7回にわたった宝石大陸見聞録がようやく前回で終了。今回はそのスピンオフ企画をお届けすると同時に、4年間40回にわたってお届けしてきた当連載は大団円を迎える。名残惜しく、未練タラタラのメッセージは最後に取っておくとして、まずは、宝石大陸見聞録の獲物たちをどう加工したかの研磨編をとくとお楽しみあれ!
最初に、4週間の宝石大陸見聞録の旅程をさっと振り返ろう。QLD州ブリスベンを出発、内陸部のガンディウィンディを経由しNSW州に入り、ホワイト・クリフ、ブロークン・ヒルからSA州のピーターボロ、フリンダース山脈、アンダムーカ、クーバー・ピディと北上、NT州マクドネル山脈、ハーツ山脈、テナント・クリークと更に北を目指してから、QLD州北西部のカムウィール、マウント・アイザを経て徐々に南下し、ウィントンからイルフラコンを通りブリスベンに帰って来るという、実に9000キロ超の旅路だった。
見聞録の本編でも書いたように、今回の旅では多くのすてきな石、興味深いユニークな石に出合った。むろん、石磨き師としてこれほどすばらしい出合いをそのままにしておくわけはない。出合った石の数々を研磨して、このすてきな旅の思い出をそれぞれの石に閉じ込める工程までやってこそ初めて石探しの旅が終了する。その過程もまた石探しの旅の醍醐味なのだ。
本編でも触れたが、正直、前半のQLD州、NSW州では、「まぁどうせ近いし、また来られる」との邪念が邪魔して、そこまで掘ることに専心していなかった。結果、これと言って加工に適した石との出合いはなかった。反省。ホワイト・クリフのクリスタル・オパールは美しくても研磨するには薄過ぎたし、期待していたブロークン・ヒルでは、あまりに立入禁止の場所ばかりで石探しに時間を費やせなかった。SA州に入ってからも、そのまま飾るにはすてきな石はともかく、しっかりと研磨できる石となれば、アンダムーカのオパールまで待たねばならなかった。
そのアンダムーカのオパールは、クォーツアィと言うサンドストーンが地殻変動による圧力と熱により石英化した物の中にできる。一般に出回るアンダムーカ産オパールは熱処理をして、クォーツアィを黒みがかった色に変色させることでオパールの色を際立たせている。この熱処理を施している物を天然と偽って売る業者も多く、無処理の純粋な天然物に出合うこと自体が難しい。実は、筆者も今回が天然物初挑戦だ。
オパール自体もクォーツアィの粗い隙間に染み込んでできていて、研磨してオパールだけを表面に残すのは困難で、どうしてもクォーツアィが混じった仕上がりにせざるを得ない。今回の旅で獲たアンダムーカ産オパールでは、オパールを表面に残すことができたのはたった1つだけ。クォーツアィを取り除くと三角形が2つ並ぶオパールで色も赤、緑、青と鮮やかなその石は、表面を磨いただけで終わらせ、オパールとクォーツアィの取り合わせを楽しむことにする。
もう1つは、大きめで赤茶のクォーツアィに緑色がうっすらと広がるオパール。こちらは、オパールの層にクォーツアィが至る所に入り込み、オパールだけを抽出することは不可能なので、オパールの色が失われないように丁寧に表面だけ磨くだけにとどめた。
同じオパールでも、アンダムーカの後に訪れたオパールの聖地クーバー・ピディで見つけたホワイト・オパールの研磨にはどっぷりハマった。夜の散歩で見つけた数百個のホワイト・オパールの原石は、どれも小さくても、不純物も少なく、オパールだけを抽出できるものが多い。それらのどれも鮮やかなオパール独特の色を有していて奇麗に整形しやすいものばかりなので、磨き終えてすぐにでもセッティングができる。それらの良品を仕上げる度、何度となく歓喜の雄叫びをあげ続けたことか。
同じく、この聖地で見つけた貝殻がオパール化した石は、貝殻の特徴を残すために表面のみ磨いたが、それでものぞく赤や緑の色の壮大な美しさに興奮が止まらなかった。
クーバー・ピディではジプシムにも出合った。石膏の原料のジブシムは、硬度2と柔らかく、もろく、価値もない。だが、5kgはあろうかという大きな貝柱のような結晶は持ち帰えらずにはいられなかった。研磨せずに周りに付着したサンドストーンをドライバーで削り落としてから飾ったので、この研磨編には登場しない。
朝御飯を食べたカフェの店主からお土産にもらったアボリジニの敷地内でしか採れないゼブラ・ロック。淡い紫と黄色が特徴の泥粘岩のような質感の石だが、思ったより硬くて磨くとそれなりにツルツルになり光沢が出た。しかし、貴重な石でもったいないので、カボション・カットにはせず平らに研磨するだけにした。
