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宝石大陸見聞録 その3─オパール!オパール!!  アンダムーカ&クーバー・ピディ編/トミヲが掘る、宝石大陸オーストラリア 第35回 

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 アウトバックを駆け巡る宝石大陸見聞録も今回で3回目を迎えた。前回はあまり掘らなかったが今回はどうなるやら!? ということで、今回も、さぁ出発進行!

 ブリンマンの町を離れてから思い切って車の進路を南に執って2時間半ほどでポート・オーガスタ(Port Augusta)に到着。その名が示す通りの港町で、今回の旅で初めて海を見た。久しぶりに見る海の青はまぶしく目に映るが、「ここに掘るものはない。長居は無用」と、さっと町を見学してから更に車を走らせる。

 ポート・オーガスタを離れてからは、ぐいっと方向転換し、オーストラリア大陸の中心を縦断するスチュワート・ハイウェー(国道A87号)を北上する。途中、小休止したハイウェー脇の休憩所でふと見上げた案内板には、無数の弾痕が。「あまり良い場所じゃないな」と体内レーダーが反応する。実は、ポート・オーガスタで長居しなかったのも、何となく危険な臭いを肌で感じたからだった。「やっぱり自分の勘というか直感は信じるべきだな」とすぐに休憩を切り上げて、車に飛び乗って更に北へと走る。

高速道路にある休憩所には弾痕のある看板が

 そこから、200キロほど国道B97号線を北上してたどり着いたのがロキシー・ダウン(Roxy Down)。こぢんまりとした町は、意外にもとても奇麗で、案内所には無料で使えるプールや映画館、図書館までそろっていたのにはびっくりした。なぜこの町の施設がそれほど充実しているかには理由がある。町の北には鉱業大手BHP社が所有する銅、金、そしてウランが採れるオリンピック・ダムという鉱山があり、この町はそのお膝元なのだ。現在、操業中の鉱山は立入禁止の場所ばかりであまり見学ができないので、記念撮影だけすませて、更に東のアンダムーカ(Andamooka)を目指す。

SA州アンダムーカ。鮮やかな赤と黄が炎のような色彩を作り出すデザート・フレーム・オパールの産地として知られる

 アンダムーカは有名なオパールの産地で、主にホワイト・オパールとクリスタル・オパール、化石がオパール化したものが採れる。また世界で唯一、約8キログラムの重さがあるカクルという小型二足歩行恐竜の化石が発見されたことでも知られる。最初のオパールが1930年に見つかり、54年には、エリザベス2世女王に献上された“女王のオパール(Queen’s Opal)”が掘り出された。

 オパールの母石は、細かい水晶が地殻変動で圧縮された灰色のクォーツァイトと白い粘土質の粘板岩から成る。長年採掘されてきたこの場所には、そこかしこに地中から掘り出されたクォーツァイトと粘板岩がうずたかく積まれている。それらの小山を軽く観察してみたが、日中に薄い色の母石から透明なオパールを探すのは思っていた以上に難しく、オパール探しはいったん切り上げて町の観光へ。人口約260人と決して大きな町ではないアンダムーカだが、実に人口の半分以上が現在も採掘に携わる活発な鉱業の町だ。

 そんな町の案内所の目印は、採掘者がオパールを見つけた喜びを分かち合うために飲んだ、多くのビール瓶で作られた大きなオブジェ。郵便局も兼ねている案内所の地下はオパールの展示場となっていて、そのあまりにすばらしいコレクションには目を見張った。案内所の前には、かつてオパール採掘者が住んでいた掘り出した石で建てられた小さな家が点在していて、採掘の最盛期の暮らしを想像しながらノスタルジックな気分を味わえる。

アンダムーカには採掘最盛期のオパール採掘者の家が残され、当時の様子を肌で感じられる

 この日の宿である町外れのキャンプ場の前にも、地元民と旅人たちが捨てたオパールの母石の小山があった。案内所での「暗くなってから紫外線の懐中電灯で探すといい」との情報を夕食後、日が暮れてから実践してみたら、どうだ!? 紫外線の光に反応して至る所が青白く光る! 光った石を拾い、普通の懐中電灯で照らすと虹色に輝くオパールが見える。

夜に見つけたオパールを日光にさらすと、あちこちからさまざまな色が輝きを放っているのが分かる。クォーツァイトが母石のタイプはここ以外では見掛けないオパール

 「やった、こいつは幸先が良い」と、紫外線に反応する石をひたすらバケツに集めて、シャワー室で洗いながら観察すると、色とりどりのオパールが姿を現した。大興奮で小山に戻り、夜通しピックとシャベルで地面を掘り起こしての石探しを続行すると、研磨できるほどの大物にもありつけた。そうして、興奮のうちにアンダムーカでのオパールとその歴史に触れた1日は更けていったのだった。

