ボゴ・ロード・ジェイル/ダットン・パーク
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「jail」でなく「gaol」。豪州生活が長くなればなるほど、英国流スペルに慣れ、米国流に出合うと無性に直したくなる。まさに、その典型がこの「監獄、刑務所」を意味するgaol。このスペルなら迷わず「監獄」と訳したい。それもそのはず、このスペルは英国の古語の名残らしい。だから、「刑務所」よりは「監獄」がしっかりくるのも納得だ。と、まぁ、英語のスペル談義はどうでも良いのだが……。
ブリスベンの中心地に程近いダットン・パーク(Dutton Park)の小高い丘に赤い煉瓦(れんが)の姿を晒すボゴ・ロード・ジェイル(Boggo Road Gaol)。周囲は再開発でずいぶんと趣が変わってしまったが、年季の入った建物自体は、比較的、歴史的建造物が少ないブリスベンでは貴重なヘリテージだ。
1989年まで実際に使われていたこの刑務所。40年ほど前のブリスベンを舞台に大評判となった某動画配信最大手のドラマ・シリーズでは、ここにまつわるストーリーが取り上げられ、ここを脱獄したことで有名な“スリム”・ハリディ元受刑者も重要な役回りで登場していた。
現在は、ブリスベン西郊ワーコルに鉄条網で何重にも囲われた近代的な刑務所がある。そこの厳重な警備に比べるとなんだかこっちは牧歌的な雰囲気だが、往時は厳重な警備の過酷な刑務所としてよく知られていたそうだ。
iPhoneをかざして塀を見上げていると、写真の端にも写り込んでいる、歳のころ30代中盤の昼間からビール缶を片手にほろ酔い加減の男性に話し掛けられた。元監獄の塀を見上げる東洋人中年男性がよほど物珍しかったのか、頼みもしないのに強いオッカー(okker=豪州特有のがさつな)・アクセントで監獄の歴史を講釈してくれた。
最後には、「でもよ、こう見えても俺は塀の中の経験はないんだぜ」と破顔一笑。歯の抜けた笑顔で「あばよ!」と立ち去っていった男。
あぁブリスベン、やっぱり面白い。
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植松久隆(タカ植松)
文 タカ植松(植松久隆)
ライター、コラムニスト。ブリスベン在住の日豪プレス特約記者として、フットボールを主とするスポーツ、ブリスベンを主としたQLD州の情報などを長らく発信してきた。2032年のブリスベン五輪に向けて、ブリスベンを更に発信していくことに密かな使命感を抱く在豪歴20年超の福岡人