第72回
金色のオグロワラビー
野生動物保護団体には、季節や昼夜を問わず野生動物の保護要請が入ります。特に夜間の呼び出しでは、暗くて見通しの悪い道路で運悪く車と接触し、けがをしてしまった動物のレスキューが多くなります。有袋類の動物が事故に遭ってしまった場合、その動物が死んでしまっていても、メスの育児嚢(のう)に赤ちゃんがいないかどうかチェックすることはとても重要です。
カランビン野生動物病院からさほど遠くない場所で道路脇に横たわり動かなくなっていたオグロワラビー(Swamp Wallaby)が発見されました。体は冷たく硬直してしまっていたため、死後数時間が経っていると思われましたが、育児嚢の中では赤ちゃんがモゾモゾと動いていました。
発見した人たちがその赤ちゃんをすぐに病院に連れて来てくれたのですが、その赤ちゃんをひと目見た病院スタッフは私も含めみんなびっくりしてしまいました。通常、オグロワラビーの体毛は黒っぽい茶色なのですが、この赤ちゃんの体毛は金色に近い色をしていたのです。
北はQLD州ヨーク岬半島(Cape York)からSA州マウント・ガンビア(Mt Gambier)までオーストラリア東部に広く生息するオグロワラビーですが、ゴールデン・オグロワラビー(Golden Swamp Wallaby)と呼ばれる変種はゴールドコーストのごく一部の地域でしか発見されていない、とても希少な存在です。
ホワイト・タイガーやホワイト・ライオンなどが白変種であるのに対し、金色や黄色の種は黄変種と呼ばれ、どちらもメラニン色素の減少により突然変異した種と考えられています。アルビノと混同されがちですが、メラニンの生合成に関わる遺伝情報が欠けているアルビノとは違い、白変種や黄変種の動物の瞳孔は黒いままです。
この珍しい色をしたワラビーの赤ちゃんは、病院でひと通りの検査を受けた後、保護士さんの元へ送られ、4時間ごとの授乳が始まりました。大きくなって野生に返す時が来るのが楽しみです。
床次史江(とこなみ ふみえ)
クイーンズランド大学獣医学部卒業。カランビン・ワイルドライフ病院で年間7,000以上の野生動物の診察、治療に携わっている他、アニマル・ウェルフェア・リーグで小動物獣医として勤務。