町の郵便局の地下には充実したオパール・コレクションの博物館。オーナーにお願いすると、こっそりとすごいのを見せてくれる。必ず聞くように

 満足な獲物を見つけた翌朝は、今後の買い出しも兼ねてロキシーダウンに戻ってから、スチュワート・ハイウェイを更に北上。次の目的地、オーストラリア最大のオパール産地であるクーバー・ピディ(Coober Pedy)を目指す。

 アボリジニーの言葉で“白人の穴”を意味するこの町の、現在の人口は1700人。1858年、スコットランド人の探検家、ジョン・マクドゥール・スチュワートが近くを訪れてから町の歴史は始まるが、最初のオパールが見つかったのはその60年後の1915年だ。それ以降、高品質のオパールとその埋蔵量からクーバー・ピディは、”世界のオパールの都”として名高い。さすがは世界一の産地だけあって、町は活気にあふれ、人も多く、店もにぎわっている。

ついに到着、世界最大のオパールの町クーバー・ピディ

 この町で最初に向かうべきは、オパールのドキュメンタリー番組で有名なジョンさんのお店。うっとりとするほどにすばらしいオパールのコレクションが並ぶ店内のカウンターの後ろで、テレビで見慣れた顔が迎えてくれた。さっそく、大ファンだと伝えてから、ジョンさんから貴重なオパールにまつわる話を聞かせてもらう。実はジョンさん、イカの背骨がオパール化した“バージン・レインボー(Virgin Rainbow)”の発見者で、“高価なオパール”と検索すると真っ先に挙がるような伝説のオパールを見つけたその世界の有名人。そんな唯一無二の体験談を当人の口から聞くという貴重極まりない経験をした上に、達人直伝でクーバー・ピディでのオパール探しのコツを教えてもらう―。なんて至福の時間なのだろう。

オールド・タイマーズ・マイン博物館。地下の居住空間でパチリ

 そんな束の間の至福の余韻に浸りながら、更なる情報収集に旅行案内所を訪ねると、係員が待っていましたとばかりに「明日、無料のオパールの歴史を学ぶツアーがあるけど参加するかい」と誘ってくる。何のためらいもなく“Yes, I’d love to.”と即答。「なんか、いろいろ引き寄せているなぁ」と更に良い事が起きそうな予感を抱きつつ、丘の上のカフェで休憩してからは、地下にある教会を訪ねたり、町をドライブしたりと観光客モード全開。十分楽しんだ後に、この日の宿オールド・タイマーズ・マイン(Old Timer’s Mine)にチェックイン。そこは施設の一部が博物館となっていて、かつて実際に使われていたキッチン、浴室、ダイニングや子ども部屋などの生活空間が当時のまま展示されていて、往時の生活を追体験できる。

 典型的な”白人の穴”をたっぷりと堪能してから、外のキャンプ場で夕食をかき込み、さぁ、ここからがこの日のメイン・イベント。達人ジョンさんお勧めのポイントに敢然と“夜襲”を掛ける。

地下にある教会は何とも言えない荘厳な雰囲気を醸し出す

 町外れのポイントに到着後、さっそく紫外線の懐中電灯を照射。すると、どうだ! 地面が蛍光に輝き、アウトバックの夜空に輝く満点の星空よりも鮮明に光り輝くではないか。まるで『天空の城ラピュタ』の洞窟のシーンのような光景にしばし言葉を失うも、ふと我に返ってからはトレジャーハンター・モード全開の大興奮状態で光る石を遮二無二かき集めた。

片手の掌に収まり切らないほどのオパール。ほとんどは色のないポッチ・オパールだが、削ってみないことにはその真価を確かめられない。楽しみは後に取っておこう

 たった15分ほどで集めたオパールの数は500をくだらない、まさに入れ食い。さすがその道の達人のアドバイスに間違いはなかった。その後、大興奮のままキャンプ場に戻って眠りに就いたはずなのだが、正直、その後のことは何にも覚えていない。それだけ興奮していたってことなのだろう。

 あー、オパールよ、君がそこにいるなら僕は掘るしかない。掘れば掘るほどに魅了されていく。これぞ、まさに石堀人渡世。あぁ、これだから石探しは止められない。

(写真は全て筆者撮影)

このコラムの著者

文・写真 田口富雄

在豪25年。豪州各地を掘り歩く、石、旅をこよなく愛するトレジャー・ハンター。そのアクティブな活動の様子は、宝探し、宝石加工好きは必見の以下のSNSで発信中(https://www.youtube.com/@gdaytomio, https://instagram.com/leisure_hunter_tomio, https://www.tiktok.com/@gdaytomio)。ゴールドコースト宝石細工クラブ前理事長。23年全豪石磨き大会3位(エメラルド&プリンセス・カット部門)





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