豪州に住む日本人社会では、ワーキング・ホリデーの若者たちを中心に、時としてかなりユニークな日本語が生まれることがある。一部の若者たちの間で使われている「ドニシー」という言葉もその1つだ。地名の「シドニー」を逆さまにした言い方だが、こういった言葉は逆さ言葉、または倒語(とうご)と呼ばれる。
倒語には幾つかの種類がある。2拍の語の場合には「タネ」→「ネタ」といったように前後が入れ替わるだけだが、3拍以上の言葉になると、その構造はさまざまだ。だが、実は「マジで?」を「デジマ?」にするような、音を後ろから読むだけの統語は少ない。
ほとんどの言葉は「ギンザ」を123の順とすると、312の順になる「ザギン」や、「ハワイ(123)」→「ワイハ(231)」といった順番での入れ替えとなる。3拍の言葉ならこの312、231のパターンの他にも、各音節をバラバラにして入れ替える132、213、そして「デジマ?」のように単純に後ろから読む321といった全部で5種類の倒語パターンが考えられるが、8割ほどの言葉がザギンの312のパターンかワイハの231のパターンである。
これは、日本語がなにかと2拍のまとまりを作って入れ替えたり省略したりすることが多いからだ。ただ単に各音節を入れ替えているのではなく、「ギン+ザ」や「ハ+ワイ」といったまとまりを入れ替えているのである。
「シドニー」が「ドニシー」になるのは、「シ+ドニ+伸ばす音」をそれぞれの塊として分解し、入れ替えているからだ。ここで面白いのは、「ニーシド」ではなく、3つに分解して最後の伸ばす音をオリジナルの言葉と同じ位置に残している点だろう。このことで、各音の入れ替えが起こっても、元の「シドニー」という言葉と同じような印象を残したままとなっている。
似たような例には、複合語でたまに見られるように、野球のイチロー選手の父が「父+イチロー」で「チチロー」と呼ばれたケースなど、後半の音を残して同じ印象の言葉にする手法が英語にも日本語にも存在している。
若者の言葉の乱れや、海外生活で日本語が乱れることを憂う人たちが存在するのも、最もなことだろうとは思う。在豪日本人たちの間でも「ドニシー」を使う人びとはそう多くはないはずだ。だが、従来の日本語にほんのちょっとひねりを加えていくような、こういった新語を作り出すクリエイティブさに出合うと、思わず感心して、日本語って面白いなぁと思わずにはいられないのである。
プロフィル
ランス陽子
フォトグラファー/ライター、博士(美術)。現在、グリフィス大学の大学院でオーストラリアの日本人コミュニティーにおける日本語変種を研究中。ゴールドコーストでの調査を手始めに、今後はオーストラリア各地での調査を予定している。在豪日本人が使用している面白い言葉についての情報を募集中。情報やメッセージはFBコメント欄かFBメッセージまで。「オーストラリア弁を探せ!プロジェクト」
(Web:www.facebook.com/JapaneseVariationInAUS)