実は、SA州の初日に訪れたピーターボロで、このゼブラ・ロックに似た石を見つけていた。泥が固まったような石で、粘板岩と呼ばれるもの。本来は研磨に適しない石だが、ひょっとしたらと思い、薄切りにしてみた。柔らかな石は、とろけるように切れる。断面から現れたのは、濃い紫と黄土色と灰色を基調とする美しい縞模様。ゼブラ・ロックより目の粗い粘土質でとても柔らかく、ピカピカには磨き上げられない。表面だけ平らにしたり、形を整えるだけのカボション・カットにしたりと2通りの加工を試みると、色が濃くはっきりとした縞模様は、どことなくSA州の田舎道を彷彿とさせる仕上がりに。まぁ、石堀りの世界は広いと言えど、こんな軟らかな粘土質の石で遊ぶ人なんて僕くらいだろうな。
NT州のハーツ山脈のキャンプ場でもらったガーネットの原石は、とても色が濃く美しかった。ただ、その濃さはどんなカットでも透けて見えるような質のガーネットのそれではないので、気の赴くままに内部の細かいヒビを取り除きつつフリーフォームでファセット・カットに。今の自分の銀細工技術ではセッティングのしにくい形でも面白い形になったので、これはこれでアリ。更に、同じ場所でもらったジルコンはダイヤモンド・カットにしてみる。ギラギラと力強く光輝くほどの美しさには息を飲んだ。石をわけてくれたおじさんには、何とお礼を言って良いのやら。
テナント・クリークのダムで見つけた磁力を持つマグネタイトは、片面の表面だけをツルっと研磨。銀色の光沢をピカピカと放つ金属質の表面は、光にもキラキラと反射する。片面だけ研磨すると磁石がくっ付く面積が増えたせいか、心なしか磁力が上がったように感じる。
やっとの思いでたどり着いたQLD州とNT州の州境、カムウィール。キャンプした翌朝に見つけたリボン・ストーンはとても硬いが、クリーム色と白の縞模様が印象的な美しさなので、カボション・カットにしてみた。リボン・ストーンを研磨したことはあるが、今回のそれは模様、硬さ共に申し分ない高品質のものであることもそうだが、何よりも自分で見つけた石だけに、その思い入れによって出来上がりの感動の度合いが違う。
次に訪れたマウント・アイザでは、ウラン鉱山跡地を訪れた。そこで見つけた深緑色のエピドート(緑簾石)と薄緑と橙色のユナカイトもカボション・カットに。エピドートはあまり質が良くないのか、それとも元からそういう石なのか、力を入れ過ぎるとボロッと欠けてしまうので慎重に加工。丁寧に整形、研磨し終えると、ところどころ深緑にメタリックな感じの反射をする部分が出て、とても渋い感じに。
ユナカイトは、柔らかい色とその模様からは想像できないほど、しっかりと詰まった硬い石。これまた旅路の景色を思い出させてくれる模様が現れ、印象的な一品に仕上がった。
とまぁ、このような感じで旅の成果物を次々と研磨して、新たな生命を吹き込んでみた。まだまだ持ち帰った手付かずの石は残っているが、ひと通り研磨して自宅の飾り棚が満杯になったので、今回の旅を終えての石磨きはここで一旦終了とした。
旅の思い出は、写真や動画で記録するのも良いが、石磨きで長い旅程を追体験したり、旅のさまざまな経験や記憶を石に封じ込めたりする作業は何にも替えがたい。研磨した石を見る度、その旅の記憶をよみがえらせて楽しむのもなかなかのものだ。石としての価値はともかく、いつでも楽しい旅の思い出を呼び覚ませてくれる“記憶の石”の数々は、トレジャー・ハンターにとって何にも替えがたい最高の宝物なのだ。
さぁ、これにて宝石大陸見聞録は、全て終了。さぁ次はどこに行くかなぁ、これだから石探しは止められないなって……あ、そうだ!? 連載は今回で終わりだった!! (笑)。
残念ながら、今後は石探しルポを日豪プレスではお届けできなくなってしまうが、当然ながら、トレジャー・ハンターの石探しは終わらない。この宝石大陸をまだまだ掘り続けていく。だからこそ、また、必ずどこかでお会いできると信じて、サヨナラは言わないでおこう。
最後に、長らくご愛読頂いた読者の皆様とこの連載の機会を与えてくれた日豪プレス、そして、僕のとても独特な文章をうまく味付け、調え、盛り付けてくれた編集担当のタカ植松さんにこの場を借りてお礼したいと思います。
よーし、まだまだ掘るぞ! 行ってない所もまだまだたくさんあるし……って、こんな調子だから、連載が終わっても、石探しは止められない(良かった、最後もいつもの決め台詞で終われた)!!
このコラムの著者
文・写真 田口富雄
在豪25年。豪州各地を掘り歩く、石、旅をこよなく愛するトレジャー・ハンター。そのアクティブな活動の様子は、宝探し、宝石加工好きは必見の以下のSNSで発信中(https://www.youtube.com/@gdaytomio, https://instagram.com/leisure_hunter_tomio, https://www.tiktok.com/@gdaytomio)。ゴールドコースト宝石細工クラブ前理事長。23年全豪石磨き大会3位(エメラルド&プリンセス・カット部門)