2007年にアニメ好きの有志の集いから始まった、日本のアニメやマンガなどを集めたイベント「SMASH!(スマッシュ!)」。年々来場者数も増え、今年で13回目を迎えた。今や、オセアニア最大級の規模を誇り、国内外のアニメ好きたちを魅了している。来場者の多くは、好きなアニメやマンガのキャラクターのコスプレをし、会場内でショッピングや写真撮影、ゲスト・ステージを観賞するなどイベントを満喫していた。今回は、2日間にわたるスマッシュ! の会場リポートと共に、同イベントのために来豪したスペシャル・ゲストへのインタビューを併せてお届けする。(取材・写真・文=水村莉子)
オープニング
今年の「SMASH!(スマッシュ!)」は、7月13日(土)と14日(日)に、シドニー市内中心部に位置する「ICC Sydney」で開催された。オープン時間の朝9時前には、会場入り口前に、同イベントを心待ちにしていたであろうアニメ・ファンたちが長い列を作っていた。9時を迎える10秒前からドア・オープンのためのカウントダウンが始まり、9時ちょうどになると参加者は雄たけびを上げながらそれぞれお目当てのステージやショップへと一目散に向かって行った。その様子は日本の同人誌即売会「コミック・マーケット」を髣髴(ほうふつ)させるものであった。
扉の先に広がるお宝の山たちと夢の島
開かれた扉と人の波をくぐり抜けたところで、ひときわ目を引いたのは、メイン会場の中心部に連なる一般の人たちによるファン・アートや同人誌(原作のキャラクターなどをファンが独自の目線で創作した絵やストーリー)、手製のグッズ販売展示ブースだ。海外のタッチで描かれた日本のアニメ・キャラクターは、日本人の目には新鮮に写るだろう。また、ゲーム・センターの景品で見られるような大振りのぬいぐるみや、キャラクター・フィギュアが東京・秋葉原で見られるような山積みになった状態で販売されているショップもあり、来場者の買い物袋は時間と共に大きく膨らんでいった。また、会場にはスペシャル・ゲストによるショーやカラオケ大会が行われるメイン・ステージ、アニソンのバンドやピアノ・カバーなどで会場を盛り上げるミュージック・ステージの他、アイドルの歌と踊りに合わせてオタ芸(ファンがアイドルに向けて行う独特なダンスや掛け声)も見られる白熱するパフォーマンス・ステージや日本でおなじみのカード・ゲームやプラモデルなどの対戦ブースなどが設置されていた。
アニメ・イベントの醍醐味、撮影会
日本でもSNSの普及により、ますます盛り上がりを見せている「コスプレ撮影会」。会場関係者によると、同イベントでもコスプレをし、お気に入りのキャラクターになりきってポーズを決める来場者とそれを撮影するために一眼レフや照明器具を持参して来場する人が、年々増えているという。日本でコスプレ撮影を嗜(たしな)んだことのある筆者も、今回が初めての海外アニメ・イベントへの参戦だったのだが、身体的ポテンシャルの高さが織りなすコスプレのクオリティーのすばらしさに大興奮。思わず写真を撮りすぎてしまった。アニメに詳しくない人でも、見ているだけで楽しめるだろう。自分の好きなキャラクターを見つけたら、気さくに声を掛けてみよう。
学ぶ、考える、交流する
メインの会場とは別に設けられていたのが、ジョイサウンド(JOYSOUND)の「カラオケ・ルーム」や「メイド・カフェ(MAID CAFE)」、「プリクラ」などのブースや、声優の仕事の探し方セミナーや着物の着付けワークショップ、コスプレの将来について考えるサミットなどが行われるブースだ。日本と違ってまだアニメのコスプレをして街へ繰り出すことが浸透していないオーストラリア。コスプレ友だちを作るための交流会は大人気だった。
エンディング
