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世間体を気にするのではなく自分自身が納得できる決断を/セクレタリーの“ヒショヒショ話”

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第27回:自分で納得して生きる

 日本で働いていたころ、何かと周りを気にして生きる習慣が身に付いていた。人にどう思われるかを気にしては、身なり・振る舞い・言葉遣い・イメージ作りと、今考えてみればどうしてそんなに大切だったのかと思ってしまう。

 今年のファッションはこのスタイルで、ピンクが流行となれば、全国の女性が一斉に肩パッドの入ったピンクの服を着て歩いた90年代。必死で流行を追って、キャリアウーマンを装っていたけれど、遊び友達に囲まれながら、いつも心の中でため息をついていた。そんな自分が情なかった。

 当時の日本社会では、学歴や職歴がパワーを持っていて、その人の肩書で扱われ方が変わってくるようだった。ある同僚は、自分が東大卒ということをいつも誇りにしていた。彼はある時、海外からの出張者にあいさつがてら自己紹介をし、「私は東京大学を卒業しました」と言ったら、相手は「大学時代は東京に住んでいたのですね。それで大学は楽しかったですか?」と聞かれ、すごくショックを受けてふさぎ込んでしまった。それを見ていた周りの人たちも驚いていた。

 東大卒の同僚は、「わーすごいですね!東大卒ですか」という従来の返答を期待していたのに対し、海外からの出張者にとっては、東京大学は東京にある大学の1つというだけで、学歴社会の日本の背景など気にしていなかったのである。

 この一言で、その東大ボーイは、学生時代に何もかも犠牲にして目を腐らせながら勉強した日々の苦悩と、東大卒として生きた自分自身の思いが一瞬にして崩れ、ショックで落ち込んでしまった。

 つまり何事も人に認めてもらうためでなく、自分で納得できる決断のもとやるべきなのである。自分で納得して東大を選び、東大でやりたかった研究をして卒業に至った人であったなら、同じ一言を聞いても「はい、とても充実した大学生活でした。長年の夢だった研究ができたのですから」と言っていただろう。

 世間体に振り回されて、自分の人生を見失ってはいけない。「人は人、自分は自分」なのである。人はそれぞれ別々の人間だから、考え方もやりたいことも違って当たり前。

 でも、その当たり前をなかなか受け入れることができないのが、少なくとも当時の日本の考え方だった。

 だから覚えていて欲しい。一番大切なことは、「自分で納得した人生を生きること」だということを。

ミッチェル三枝子

ミッチェル三枝子

高校時代に交換留学生として来豪。関西経済連合会、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に勤務。1992年よりシドニーに移住。KDDIオーストラリア及びJTBオーストラリアで社長秘書として15年間従事。2010年からオーストラリア連邦政府金融庁(APRA)で役員秘書として勤務し、現在に至る

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