人びとが集まって会議を行う典型的な状況を考えると、たくさんの人が席に着いているけれど、その場では2、3人が話し、それぞれの仕事に戻ります。その役割で創造された価値の全てに対して、我々が持ち帰るものがいかに少ないかを考えさせられます。何らかの形で実際にやるべき重要なことは、当たり前のことを越えて自分の行動からどのように価値を捉えるかを考え始めることです。
作野:新しい分野でキャリアをスタートさせる人にどのようなアドバイスをされたいとお考えですか。
ブリッグス:「しっかりメモをとること」だと思います。何かアイデアが思い浮かんだら、それを書き留めておくことが重要です。そして「たくさん質問すること」です。表面的に受け入れず、何かを見て困惑したら、メモを取り、後で見返すことで立ち戻り、何が起こっていたのか、何があったのかを調べてみてください。他の人の力を認め、たくさん質問することが大切です。愚かな質問でも、それをすることを恐れないでください。多くの人は、自分が質問をしても大丈夫であるということを知らずに一生を過ごしてしまいがちですが、実は誰もが同じ恐れを抱え、同じ困難に直面しているのです。何歳であっても常に最新情報を得ること、音楽やファッション、世の中で何が起きているのかを見続けること、そして特に、言語やデジタルは確実に何が起きているのかに注目することが重要です。デジタルやテクノロジーの進歩や変革を、どこかで起こっているものとして俯瞰せず、試したり、関わってみてください。
作野:メモを使いこなせない人が多いと思いますが、ブリッグスさんのメモの取り方と、メモを取る利点について教えてください。
ブリッグス:私は、さまざまな種類のメモを取ります。白紙にもメモをとりますが、普段は携帯電話に質問された内容を書き留めます。そして、のちに少し時間を取って内省しながら、その質問に自分で答えようと考えます。私がメモを取るのは、内省の実践の一部ですが、特に複雑なことに取り組む際、その状況の図を描いてみたりもします。その際には、さまざまな図式化の技術を使いますが、1枚のスライドを使って理解に努めることもあります。
作野:アドバイスを参考にさせて頂きます。ありがとうございました。
(2024年2月26日、東京で)