最終日の日曜午後5時のフィナーレに向け、会場内の各ブースは一番の盛り上がりを見せていた。メイン・ステージでは、初日にスタートしたカラオケ大会を勝ち進んだファイナリストたちによる圧巻の最終決戦が繰り広げられていた。早口で独特な歌詞のアニソンを流暢な日本語で歌い上げるファイナリストたちの様子は、思わず涙が込み上げてしまうほど感動的なものであった。同ステージでは、コスプレ大会の優勝者の発表会も行われた。優勝景品が名古屋で行われるコスプレ・チャンピオンシップへの出場資格と「日本10日間の旅」と大変豪華だったこともあり、出場者だけでなく観客も興奮状態の中、結果発表を見守った。司会者の合図と共にドラム・ロールが鳴り、会場が一丸となる中、結果発表がされると皆叫びながら立ち上がり、拍手で暖かく優勝者を祝福した。来場者たちの表情に名残惜しさはなく、「全てを出し切り燃え尽きた」という雰囲気が会場全体を漂っていた。ショップ・ブースでお目当てのグッズを手に入れ、満足そうに友だちと見せ合いながら会場を後にする姿なども多く見られる中、イベント終了のアナウンスと共に2日間にわたる祭りは静かに幕を閉じたのだった。
ニュージーランド、日本という遠方からスマッシュ! のためだけに来豪しているというなかなかの強者日本人グループを発見。ワーキング・ホリデーでオーストラリアに滞在中のコスプレ仲間と共に同イベントを楽しんでいた。海外滞在組の中には衣装を中国から空輸したという人も。お目当ては声優やクリエイターのステージだという。海外のコスプレイヤーの完成度の高さに目を奪われていた。
キャンベラから来ているという、ぎっしり詰まったった買い物袋を一生懸命運んでいるオージー2人組み。スマッシュ! への参戦は今回が5回目だそう。高校生のころから同イベントのファンで、社会人になった今、自由にお金が使えるようになったので、大好きな『ワンピース』のグッズを買うために来場したという。推しのキャラクターのフィギュアを抱え興奮気味に取材に応じてくれた。
人気キャラクターから自作のキャラクターまで、幅広いジャンルのコスプレイヤーを激写。日本のアニメ・イベントでよく見掛けるキャラクターとは違ったキャラクターが多かったり、女性キャラクターやメイドのコスプレを楽しむ男性の参加者が多く見られるなど、日本とはまた違った魅力や奥深さを発見。さて、皆さんが知っているキャラクターは幾つあるだろうか。
スペシャル・ゲスト特別インタビュー!
阿部 敦さん
あべあつし◎日本の男性声優。主な出演作に『しゅごキャラ! 』(相馬空海)、『弱虫ペダル』(泉田塔一郎)、『BORUTO』(山中いのじん)、海外テレビ・ドラマ『シークレット・アイドル・ハンナ・モンタナ』(マックス)吹き替えなど多数。同イベントのメイン・ステージでは、『バクマン』の真城最高のセリフを読むコーナーで会場に歓声の嵐を巻き起こした
――シドニーは今回が初めてということですが、どうですか。
すごくのどかで良いなぁと感じています。シドニーに到着して、食事をしてから、前から気になっていた「ホエール・ウォッチング」に行ってきました。鯨がばっちり見えましたよ。もう凄かったです!鯨を生で見るのは初めてだったので興奮しました。海沿いに行くお仕事はなかなかないし、あったとしてもスケジュールが詰まっていたりするので難しいのですが、今回はちょっと時間が作れたので行かせて頂きました。本当に感動しました。
――海外のファンは、日本のファンと比べてどうですか。
中国や韓国などアジア近辺やアメリカのロサンゼルス、北欧のフィンランドなどにもお仕事で行かせて頂いたのですが、大体いつも海外に行って思うのは、良い意味でそんなに差がないということです。海外に行っても今は通信が発達しているので、日本とほぼタイム・ラグがなく同じものを見ているせいか、「アニメやマンガは世界共通なんだな」と一番最初に感じます。あと、接してみて分かるのが、反応がやっぱり新鮮です。海外の皆さんからすると、めったに会えないということもあり、ものすごく心待ちにしてくださっていたのだなぁと感じます。その分こちらもサービスしたくなってしまいますよね(笑)。あと僕は女性向けコンテンツを多くやらせて頂いているため、ファンの男女比が女性に偏りがちなのですが、海外だとそれが半々になるイメージです。
