2年に1度の国際的な現代芸術展「シドニー・ビエンナーレ(Biennale of Sydney)」が3月9日からシドニー各地で始まり、6月10日までアート作品を誰でも無料で鑑賞できる。複数の展示会場の中でも今年は、長年閉鎖されていたホワイト・ベイ・パワー・ステーションが初めて一般公開となり、話題を呼んだ。世界各国96人のアーティストやグループによる400もの作品が展示され、日本からは風間サチコと円奴(まるやっこ)、ダムタイプの3人/組が参加している。
(文・写真=櫻木恵理 )
第24回シドニー・ビエンナーレ
24回目を迎える今年のシドニー・ビエンナーレは、芸術監督コズミン・コスティナシュとインティ・ゲレロの指揮の下「Ten Thousand Suns」というタイトルが掲げられた。植民地や資本主義の搾取に由来する深刻な生態学的危機を認識しながらも、西洋の終末論的なビジョンに抵抗し、喜びと豊かさの中で生きるために必要な未来をめぐる可能性を探索する。
展示会場はNSW州立美術館、オーストラリア現代美術館(MCA)、ウルムルーのアート・スペース、シドニー大学のチャウ・チャク・ウイング博物館、パディントンのUNSWギャラリー、インナー・ウエストのロゼルにあるホワイト・ベイ・パワー・ステーションの6カ所と、3月中はシドニー・オペラ・ハウスのウイングに日没から数回、オーストラリアとニュージーランド先住民アーティストによる6分間のデジタル・アニメーションが映し出される。詳細はシドニー・ビエンナーレのウェブサイトBiennale of Sydneyから確認できる。
複数の会場の中でも特に注目したいのは、1983年以来閉鎖されていたホワイト・ベイ・パワー・ステーションだ。
ホワイト・ベイ・パワー・ステーション初の一般公開
アンザック・ブリッジからそう遠くないホワイト・ベイ・パワー・ステーションは、かつてシドニーを走っていたトラム(1961年に廃止)や鉄道に電力を供給するために1912年から17年にかけて建設された発電所跡地である。長年閉鎖されたままになっていたが、ビエンナーレのために大規模な修繕が行われた。
開催期間中は、午前11時から午後6時まで(月曜日休館、水曜日は午後9時まで)無料で入場できるほか、アート・ツアーや発電所の歴史を巡るツアー、ネイティブ・フードのワークショップ、音楽パフォーマンスなどのイベントも盛りだくさんなので、こちらもウェブサイト(Events – Biennale of Sydney)をチェックしておきたい。
日本人アーティストの作品紹介
パワー・ステーションの会場には、1984年に京都を拠点として結成された「ダムタイプ」の初期代表作の1つ「S/N」(1994年)が展示されている。映像や音楽、ダンスなどの領域を横断しながら、社会情勢やエイズ、ジェンダーなどさまざまなテーマを扱った作品を制作しており、ゲイであること、HIV感染者であることを公表していた中心メンバー古橋悌二(1960~95年)が亡くなった後も、活動を続けているメディア・アーティスト・グループだ。
そして、3月9日にはNSW州立美術館で、風間サチコと円奴が自身の作品について語った。
30年にわたり単色木版画を制作して来た風間サチコは、光よりも影の部分に重点を置いて制作をしてきたと言う。木版画と言えば、葛飾北斎の作品のように多色刷りをイメージする人も多いかもしれないが、あえて黒一色にすることにより時代の色を消し、1つの作品に含まれるさまざまな時代の出来事が普遍的な視点でフラットに見せると共に、未来に対する漠然とした不安を予感させることを意図しているそうだ。
今回のビエンナーレのために制作された「The 2nd Sun Island 2023」は、本物の太陽の代わりに電気の太陽が島を照らし、古代インドの宇宙観を模した島の「神」の位置には「電球」が輝いている。人類は電気の力で便利な生活を送れるようになったが、そのことにより自然や労働力搾取などの犠牲も払うことになる。また、作品の中には水力発電のために山が開発されダムが建設される様子や、火力発電のための石炭採掘、電子力発電のためにウランを採掘しているオーストラリアのレンジャー鉱山、そしてもともとその地に住んでいたヤモリがウランを毒とは知らずになめている姿も描かれている。
また、日本を代表する現代美術アワードの1つ、「日産アートアワード2020」のファイナリストによる展示で発表された2作品も展示されている。
「Pavilion – Earthly Fart 2020」に描かれている巨大パビリオンは、日産アートアワードの会場である。1年で取り壊される建物の中で、電気自動車がいかに自然に優しいかが謳われ、外ではパビリオン内を涼しく保つために設置された大量のエアコンの室外機が暖かい空気を出している。それはまるで「地球のおなら」のようだ。
「Pavilion – White Elephant 2020」は、多大な予算と年月を投入したにも関わらず、2016年に廃炉が決定した高速増殖原型炉もんじゅを、タイの古い伝説に出てくる白い象で表現。褒美に王様から白い象を贈られたが、神の使いであるがゆえに何にも使えなくて困るという話に例えている。また、都市部への電力供給のための原子力発電所が地方に設置されるなど、日本において田舎が都市部の犠牲になる姿は、植民地支配の構造に似ている、とも風間は語る。
NSW州立美術館南本館の壁に描かれたアバターの影は、円奴(まるやっこ)が作り出したキャラクターで、それぞれ全てに名前や物語がある。例えば、天使の羽を持っている悪魔と悪魔の羽を持っている天使。ニコチンちゃんとタール君が好きでつるんでいたために肺癌になって亡くなったティックは、煙となって幸せに暮らす。宇宙人のポピーはホモセクシャルのジムに恋をするが実らず、ポピーの家来で盲目のリップルは実態のない煙のティックと付き合うことになる。支離滅裂なようでありながら、ジェンダーやセクシャリティ、アイデンティティーなどに絡めた常識にとらわれない物語が生き生きと浮かび上がってくる。また、手作りのウィッグをかぶり「かわいい」ガジェットをちりばめた衣装をまとう円奴自身、1つのキャラクターであり、作品のようでもある。今回の展示に合わせ、「自分自身のアバターを作ろう」をテーマとするワークショップも複数開催された。
今回のビエンナーレにおける日本人作家の展示には、2023年に東京で設立されたばかりの、国立アートリサーチセンター(NCAR)の支援が入っている。日本におけるアートの振興や日本の現代美術の海外への発信などを推進するこの組織は、今年から「アーティストの国際発信支援プログラム」を正式にスタートし、日本のアーティストと世界をつなぐ役割を担う。これからオーストラリアでも、日本人アーティストが活躍する姿を見る機会が増えるかもしれない。