長期にわたった夏季休会も終了し、いよいよ2月9日(火)から連邦議会が再開されたが、その前日の8日に、保守連合政府のモリソン自由党首相が、恒例の年頭首相演説を行っている。
演説のハイライト
年頭演説の中でモリソンは、保守政府にとっての2021年の最重要課題、最優先課題として、①新型コロナウイルス感染問題(COVID-19)への対処、②経済復興、③基盤的サービスの供給、④国家安全保障、そして⑤地球温暖化対策を含む環境保全、の5つを掲げている。
今回のモリソン演説に関し、何と言っても特筆に値するのは、まず、少なくとも次期連邦選挙までに、政府が重大な構造改革、経済制度改革をスタートさせる意図はない、とモリソンが断言したことであった。これに加えて、最近世界的にも大きく注目されている地球温暖化対策、具体的には、「ネット・ゼロ」政策、すなわち、2050年までに温室効果ガスの排出量を正味でゼロにするとの目標に対し、モリソンがこれまでよりも前向きな姿勢を示したことも特筆に値しよう。
構造改革の否定
周知の通り、各種構造・経済改革は、感染問題がもたらす未曽有の経済的ダメージが取り沙汰される以前から、正確には19年5月18日の前回連邦選挙で、モリソン保守政権が「意外にも」再選を果たした直後から、注目されてきた政治イシューである。
その背景には、当時トランプ米国共和党政権と中国との貿易紛争がエスカレートし、国際経済に負の影響を及ぼすことが懸念されていたことから、豪州国内経済の先行きにも不透明感、不安感が醸成されつつあった、との事情がある。
そのため、19年連邦選挙で再選を果たしたモリソン保守連合政権に対し、持続的経済成長を保証、担保するため、あるいは国家財政を健全化するため、可及的速やかにミクロ経済改革、構造改革のロードマップ/行程表を策定し、改革を断行すべきとの要求が高まりつつあったのだ。
具体的には、13年9月に誕生した保守連合政権が、改革に失敗してきた、あるいは諦めてきた改革、第1に、生産性の向上や雇用創出を主目的とする、「柔軟な」労使関係制度の構築、第2に、ビジネス投資主導の経済成長を実現するため、それまでのところ中小事業体向けだけで頓挫していた、保守政府の法人税減税計画を継続すること、そして第3に税制改革、すなわち、過度の所得税依存から消費税依存への転換、そして国家財政再建のための財・サービス税(GST)制度の改革、具体的には、消費税GSTの課税対象の拡大、税率の引上げ、もしくは両者を通じたGST増税と、それに伴う州等税制度の改革、などであった。
とりわけ注目されたのは労使改革で、同改革は持続的経済成長の最重要要件とも言える労働生産性の向上、改善を主目的とするものであった。ちなみに、各種統計によると、経済成長の鍵である労働生産性の上昇率はFY2017/18にはわずか0.4%と、過去40年間の平均上昇率である2.2%を大きく下回っていた。
もちろん、保守連合政権が、こういった状況に目をつぶり、それまで労使改革に無関心であったというわけではない。ただし、保守連合政権が誕生してから既に7年半近くの歳月が経過した現在でも、労使制度のフレームワークは、依然としてラッド労働党政権時代に施行された公正労働法レジームという状況が続いている。しかも、昨年初頭に勃発したCOVID-19の世界的感染問題は、停滞していた労使制度改革の必要性を一挙に高めることになった。「ポスト感染問題」の労使/雇用分野では、何よりも柔軟な勤務形態の整備などが必須であり、そのためには、硬直的な現行の労働条件交渉制度である裁定制度(Awards)や企業別協約制度(EBA)の抜本的改革を通じた、交渉制度の柔軟化が不可欠となるからだ。
そこで、モリソンは昨年の5月の演説でも、感染問題で大きく損なわれた雇用を復活、創出するための鍵となるのは、目的を達成する上でもはや不適切、陳腐化している労使制度の改革/変更にある、との認識を示していた。
またモリソンは、労使政策の立案は、何よりも関係各層の知恵の結集、協調を通じて実施されるべきと述べつつ、労働組合や雇用者団体などに政策決定過程への参画、協力を呼び掛けたという経緯がある。
ところが、今回の年頭演説でモリソンは、近い将来に重大改革に取り組む可能性を否定したのである。その理由の一つとしてモリソンが挙げたのが、今年は極めて困難なロジスティックが必要となる、COVID-19対応ワクチンの大量接種を実施するなど、繁忙過ぎて、改革断行の余裕がないというものであった。
しかしながら、感染問題の経済へのインパクトは大規模かつ長期にわたるものである。モリソンの姿勢は、やはり近視眼的なものとの批判は免れまい。ただ、確固たる信条や思想がない悪しき「プラグマティスト」、あるいは、つまるところ「大衆迎合主義者」、とのモリソンへの風評を納得させるものではあった。
ネット・ゼロ政策
一方、今回の年頭演説で特筆に値するもう一つの点だが、つい先日にもモリソンは、「ネット・ゼロ」問題ではやや前向きな発言を行っている。その背景には、今年の11月にグラスゴーで「第26回気候変動枠組み条約締約国会議」(COP26)が開催されることから、世界各国も地球温暖化問題への対応に一層の関心を抱き、他国の政策動向にも注意を払っていること、また、米国に温暖化対策に熱心なバイデン民主党政権が誕生し、モリソンもより積極的な対応策採択の圧力を感じていること、更に、19年9月以降の山火事大災害で、豪州国民の温暖化問題への関心が一層高まった、などの諸事情、要因がある。
ただしモリソンが現時点で、「ネット・ゼロ」目標にコミットメントしているわけではないことに留意する必要があろう。モリソンの「ネット・ゼロ」への姿勢はあくまで条件付きのもの、換言すれば、「ネット・ゼロ」を実現するための手段が、「炭素価格」といった産業や国民に負担を強いるものではなく、主として技術的手段によるものであることが明確となり、なおかつ、その際の経済的インパクト、コストが明瞭となること、更にコストは経済や国民生活にダメージを与えないレベルといった、厳格な条件付きのものである。
ただ政府は現在、「ネット・ゼロ」達成の方策に関して鋭意検討中とされ、また経済へのインパクトやコストについてもモデル分析を実施中とされる。そのため、同調査が次期選挙前に完了し、仮にその内容が政府にとって納得のいくもので、しかも保守連合内の温暖化対策消極派にもある程度受け入れられるものであった場合、モリソンが選挙前に、同目標へのコミットメントを公表するのではとの憶測も流れている。