――ご自身が演じられたキャラクターで、海外で特に人気があると感じるのはどのキャラクターでしょうか。
『とある魔術の禁書目録』(上条当麻)という作品は人気があると思います。特に男性に好かれているイメージがあります。そこもやっぱり世界共通なのかな。同性のキャラクターを“推す”とか“好き”でいさせるためには心を打つ何かがないと難しいと思うんですよね。異性のキャラクターだったら“可愛い”とか“イケメン”といった部分で好きになりやすいと思いますが、同性のキャラクターで、しかも特にイケメンでもないキャラクターなのにこれだけ同性に人気がある背景には、作品愛やキャラクター愛を感じます。その一端として僕のお芝居の中に何か皆さんの心を打つものがあるのならうれしいですね。
――声優として海外でもご活躍されている阿部さんから、読者にひと言お願いします。
僕は自分自身のことを「好奇心旺盛だなぁ」って思います。「何かやったことのないことをやってみたい」とか「知らないことを知りたい」と思う気持ちは、すごく人生を豊かにするものではないでしょうか。もちろん1カ所に留まって1つのことをやり続けるということも大事だと思いますが、やはりそれだけだと行き詰まることがきっとあると思います。だから僕はこうしてお仕事でいろいろな場所に行かせて頂いて、その土地の風土や考え方などを知識だけではなく、経験をもって知ることがとても大切だと思っています。経験があるとやっぱり視野が広がりますよね。“好きのパワー”は強いのでその気持ちを糧に「一歩を踏み出してみる」ことが大事だと思います。
釘宮 理恵さん
くぎみやりえ◎日本の女性声優、歌手。主な出演作に『銀魂』(神楽)、『東京喰種トーキョーグール』(鈴屋什造)、海外映画『オーシャンズ8』(アミータ)吹き替えなど多数。同イベントの特別座談会では、『鋼の錬金術師』のアルフォンス・エルリックを演じるに当たって表情を読み取るのが難しく、原作のふきだし外のセリフを一生懸命読み込んだ制作秘話や、シドニーの中でアテレコしてみたいものを「ハーバー・ブリッジ」と答えるなど会場を笑顔で包み込んだ
――海外と日本のファンの違いをどのように感じますか。
“作品が好き”とか“キャラクターが好き”という気持ちは世界共通だと思います。どこに行っても温かく迎えてくださるので、すごくうれしいですし、作品のお陰でつながれる方がたくさんいるというのはとてもハッピーだなぁと思います。
――ご自身が演じられたキャラクターの、海外吹き替え版についてはどのような感想をお持ちですか。
私の声に字幕が付いていることもありますし、吹き替えによって更にたくさんの国の方々に楽しんで頂けるのはうれしいですね。そのようにたくさんの国で吹き替えられている作品に出ているのもすごく誇らしいことだと感じます。また、アニメを通して日本の文化を知ってもらえる良い機会になると思います。
――学生時代の夢は何でしたか。
子どものころから本を読むことが大好きだったので、何か本に関わる仕事に就きたいとずっと思っていました。そういったベースがあって、物語の中に入り込める“声優”になることを選んだのですが、もし声優になっていなかったら絶対に“図書館の司書”をしていたと思います。あとは学生時代、英語が好きだったので翻訳家に憧れていた時期もありました。
――夢を追い掛けている読者にひと言お願いします。
大人になるにつれて、経験してきたことがすごく糧になるというか、どんな職業であっても経験を積めば積むほど後で生かされてくる気がします。だから今日という日を精一杯生きてください!
水島精二さん
みずしませいじ◎日本のアニメーション監督。『新世紀エヴァンゲリオン』の演出などを経て、『ジェネレイターガウル』で監督デビュー。主な監督作品に『シャーマンキング』、『鋼の錬金術師』など多数。絵コンテや演出も行う。同イベントのメイン・ステージでは、自身が監督を務めた『機動戦士ガンダム00』で、プレッシャーの余り歯が真っ二つに割れたエピソードなどを笑いを交えながら披露し会場を驚かせた
――オーストラリアのアニメ・ファンの印象はいかがですか。
ヨーロッパやアメリカは何回か行っていますが、ヨーロッパはわりとおとなしいというか、男女共にクールな印象で、日本人に近い奥ゆかしさみたいなものを感じます。ただ、今の日本はそうでもありませんがね(笑)。アメリカは逆に「ハッピー! 」みたいな人が多いと思います。それで比べると、オーストラリアはちょっとアメリカに近くて、がやがやしている感じとか、友達と一緒に歩いているファンの方々からも「このイベントを楽しむために来ている」というのを感じます。日本で例えると“東京と大阪の違い”みたいな空気感です。オーストラリアの人たちはコンテンツを楽しもうという思考がすごく強いのかなと思います。日本は評論的なところがちょっと強いので、日本のファンが一番厄介です(笑)
――アニメ監督をする上で嬉しかったことはありますか。
アニメ作りは集団作業なので、監督はいろいろなセクションの人に仕事をお願いする立場になります。だから、まず打ち合わせの前に自分なりの資料をきちんと集めた上で打ち合わせをし、それを参考にいわゆる成果物を上げてもらうことになるのですが、仕上がりがこちらの予想を遥かに超えてくることがよくあります。それはやはりその人と一緒に仕事をしない限りは生まれてこないパワーなので、それが形になった時にはガッツ・ポーズが出ますね。僕がやったわけではないのに「俺って天才! 」って思うようなこともあったりします。そういう時は、監督をやっていて良かったと心から思う瞬間ですね。個人で全部やってしまう人はあまりそういう感覚がないみたいで、自分の思っているものと違う仕上がりを気してしまうらしいのですが、僕は「作るものが人によってパワー・アップしていく」と感じる方なので、そういう意味ではこの仕事が向いていたのでしょうね。
――アニメ監督は小さいころからの夢でしたか。
全然違います(笑)。流れに乗っかったらこうなったという感じです。たまたま友達に絵が上手な人がいて、彼と一緒にアニメーターを目指そうって思っていたのですが専門学校に入ったら周りに絵が上手い人がもっとたくさんいたので辞めました。でもアニメはやりたかったので、撮影というセクションでスタッフの一員として参加しました。一緒にアニメーターを目指していた友達がプロとしてどんどん偉くなっていき、「こいつと一緒に仕事がしたいな」と思った時に「じゃあ彼と対等に仕事ができるポジションって何なんだろう」と考えたらそれが“監督”だったんですよ。そこで、大した勉強もしてないのにやってみたのですが意外と才能があったのか、とんとん拍子で監督になれました。非常に経験の少ない段階で監督になったので、後になってから苦労はしました。でも、先程言ったようにいろいろな人と関わることですごくパワーをもらえるので、個人としては大変だけど、作るという作業で言うと「大したことではない」と思うことができたのです。そうやって続けてきたら今のような状態になったという感じなので、野心とかはあまりなかったです。
――監督をする上でのこだわりはありますか。
自分なりに“この作品を通して何を伝えたいか”を明確にした上で、多くの人に観てもらえるよう、偏りをなくし、なるべく多様性を重んじて作っています。「このジャンルが好きだから皆にそれを好きになってもらおう」と思って作るとやはりどこかに偏りができてしまい、一方の人を傷つけることにもなったりするので、そこは気を付けています。相反する物事をきちっと書き、バランスを取るよう心掛けていたら、「複雑なものをバランス良く魅せるのが得意」とする監督として認知されていったというところはありますね。自分自身はすごく得意だとは思っていないけれど、誠意を持って作品に臨んでいたら、そういうお仕事をたくさん頂けるようになりました。なので、仕事の依頼を受ける時に自分がどう思われているのかを知るという感じですね。
――オーストラリアで夢に向かって頑張っている読者にひと言お願いします。
やりたいことがあって海外に居ることはすばらしいことですので頑張って欲しいです。でも、その夢が必ずしもゴールではないと思うので、もし何か違うなと感じたら、海外に出るくらいの度胸を糧にして新しいことにどんどんチャレンジする気持ちを持って欲しいです。1つのことに縛られすぎず人生楽しんでください。